第二十話 六家集結、告げられた血脈の宿命
宵乃が茶室のにじり口をくぐった瞬間、白檀の香が微かに鼻をかすめた。
薄暗い畳六畳の空間。既に五名が見えた。
――風炉の窯から立ち上がる湯気だけがかすかに揺れ、他は一点の動きもない。
宵乃とコモリは末席に膝を折った。衣擦れの音すらはばかられる静寂。
正面に白装束の老婆が、背を伸ばして座している。髪は雪のように白く、一筋も乱れずきつく束ねられ、刻まれた皺の奥に鋭い眼光が潜んでいた。
「まずは、よくぞ参られた。感謝を申し上げる」
老婆が静かに告げると、場にいる者たちが一斉に深く頭を垂れた。
慌てて宵乃も頭を下げる。
「新参が二名おる。順番に紹介しておこう」
老婆の視線がゆっくり奥の人物へ。
「千空家当主、千空照雅。都の外郭守備を担う京極家の重臣でもある」
肩衣袴をきりりと着込んだ壮年の男が無言で頷く。鋭い目と刃で削ったような口元から、歴戦の武士の風格が滲んでいた。
老婆の視線は、黒の道服をまとった剃髪僧へ移った。
「千雪家当主・法名は雪矢。六輪山真堂宗の僧正でもある」
若い面立ちの僧は瞼を閉じたまま、静かに掌を合わせる。
無駄のない細身の輪郭が、かえって端正な存在感を放っていた。
続いて、ざんばら髪の男。退色した袖なし羽織の背に、白い荒縄紋が入っている。
「尼子家の世継ぎ・尼子鳴久。尼子家の血筋は千海家にさかのぼる。海の風を裂き、矢を放つ」
鳴久は口元を吊り上げ、にやりと笑って横目で宵乃を見やった。
その浅黒い肌とぎらつく眼光は、この静謐な場には場違いに思えた。
一つ空いた座布団を指し、老婆が言う。
「千星家のものは、今は任務にて席を外しておる」
老婆の視線がコモリに向かう。
「飛賀の里の世継ぎ、猿渡コモリ。皆も知っておろうが、猿渡巌十郎の娘じゃ。猿渡家は古く千渡家を祖とする」
老婆の視線が、最後に宵乃を射抜く。
(……!)
宵乃は、初めて会うはずなのに、どこか懐かしい眼差しに感じた。
「そして――そなたらが初めて目にするであろう、千鳥家の血を引く最後の者、宵乃。ご家族の件は痛ましかったが、よくぞ此処まで参られた」
老婆の言葉に合わせ、列座の面々が一斉に宵乃へ深く頭を垂れた。
「コモリ、宵乃。そなたたちも六家の嫡流。ここに連なる者だ」
(六家――?)
胸がどくんと跳ねた。母からも祖母からも聞いたことのない名だ。
老婆は視線を下ろし、声をさらに落とす。
「宵乃はまだ聞かされておらぬだろう」
老婆の声が静かに落ちる。
「千空、千雪、千海、千星、千渡、そして千鳥――これが六家。この国を陰から支えてきた存在。国護の三柱を織り上げ、 代々その結界を守ってきた一統である。己が命を捧げる覚悟でな。」
宵乃の膝の上で、指先がかすかに震えた。
(私が……?)
初めて聞く一族の使命。
胸の奥が熱く、乱れた。
自分の知らぬところで紡がれてきた宿命。
それが今、知らぬ間に――自分に降りかかっている。
◆
老婆は正面を向き直り、背筋を正して座り直した。
そして、静かに口を開く。
「十二年ぶりに六家が一同に会する。もとより、我らは影の存在。裏で連絡は取り合っても、表立って顔を合わせるなど禁忌」
場を見渡し、老婆は言葉を切った。
「だが、今日、そなたらを招かなねばならなかった。
――国護の三柱に、崩れの兆しがある」
ぴりと、空気が張り詰めた。
「三柱。それは、この国を護る三つの霊脈。
それが崩れれば、この国そのものが崩壊する」
老婆の声は淡々としている。
けれど、その奥に重い緊迫が宿っていた。
「皆も、すでに感じておろう。水面下で勢力を拡げる“黒衣のもの”。
かの者らは、今まさに都の結界を突き崩そうとしている」
老婆の言葉に、宵乃の胸がかすかに震えた。
(……黒衣のもの)
その名を聞くと、心の奥が冷たく締め付けられ、同時にじわりと熱を帯びる。
私の家族を奪った者たち。
私の故郷を壊した影。
──ようやく、ここまで近づいてきた。
宵乃は、そっと唇を引き結んだ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
今回は、宵乃の出自に迫る話でもあります。
そして、宵乃の旅は探し求めていた、因縁の相手:黒衣のものに近づいてきています。
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