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第四十話 裂かれた結界、交わらぬ志

──信蓮寺しんれんじの境内。


本堂の前庭に張り詰めた空気が漂う。


白い仮面の男が現れた瞬間、それまで無言で控えていた兵士たちが一斉に背筋を伸ばした。緊張が一気に走る。


仮面の男はゆっくりと一歩踏み出し、宵乃の方へゆっくりと手を差し伸べる。その動きはどこか柔らかく、演技じみてさえいた。


「日差しが強いので、中へどうぞ。ゆっくりお話ししましょう」


だが、宵乃はその場から動かなかった。視線を逸らさず、まっすぐに男を見据えて、きっぱりと告げる。


「ここでいいわ。みんなにも聞いてほしいことだから」


仮面の奥で、男の口元が微かに動いた。


「……それも一興です」


「あなたが、“黒衣のもの”の指導者なの?」


宵乃の問いに、男は首を軽く傾げると、口元に皮肉げな笑みを浮かべた。


「ククク……ご冗談を。私など、ただの一構成員にすぎませんよ」


そう言いながら、男は隣に控える者たちへと手をかざす。


「我々は、出自も思想も異なる者たちが、共通の目的のもとに集った同志です。誰が上とか下とか、一切ありません。皆、望んでこの場にいる。――それだけのことです」


仮面の男は、静かに片手を掲げた。すると、誰の手も触れていないはずの信蓮寺の門が、まるで見えざる力に押されるように、静かに閉じられていく。


「……門を、閉めやがったぞ」


カナギの声が、宵乃の耳元で低く囁く。


仮面の男は一歩前へと進み、落ち着いた声音で宵乃に語りかけた。


「では、宵乃殿。ひとつお聞かせ願えますか?」


その口調には、妙に礼節がありながらも、何かを試すような冷ややかさがあった。


「――私たちの仲間になりませんか?」


思いもよらぬ申し出に、宵乃は目を見開いた。すぐさま睨みつけるように視線を返すが、仮面の男は動じることなく、むしろ愉しげに口角をゆるめていた。


「我々の目的は、この果てなき戦乱に終止符を打つこと。そのために、今は千代田信勝様をお支えしている次第です。信勝様にこの国の王になってもらい、平和な世の中を実現する。その手助けを……」


「……ふざけるな。そんな言葉、誰が信じると思ってるの」


「嘘ではありません。我々は、目的に向かって真摯に進んでいるのです。だから仲間が増えているのです」


その言葉とともに、寺の奥から次々と姿を現す“黒衣のもの”たち――烏帽子をかぶった黒い法衣の男たち、同じく黒の法衣を着て首に十字架を下げた異国の者たち。仮面の男の背後に整列し、無言の圧力を放つ。


仮面の男は一歩進み、声の調子をほんのわずかに柔らげた。


「この国をひとつに束ね、争いのない世を築く。それが我々の悲願です。これまで百年に及んだ無益な殺し合いに、終わりをもたらすために──。宵乃殿、あなたの力が必要なのです」


だが、宵乃は一切の逡巡なく、その申し出を跳ねのけた。


「――私は、断る!」


その言葉が響いた瞬間、仮面の男は首をわずかに傾けた。そして彼の背後に控えていた者たちから、低く、重たいため息のような「オォ……」という声が漏れ出る。それは嘆息なのか、落胆なのか、あるいは儀式のような合図か。


仮面の男は宵乃を見つめたまま、静かに言葉を続けた。


「あなたのように若く、美しく、そして稀有な力を持つ方には、ぜひとも我らの同胞となっていただきたかったのですが……残念です」


「随分と、美辞麗句を並べてくれるな……」


白狐のカナギが、宵乃の肩で尾をひと振りして言う。あきれと皮肉がこもっている。



宵乃は、まっすぐに仮面の男を見つめた。そして、切り出した。


「……私は、見たの。あなたが都の結界を切り裂いた瞬間を」


その声には震えがあったが、決意がこもっていた。


仮面の男がゆるやかに首をかしげる。


「……さて、何のことです?」


「都を守っている大きな結界。”妖”や”邪”を寄せつけない。神域の障壁……あなたは、それを破った」


仮面の奥の視線がわずかに動いた。だが表情は見えない。


宵乃はさらに踏み込む。


「そうしなければ、“黒衣のもの”であるあなたたちは、結界の内に入れなかったから。――違う?」


その言葉に、周囲の兵士たちの間でどよめきが走った。


「妄言です」


仮面の男は軽く肩をすくめてみせた。


「根も葉もない中傷は困りますね。私たちはただ、平和を希求しているだけ。だからこそ、信勝様も我らの理念に共感してくださっているのです」


「信じてはなりません!」


宵乃の声が、寺の境内に鋭く響いた。


「この者たちは……私の故郷、千鳥ちどりの里を滅ぼしました! 女も、子供も、誰一人容赦されなかった。生き残ったのは、私ひとり……!」


その叫びに、兵士たちの動きがざわつき始める。京極家と千代田家の兵士たち双方が、互いの顔を見交わし、疑念と動揺が広がる。


次の瞬間──仮面の男が無言で手を掲げた。


その直後、空気が歪んだような気配が走り、境内にいた兵たちが次々と、糸が切れたようにその場に崩れ落ちていった。


──京極家の兵に扮していた日野介もまた、膝をつき、地面に倒れ伏した。


「……嘘に惑わされる者が出ては困りますので。少しだけ、お休みいただきました。起きた頃には全て忘れているでしょう。もちろん、あなたのことも」


仮面の男は、静かに一歩、宵乃へと近づいた。

思わず、宵乃は一歩、足を引いた。


「千鳥の里……懐かしい名ですな」


仮面の男が静かに口を開いた。


「たしか私が封印を解いたとき、あの者たちは『妖を起こした』と騒いでいた」


「……封印を、解いた?」


宵乃の眉がわずかに動く。


「ええ。古くから伝わる“因習”という名の鎖。その中で、力は長らく閉じ込められてきた。だが、それを守り続けることが、本当に正義なのでしょうか? 私たちはただ、それを終わらせたまでのことです」


「終わらせた……? それで、村を……皆を殺したの?」


宵乃の声がかすかに震える。


「まさか。私に、そのような力があると……本気で思っているのですか?」


仮面に覆われたはずの顔が、どこか歪んだ笑みを浮かべているように感じられた。


「さて――そろそろ、帝と千代田信勝様の面会が始まります」


仮面の奥から響く声が、わずかに硬くなった。


「我々は、面会が滞りなく進むよう祈りを捧げねばなりません。宵乃殿、我らと歩む気がないのであれば……お引き取り願いましょう」


その言葉が終わるか終わらないかのうちに、境内の空気が変わった。


宵乃の周囲に、黒装束の忍びたちが音もなく現れた。九人――全員が低い姿勢で宵乃を包囲している。


「囲まれたな……」


白狐のカナギが、宵乃の耳元で低くささやいた。尾がピクリと揺れる。


仮面の男は、もう宵乃を見ることなく、くるりと背を向けた。


「では、あとはお任せします」


そのまま、彼と“黒衣のもの”たちは、本堂の中へと姿を消していった。





ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。

『結界修復師のお仕事』ついに四十話まできました。

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