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エピローグ 土の巫女

 白瀬は、深呼吸し、頭の中を整理する。 

 

 儀式の方法を変える → 山の神が怒る → 和子にその呪いが、性的暴行と言う形で降り注ぐ → それが巡って、さらに自分や父、コメにまで影響を与えている。


 と言う、船見の仮説は、完全に間違えだった。神が呪いを振りまく理由はない。それに和子も呪いを振りまこうとはしていなかった。


 では、白瀬の幻覚は、何なのか。父、同僚、船見、そして、おそらくは浩二を死に至らしめた呪いは何なのか。


 船見のクラウドを確認する。そこには、腸内細菌と精神状態の関係性について書かれている。もし仮に、腸内細菌のバランスが崩れ、その影響で精神に変調をきたし、自殺を行ったのだとすれば。


「菌が付くもの……」


 ふと思いついたのは、泥や土だ。特殊な土―ギンリョウソウは特殊な土壌でのみ生育する。特殊な土壌がある場所、それは巫女が閉じ込められた神域?


 白瀬の脳裏で、様々な情報が浮かんでは消える。それを全てノートに殴り書きしていく。巫女の能力―植物の異変を感知? 神との会話? 感知能力―みる、きく……


「まさか……」


 白瀬は、自分の味覚が失われているのを思い出す。そして、浩二の家の気の前で訊いた幻聴。木が家の中に持ち込まれ、その近くで声が聞こえた。


 いもち病を予測したツイート、古き神が蘇る―


 巫女は、特殊な土壌のある場所で生活することで、独自の細菌バランスが体内に生まれた。それにより、植物の出すフェロモンを感じ取ることができた。それが声として聞こえた?


「だが……代わりに幻覚が見えるようになった」


 白瀬は唖然とする。これは呪いじゃなかった。植物の出す、揮発性有機化合物(VOC)を感じ取ることのできる特殊な細菌環境を手にした副作用だったのだ。


 ●●●祭とは、巫女が特殊な力を得るべく、神域へと捧げられ、そこへと行く儀式だったのだ。だが、それを呪いとして、否、腸内細菌のバランスを崩し、自殺へと追い込む術として理由した人物がいる。


 白瀬は、車外に出て、胃の中の物をすべて吐き出した。


 ぬか漬けや白米の味―亡き父の顔が思い出され、白瀬はドアを殴りつける。悔しさで涙が溢れた。父は、特殊な土壌を元に作り出した漬物や、それに汚染させたコメを送って、私を呪おうとしていたのだ。


「なんで……こんなことを!」


 4年前に幻覚を見て自殺した泰正は、父が殺したのだ。おそらく、理由は、宮部家への嫉妬と憎しみ。だが、父も細菌をコントロールできず、2年前に幻覚を見て、死んだ。


 白瀬は歯噛みし、震える。


 私の事も呪い殺そうとしたんだ。だが、体質のせいか、それとも方法が甘かったのか白瀬には効かなかった。だが、長い年月をかけ、私の中で細菌が変異を起こしてしまった。白瀬の目から涙が溢れ、地面にこぼれる。


 変異を起こした細菌は、白瀬の体調不良と共に動き出した。私が触れたものは、全て菌が付いていると考えたら―


 白瀬は頭を抱え、地面に座り込む。みんな、私が殺してしまった。臓腑が焼けるように痛む。地面が抜けるような、強烈な浮遊感。あまりにも強い絶望。


 もしかしたら、私たちの一族は本当に呪われていたのかもしれない。


 白瀬は涙を拭き、車を発進させる。山奥、車が通れなくなるまで走り続ける。車が通れなくなると、それを捨て、わずかな食料と水を持ち、歩き出す。


 乾いた枝が折れる音が響き、白瀬は立ち止まる。スマホのライトは、全く役に立たなかった。塗りつぶした、と言う形容すら優しいほどに、真っ黒い闇が目の前に広がっていた。


 ここで退いて何になる―白瀬は、息を切らし、草木を押し分けて進んでいく。すぐに方向感覚を失い、戻れない事は明白だった。目を凝らしても、何も見えない。がさがさ、と言う何かが這う音がする。


 叫んでも、誰にも聞こえない。もう戻ることは出来ない。これが私なりの解呪の方法なのだ―


 白瀬は、脳裏で巫女の事を考えていた。


 ●●●祭の変化、それが、どのくらいの時期に起きたかは分からない。巫女の力が強力ではなくなった時期か、農耕技術が神託を上回った時か。民衆の恐れの対象は、山そのものではなく、山賊や落ち武者へと変わった。だが、儀式の内容はそのまま使われたのだ。神事は人身御供の物として生まれ変わった。


 わき目もふらず、暗い森を進む。


 何人の少女を犠牲にしたのだろう。そうして手に入れた豪農の呼び名。それは、些細なきっかけで崩れる。


 宮部和子への暴行事件。おそらく、それは白瀬家、宮部家の関係者によって行われたのだろう。そして、それを隠ぺいするために、山の呪いをあたかもあるかのように偽装した。おそらくは簡易化されていた儀式を、厳格化しただけだ。それが本当の呪いに転じるとは思っていなかっただろう。


 気が付くと、息が切れ、木に手をかける。ふと、冷たく、柔らかい感触が、手を包む。


 顔を上げると、全身が泥にまみれた少女が、白瀬の手を握りしめていた。顔には目隠しが付けられ、涙で泣いた痕が、泥に線を付けていた。


 白瀬の手が恐怖で震える。だが、少女の手も震えている。


 私が呪いを終わりにするんだ。


「ごめんね。怖かったよね」


 白瀬は少女を抱きしめ、そして、その手を強く握り締めた。


「一緒なら、怖くないね」


 白瀬は一人、暗い森の奥へと進んでいった。

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