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第七話 五つの影

薄暗い斜面の中腹、木々に囲まれた場所──宵乃たち四人は背中合わせに陣を取り、気配に神経を尖らせていた。


何者かに囲まれている。でも、宵乃には心当たりがない。


宵乃は手を腰の鈴に添えた。けれど、鈴は沈黙したままだ。


(”妖”のものではない……。気配が……五つ?)


風が止んだ。


──シュッ。


次の瞬間、宵乃のすぐ右手、茂吉の肩を何かがかすめた。衣服と肉の切れる音。


茂吉が僅かに顔をしかめる。右肩に血がにじむ。


「手裏剣……だ。忍びか」


日野介が低く呟いた。


──シュッ、シュッ!


空気を裂く音が連続して走る。今度は茂吉が身を翻してかわす。宵乃が顔を上げた瞬間、視界の端に黒い影。林の中から投げている。


「相手は……五人」


茂吉が分析を口にする。その口調にいつもの静けさはなく、わずかな焦りがにじんでいた。


その瞬間だった。


──ブゥオォッ、シュゥウ!


すぐそこの地面から火柱が立ち上がった!一、二、三──四本。宵乃たちの周りを取り囲むように、爆ぜるように吹き上がった。


「炎、いや幻も混ざっている。やはり幻焔げんえんの術……」


茂吉の声に重なるように、宵乃の肌が熱を帯びる。実際に草木が焦げ、煙が立ちのぼっている。


(幻なの?……本当に熱いし、焦げている)



炎の向こう、揺らめく空気の裂け目から──金属の光が突如走った。


──カンッ!


日野介が即座に刀を振るい、火花と共にそれを弾いた。回転しながら落ちたのは、卍型の手裏剣。


「間違いない……やはり、荒賀こうがのものだ。」


茂吉の声は静かだが、唇が僅かに引き締まっている。


「荒賀……?」


宵乃が問うと、茂吉が応じた。


「飛賀の分家。火の術と幻術を使う。しかし、なぜ奴らがここに。奴らの縄張りではない」


火柱の奥から飛来する手裏剣は、正確に茂吉と日野介を狙ってくる。火柱と、煙に隠れているので軌道が見えづらい。


(このままでは全員殺られる……)


宵乃がそう思った瞬間、火柱のひとつが爆ぜ、熱風が襲った。


「っ!」


思わず宵乃はよろけ、尻餅をつく。


──シュッ、シュッ、シュッ!


手裏剣が追い打ちのように宵乃へ殺到する──

その瞬間、茂吉が倒木を持ち上げ、素早く宵乃の前に差し出した。


カン、カン、カン──!

鋭い音を立てて、すべての手裏剣が木に刺さった。


「隙がないな……」


日野介はそう言いながら、手裏剣を弾き飛ばした。


「日野介、少し……時間を稼いで!」


「任せろ」


日野介は一歩前出る。宵乃は素早く日野介の背へ回り込み、目を閉じて気を練り始めた。周囲の気配をすべて遮断するように、心の内に集中する。


(この結界が張れれば、妖と幻は防げる……)


「護りの縁よ、いま結び給え」


小さく鈴を鳴らすと、青白い光が四人の周囲を包み込んだ。


宵乃が目を開けると、火柱がゆっくりと収縮し、次第に光の外へ押し戻されていく。


「日野介、手裏剣は防げない」


「十分だ。よく見える」


日野介が応じると同時に──


──シュッ!


再び飛んできた手裏剣を、彼が連続して弾く。



次の瞬間──茂吉が動いた。


地を蹴って宙に舞い、素早い動きで、炎の切れ間から木立の奥へ。


──ヒュン!


茂吉の手から。棒手裏剣が放たれる。


──ザシュッ。


何かが倒れる音。


「一人、倒した」


だが──その瞬間。


「……っ!」


茂吉の背に、灼けた手裏剣が突き立った。服を焼き、皮膚が焦げる匂いが届く。


「茂吉っ!」


宵乃が駆け寄ろうとするが、茂吉が片手を上げて制す。そして、倒れもせず、もう一つの手裏剣を振り返りざまに投げた。


──ザッ。


「……これで二人」


声は苦しげだったが、茂吉の意識ははっきりしている。


そのときだった。爆発音!


──ドガァン!!


日野介が即座に、宵乃の体をかばうように覆いかぶさる。


結界の外、宵乃の目の前の土が大きくえぐれ、煙が視界を覆い尽くす。地面が揺れ、火薬の匂いが鼻腔に刺さる。


「宵乃、大丈夫か!」と日野介がたずねる。


「私は大丈夫。茂吉は?」


そう言いながらも、宵乃の鼓動は速くなっていた。


(腰の鈴が鳴っている……?)


まるで見えない風に触れたかのように、腰の鈴がわずかに震えている。


(つまり……”妖”が近くに?)


鈴が鳴ったのは、今が初めてだった。


(敵の忍びには“妖”の気配はなかった……でも、今のは……)



「宵乃はここにいて。茂吉を助けてくる」


日野介が結界から出ようとした──


「日野介、出るな!」


茂吉の怒号が煙の中から飛んだ。


同時に、闇の帳を裂くように、一本の黒い“縄”が宵乃に向かって飛び出してきた。しなる動きは、生き物のようだった。ねじれ、うねり、蛇が這うように――狙うは、宵乃の腰。


「宵乃──っ!」


日野介の叫びと同時に、宵乃の目の前に、人影がすっと滑り込んだ。──白髭の老人だった。これまで戦いに参加していなかった老人が、何の躊躇もなく宵乃の前に立ちはだかる。


バシュッ。


縄は老人の前で、まるで見えない壁に叩きつけられたように弾かれ、くるくると宙を舞って地に落ちた。


日野介の目が、わずかに見開かれる。


(……この老人、やはりただ者じゃない)



だが、日野介に何かを考える余裕はなかった。


木の根元に──茂吉がうつ伏せに倒れていた。背から流れ出す血が、土をじわじわと濡らしていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


今回は、炎と幻術を操る忍者との戦いを中心に描いてみました。

少しでも楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。


物語は少しずつ動き始めています。

この先、登場人物たちがどう変化していくのか──私自身も一緒に旅しているような気持ちです。


✉️感想・評価・ブックマークなど、いただけると本当に励みになります!


次回は、”よみがえりし者”の予定です。

どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします!

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