18話 綺麗な男
数日後、その男は再び現れた。 夜の繁華街に溶け込まない、場違いなほどの清潔感を纏って。
「こんばんは、春樹さん。預けていたものは、無事でしょうか」
男は前回と同じ席に座り、穏やかに微笑んだ。 俺は何も言わず、金庫からあのコースターを取り出してカウンターに置いた。 霊感は相変わらず何も告げない。彼の背後は驚くほど真っ白で、鏡に映る姿もどこまでも「綺麗」だ。それが逆に、俺の神経を逆撫でする。
「……大切に保管しておりました」 「ありがとうございます。あなたはやはり、信頼できる」
男はコースターをポケットにしまうと、今日はジントニックを注文した。 ライムを絞る俺の手元を、彼は楽しそうに眺めている。
「そういえば、ニュースを見ましたか? あの事件。……『綺麗』な死体だったそうですね」
心臓が跳ねた。 彼は、まるで昨日のプロ野球の結果でも話すような気安さで、あの事件を口にした。
「……ええ、少しだけ。物騒な世の中ですね」 「物騒? いいえ、あれは救いですよ。不潔な生を終えて、あんなにも清潔な死を手に入れた。あの方は、最後にようやく『完成』したんです」
男の声には、狂気を感じさせる高揚感すらなかった。ただ、真実を述べているだけの、淡々とした響き。 俺はカクテルを出しながら、思い切って聞いた。
「……あのコースターの数字は、何だったんですか」
男はジントニックを一口飲み、満足げに喉を鳴らした。
「ああ、あれですか。私の『日記』のようなものです。何を見て、その時に私の鼓動がどう跳ねたか。……春樹さん、あなたは、人間が一番綺麗になる瞬間を知っていますか?」
俺は答えない。いや、答えられなかった。
「命が、静止する瞬間です。それまでの醜い呼吸や、汚らわしい思考がすべて止まり、ただの『物』に変わる。その瞬間の座標と、私の純粋な感動の記録。それが、あの数字です」
男はポケットから、新しいコースターを取り出した。そこには、また別の数字が並んでいる。 そして、端の方には、赤黒い、指紋のような汚れが一点だけ付着していた。
「今日は、これを。……次に来る時は、もっと『大きなもの』を預かっていただきたい」
男が店を出た後、俺は吐き気に耐えながら、預かったコースターを見た。 霊感は何も見せない。でも、俺の手のひらは、氷を握らされたように、感覚を失うほど冷たくなっていた。




