1
暗い。寒い。痛い。辛い。寂しい。苦しい。虚しい。
ああ。いったい私はなんのために生きているのだろう。こんなに惨めで滑稽な今の私はもはや、生きる意味や希望といった大層なものは持ち合わせていない。
しかし、物心ついたときから心の奥にひとつ、魂に刻まれたような使命感を感じていた。
―――『不幸にならなければいけない』と。
◇◇◇
ヴェルナ王国の首都セレス。とある店の裏口で商品の搬入作業が行われていた。
「今回は極上なものが手に入ったぜ」
「本当か?それは楽しみだな」
そんな会話をしている男たちを尻目に、奴隷へ堕ちた煤だらけの少女は檻の外を眺める。この商売が違法なことぐらい、少女にだってわかる。檻の中には、他にもいろんな年齢の大人や子供がいて、泣いていたり暴れていたりしている。
檻を台車にのせて店の奥へ連れていかれる。商人たちは見た目や体つきのいい女の奴隷と、肉体労働に使える男の奴隷と、使えない子供とを選別していく。
「やめて!この子を連れて行かないで!!」
「だまれ!こいつを連れていけ!!」
あちこちから悲鳴が聞こえてくる。
なにも考えずに檻の隅に座っていると、嫌な目をしたガタイのいい男が少女のほうへ近づいてきた。
「やあ嬢ちゃん。お前十七歳くらいか?ほう?お前は一級品だ。こっちに来な」
軽く少女を一瞥し、スタスタと歩きだした。
少女には特に逆らう理由もないので大人しくついていく。少し付いていった先は、少し小綺麗な部屋だった。
「お前はこの後のオークションに出される。それまでに身なりを整えろ」
部屋の隅にはメイドが待機していた。少女はこれからの自分の未来について嘆くこともせず、ただ淡々と身支度に取り掛かった。
◇◇◇
とある商店の地下空間。そこにはヴェルナ王国では違法とされている奴隷の売買が行われていた。参加しているのは大商人や貴族たち。会場の盛り上がりは最高潮に達していた。
「さあ皆さん!お待たせいたしました!本日のオークションもいよいよ大詰め。ついに本日一番の目玉商品のお披露目です!!」
客席から歓声が響く中、ステージの上に布が被せられた檻が運ばれてきた。
「本日の目玉商品は、世にも珍しい銀髪と真紅の瞳を持った少女です!」
客たちから歓喜の声があがる。そこまで囃し立てられるならばと、期待の色を滲ませて檻の布が取られるのを待っている。
司会の合図にあわせて、布が外される。檻の中にはそれはもう大層美しい少女がいるもので、客たちは一斉に金を積んでいく。五億、十億と値がついていくうちに、競える人数が減っていく。負けた者たちは残念そうな顔をして周りと話している。
「十一億!」
「さあ、十一億がでました!他にはいらっしゃいませんかー?」
皆、これまでの買い物で既にお金を出していることもあって、かなりキツくなってきた頃だろう。
檻の中の少女の瞳には、一筋の光すら見当たらない。
「他にいらっしゃらないのであれば、これで落札といたします」
司会が会場全体を見回して落札しようとした瞬間、奥の方で手があがった。
「百億」
そのひと声で、会場全体が静まり返った。
少女の目が僅かに見開かれる。今声を上げた者を真紅の瞳で見つめる。その者は仮面をつけて、ローブで全身を覆っている。何者なのか、皆目見当もつかない。
「ひ、百億です!他にはいらっしゃいませんか!!」
僅かに金を積もうとしていた客の何人かが啞然とした様子で固まった。
「そ、それでは、百億で落札となります!!」
◇◇◇
「まさかお前が百億で買われるとはな。これまで大事に育ててきた甲斐があったってもんだ」
奥の小部屋で少女の首や足に爆弾が仕掛けられた鎖をつなぎながら、小太りの奴隷商が独り言を呟く。
「あぁ、もう一度でもおまえの泣き顔を見たかったなあ?」
少女のあごを掴みその顔を覗き込む。オークションのために清められた今は、少女の美しさが際立っている。少女は表情一つ変えずに、小太りの奴隷商を見つめ返す。
「いつもむかつくんだよ、その表情」
奴隷商は、腰に常備していた奴隷に罰を与える際に用いる鞭を取り出した。
それを見てもやはり少女は怯えもしない。
だが、奴隷商は少女の弱みを知っている。
「最後に一つ教えてやる。そんな態度じゃあ、また捨てられるぞ?いいのか?また独りぼっちだ!!」
その瞬間、少女の喉からヒュッと息を呑む音が聞こえた。
少女が怯えた様子で奴隷商を見上げる。滅多に見せないその加虐心を煽るような悲壮さを称えた真紅の瞳に、奴隷商は胸の底が湧き上がるのを感じた。
泣きそうな少女に向かって鞭を振り上げたそのとき、部屋の扉が音を立てて勢いよく開かれた。
「だっ、誰だ!?」
奴隷商がその豊かな腹を弾ませて扉を振り返ると、そこには少女を落札した仮面の男が立っていた。
「引き渡しはまだだ!外で待っていろ!!」
奴隷商が叫んでいるのを横目で捉えると、仮面の男はまっすぐに少女のほうへ向かってきた。
少女の目の前で立ち止まると、急に腕を引いて歩き出した。
「だから、引き渡しはまだだぞ!!」
鞭を放り捨てて、奴隷商が男のローブを掴み、今にも殴りかかりそうな形相で喚く。
仮面の男は奴隷商の方に向き直り、奴隷商の胸ぐらを掴んだ。
「黙れ。彼女はもう俺が買ったのだ。文句はあるか?」
初めて聞いた男の声を、腕を握られている少女はどこかで聞いたことがあるような既聴感を覚えた。
「いえ、どうぞ連れて行ってください…」
唐突に胸ぐらを掴まれたのに驚いたのか、奴隷商は呆気なく折れた。
男はくるりと前を向き、少女の手を引いて店の外へ向かう。
少女は自身の涙を悟られぬよう、なるべく顔を上げずに導かれるままに着いていった。




