悪魔が来たりて法螺を吹く
桜朔太郎の失踪、そして富士の樹海での遺体発見は、元華族の家柄に暗い影を落とした。
彼の手元から見つかった『もう耐えられない!アクマが来たりて法螺を吹く』という遺書は、
自殺か他殺か、あるいはその両方を暗示しているかのようだった。
朔太郎の友人の依頼を受けた探偵・謎田一掘彦は、桜家の応接間にいた。
黒い作業服に長靴という、探偵らしからぬ格好で、手にはピカピカのシャベル。
「毒殺です」
謎田一は低く言い、シャベルの柄で床をコンコンと叩く。
「そしてこの遺書──『アクマが来たりて法螺を吹く』。どうやら、真実はこの床下に隠されているようです」
視線が一点に注がれる。
「この下に穴があります。物理的な穴だ! 真実が埋まっている!」
梅子夫人が胸を押さえた。
「ああ、なんてサスペンスフルな穴! まるで運命の地殻変動! 掘って! 私の心まで掘り起こして!」
梅子夫人は元ゴミジェンヌだけあって、身振り手振り、言葉遣いが大袈裟だった。
娘の桃はスマホから目を上げずに言った。
「穴掘るのやめて。Wi-Fiのケーブル通ってたらどうすんの。回線切れたら犯人より先にママがキレるよ」
その時、息子の菊之助が、なぜか手に持っていた法螺貝を吹いた。
「プー。……あっ」
扉が静かに開く。
トレンチコート姿の古館任一郎警部補が現れた。
「事件ですよ、皆さん。……でももう解決してます」
古館警部補は、謎田一のシャベルを見てため息をついた。
「あなた、掘りすぎですよ。探偵ってのは、論理で真実を暴くものでしょうに」
「……証拠は発掘するものだと思っています」
素朴で何処か泥臭い謎田一は真顔で言った。
古館警部補はポケットから桜餅を取り出した。
「男爵はこれを食べて死んだ。つまり──『毒入り桜餅事件』。そして犯人は……この家にいます」
古館警部補は菊之助を見つめた。
「犯人は、あなたです」
菊之助は震えた。
「な、なぜです!? 私は父を敬愛していた!」
「敬愛。結構なことです。
しかしあなた、法螺貝が吹けない。吹けるのは、人一倍の法螺だけです」
梅子夫人が嬉しそうに言った。
「あら!まるで私達夫婦の馴れ初めみたい!」
古館警部補は続ける。
「男爵は気づいてしまった。あなたの演奏会では、代理奏者、開間氏が代わりに吹いていた。
遺書の『アクマが来たりて法螺を吹く』は──あなたの嘘への告発だったんですよ」
菊之助は顔を歪めた。
「父は、私の将来を法螺で塗り固めるなと言った。…でも違う、私は父をやってなどいない」
「皆さんそう言います。…詳しくは署のほうで」と古舘警部補は右手でドアの方を差し示し、連行するよう促した。
謎田一掘彦はシャベルを掲げる。
「真実は埋まっていた! やはり私の推理通りだ! 私はこの家の『穴』をさらに深く掘る! 真実もWi-Fiも繋がるまで!」
古館警部補は静かに呟いた。
「……やれやれ、掘るのが探偵の仕事。埋めるのが、警察の仕事。小泉君!」
「何ですか?古舘さん」
「謎田一さんが掘った穴は君が埋めなさい」
小泉は不服そうだった。
古舘警部補は小泉の額をデコピンした。
「それくらいしか君は役に立たないんだから…なんなら警察やめて防衛省にでも行くか?」
「……防衛省に行った方が、まだ穴埋めがマシですよ」
「なら訓練だ、小泉君! 地雷を踏め!」
「了解です!」
小泉君は、言われた通りにの事しか出来ない男だ。
しかも無能の働き者ときている。
小泉君が踏んだのは、応接間の隅に丸められていた、巨大な羽毛布団だった。
何故、巨大な羽毛布団を踏む?
それはそこに巨大な羽毛布団があったから…それが小泉君の目に入ったからとしか答えようがない。
(なにせ無能だから)
「ブシュッ!」という鈍い破裂音と共に、部屋中に白い羽毛が豪雪のように舞い上がった。
応接間は一瞬で真冬の幻想的な吹雪と化した。
羽毛と共に別に白い紙がヒラヒラと空を舞う。
梅子夫人がロマンチックに両手を広げた。
「ああ、なんて幻想的なの! まるで私の心の奥底に眠っていた『潔白』が、雪崩のように噴出したみたい!」
桃は顔を羽毛で覆いながら、スマホの画面に目を凝らした。
「やめて、やめて! これ、Wi-Fiルーターが羽毛でショートするフラグじゃん! やめてって言ったのに!」
古館警部補は、白い紙を拾った。
それは請求書だった。
そこには
―羽毛布団代金1000万円―
と書かれていた。
「ああ、この期に及んで……。事件の真相は羽毛布団に隠されていたんだな。……しかし、小泉君。君は踏まなくてもいいものを踏みすぎた」
菊之助が、震える声で呟いた。
「まさか……。父の死は、羽毛布団の請求書を見ての自死だったのか……」
謎田一掘彦はシャベルを掲げ、舞い散る羽毛の中から叫んだ。
「……真実が、羽毛布団の穴と共に飛び出しましたね」
全力で謝る
スマン!
ただ単に
金田一耕助と古畑任三郎を共演させたかっただけです。




