16話 真実-2
「気が付いたか?」
宮部の声が降って来て、白瀬は顔を上げる。
「突然倒れるんだ……全く」
白瀬は、ぼんやりと礼をする。
その後、少し休憩すると、宮部が現れた。
「話をしたら病院に行くんだ」宮部が静かに口を開く。
「分かりました……お願いします」白瀬が言う。
「あれは戦後間もない話だと言われている。和子が複数の少年に乱暴を受け、村人はそれを隠ぺいした。その事実に耐え兼ね、人身御供の儀式は厳格化したんだ」
「そこでも儀式を変えたのですね」
宮部は、わずかに眉をひそめたが、ため息をつく。そして、
「少年たちが、どんな理由で、和子を襲ったのかは分からない。だが、その暴力性向は、言い伝えられてきた山の神を連想させた」
「山の神……本当の姿は、山賊」
「そうだ。具体的な記録が残っている訳ではないが、巫女たちは、山賊へと捧げられたと伝えられている。それが山の神への人身御供の伝承となった」
「少年たちに山の神が取り付き、それが和子さんに乱暴をした、当時の村人はそう思ったのですね」
「具体的な記録は残っていないが、誰かが言い出した。そして、逆にそれを隠ぺいしたことで、村人たちの中に罪悪感が生まれた……」
宮部は、大きくため息をつく。
「村人にとっては、それは本当に呪いだったのですね」
「罪悪感がありもしない幻想を強化し、それが呪いとして広がっていく。和子への罪悪感と、彼女の辿った運命が、信ぴょう性を与えたんだ。そこで我々は、儀式を厳格化した」
え、と白瀬は呟く。
和子が暴行を受けてから、儀式を変えた?
「儀式の方法を変えてから、和子が暴行を受けたのではなくて?」
「違う……順序が逆だ。和子が襲われ、山の神の怒りを恐れた私の親世代の者たちが、かつて行われていた通りに神事を行うようになったのだ」
「そんな……じゃあ、なぜ呪いが私に降り注いだんですか?」
宮部は、ぽかんとし、
「そんなのは分からない……呪い? 何の話だ」
「和子本人の呪いなんじゃないですか?」
宮部は眉を吊り上げ、
「和子は、世界に怯えはしても、後年は認知療法や薬物の併用によって、回復していたように見えた!」
「あなたがそう見ようとしていただけではないんですか?」
白瀬の言葉を、宮部は受け止め、
「和子は……私の姉は、村を恨んだりはしていないし、呪おうとはしていなかった。本心では分からんが……」
宮部は、ふと、部屋の奥にある写真立てを見る。そこには、小柄な老婆の穏やかな笑顔が写っている。
「本当に……もう話せることはないのですか?」
「ああ……もう何も知らない」
宮部は古い資料を家の奥から取り出し、見せてくれた。それによれば、和子が暴行を受けた次の年から儀式の方法は見直されていた。村で最も古い文献を元に、伝承に近い形で神事を執り行うようになったのだという。
最も古い資料を文字起こししたページがあった。そのページだけが新しい。
「これは……?」
「ああ、誰かに破り取られてしまったのだ」
そのページには、神託を受けるべく、神聖な山へ籠る巫女の伝承について語られている。そこには、山賊や狒々と言った単語は一つも出てこない。
白瀬は確信した。自分も含め、山の神が本当にいるなどと信じたことはなかった。それは山賊や狒々が伝承によって変化したのだと、だが、本当に山の神を見ることができたとしたら。山賊や狒々に変化していった山の神は、巫女にとっては、本当に居たのではないのか。否、在ったのではないのか?
古き神が蘇る―何のために?
「父さんは……これを見たことはあるのですか?」
白瀬はふと尋ねていた。
宮部の表情が変わり、何かを口の中で咀嚼するように、
「ああ……もちろんある。兄さんは一度だけ、これを見に家に来た」
その姿は、哀れでしたか、とは訊けなかった。
宮部に礼を言い、家を出ていく。尚子が遠くから、白瀬を見つめていた。
「また、村をかき乱そうっての、あの親子は」尚子が聞こえるように言う。
レンタカーに乗り、大きく息を吐く。何もかも間違えていた、と言う事実に胸が押しつぶされそうだった。
しかし、不思議と振り出しに戻ったという気はしなかった。白瀬の脳裏にある説が浮かび、像を作り出していたからだ。
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