第二十三話『影を背負う者の記憶』
赫光と影は相容れない。
だが、かつてその“影”もまた、救いを求めたひとりの人間だった。
ナユタが踏み込むのは、闇夜の狩人・トゥレイル・ノクトの“記憶”そのもの。
空気が変わったのを、ナユタは肌で感じた。
影──その本流が、彼の目の前に“扉”を開いた。
それは魔法でも幻でもない。
まるで、“記憶そのもの”が具現化したような光景だった。
「この中に入れば、俺の過去が視える」
トゥレイル・ノクトが、わずかに仮面を傾ける。 その声に、あのいつもの冷ややかさはなかった。
ナユタは頷いた。 赫光が、淡く彼の背を押すように灯る。
「わかった。あんたの影を、知るよ」
そして彼は、踏み込んだ──“影を背負う者の記憶”へ。
***
眩しすぎる日差し。
喧噪と笑い声。
そこは、光に満ちた街だった。
未来を語る人々。 安心して眠れる日々。 その中心で、静かに本を読んでいたひとりの少年がいた。
──少年トゥレイル。
「また日陰で読んでるのかい、トゥレイル」
「うん。光が強すぎると、ページが眩しいんだ」
彼は目立たない子だった。けれど、心優しく、人の声によく耳を傾ける。
孤独を恐れない。 けれど、誰かが孤独でいることを見過ごさない。
そんな少年だった。
──だが、ある日、光は消えた。
空が燃え、家が崩れ、人が消えた。
都市が突然、襲撃を受けた。
災厄の正体はわからない。ただ確かなのは、“誰も助けに来なかった”という事実だけ。
「おかしいよ……こんなに大きな都市なのに……」
トゥレイルの声は、誰にも届かなかった。
彼は家族を、友を、師を、恋人を失った。
“たまたま地下にいた”彼だけが、生き延びた。
そして気づいた。
──彼の都市は、未来視に選ばれなかった。
援軍も来なかった。予知もなかった。
世界にとって、彼らは“視る価値すらない未来”だったのだ。
「これが……赫光の世界……? 未来を選び、他を捨てる……?」
怒りではなかった。
絶望でもなかった。
ただ、冷たい納得だった。
その時から、トゥレイルの中に赫光とは違う光──
“赫闇”が芽生えた。
それは“選ばれなかった人々の想念”の光。 誰にも気づかれなかった声を、記録し、背負い、沈黙する力だった。
彼はその後、遺された都市“トワイライト”に辿り着く。 自分と同じように、光に選ばれなかった者たちが集う場所。
彼らを守るため、彼は柱となった。
──“赫光を拒む柱”、闇夜の狩人として。
***
記憶から戻ると、ナユタは深く息を吐いた。
「……それが、お前の始まりだったんだな」
彼の言葉に、トゥレイルは何も答えない。
だが、ナユタにはわかった。
この男はただ、怒っていたのではない。 彼はずっと──誰にも気づかれない“悲鳴”に、耳を澄ませていたのだ。
「俺は、赫光を完全には信じきれない。でも……だからこそ、選ばれなかった誰かに、気づきたいんだ」
ナユタが剣を構える。
赫光が、以前よりも穏やかに、けれど強く揺れていた。
「光を掲げるなら、影も共に歩かなきゃならない。それが……“選ぶ”ってことだろ?」
トゥレイルの仮面に、わずかにひびが走る。
「……ならば、証明しろ。言葉ではなく、その赫光で」
都市が震える。
“影の核”が、いよいよ覚醒を始めていた。
闇の柱の最終試練が、ナユタを待っている──。
第二十三話、お読みいただきありがとうございました!
今回は、“闇夜の狩人”トゥレイルの過去が明かされ、彼の影が単なる憎しみではなく「救われなかった者たちの叫び」であることが描かれました。
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