10話 レシートを確かめる女
翌日の夜、店に二人の男がやってきた。 一目でそれとわかる。着慣れた安物のスーツ、鋭い眼光、そして独特の「生活臭」を消しきれていない。刑事だ。
彼らはカウンターの中ほどに座り、名刺を差し出した。
「少し、お話を伺いたいのですが」
話は、あのニュースの事件だった。 被害者の女性は、この店の近くにある路地裏で発見された。刺し傷は一箇所のみ、抵抗した形跡すらない、鮮やかな手口だったという。
「ここ数日、この時間帯に不審な人物を見ませんでしたか?」
俺の脳裏に、あのベージュのコートの女が浮かぶ。
「……数日間、毎日同じ時間に来る女性がいました」
俺は正直に話した。カシスオレンジを一杯だけ頼み、ほとんど口をつけず、閉店間際のレシートを大切に持ち帰る女。
「その方は、いつまで来ていましたか?」 「一昨日までです。昨夜は来ませんでした」 「一昨日……」
刑事の一人が手帳に目を落とす。
「ニュースになった遺体の発見は今朝ですが、犯行が行われたのは昨夜の深夜二時頃と見ています。となると、彼女がここに来ていたのは犯行の前日まで、ということになりますね」
刑事は少し首を傾げた。
「その女性は、何か変わった様子はありませんでしたか?」 「……レシートを、執拗に確認していました。まるで、一分一秒のズレも許さないといった様子で」 「一昨日までのレシートを、ですか」
刑事は皮肉な笑みを浮かべた。
「犯行日のアリバイ作りにしては、一日早い。準備が良すぎるのか、それとも……」
刑事が去った後、店内に嫌な沈黙が残った。 俺はカウンターを拭きながら、昨夜の自分の感覚を思い出していた。
女は三日間、同じ席に座っていた。 俺は最初、彼女が「自分はここにいた」というアリバイを作っているのだと思っていた。だが、警察の言う通り、犯行前日のレシートなんて、アリバイとしての価値はない。
だとすれば、彼女の目的は何だったのか。 俺は、彼女が座っていた端の席を見つめた。 霊感に集中する。
あの日、彼女から何も感じなかった理由が、ようやく分かった気がした。 彼女には「迷い」も「殺意」もなかったのだ。 あるのは「計算」だけ。
彼女はアリバイを作っていたんじゃない。 三日間、同じ時間に同じレシートをもらうことで、「二時に店を出てから、現場の路地に辿り着くまでの正確な秒数」を測っていたのだ。
信号の変わり方、深夜の通行人の数、そして自分が「一分一秒の狂いもなく犯行を遂行できるか」という、残酷なまでのシミュレーション。 あの三日間のレシートは、彼女にとって「完璧な予行演習の証明書」だったんだ。
ふと、レジの横を見た。 昨夜の分の、余ったレシートがロールの端に残っている。 午前二時〇分。
もし彼女が昨夜もここに来ていたら、彼女はこの数字を持って、あの路地へ向かったのだろうか。




