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第十七話 虹の向こうへ

日野介は、森の中で三人の忍びとにらみ合っていた。


忍びたちは日野介を囲み、吊り橋のたもとに行こうとするのを許そうとしない。一歩でも踏み出せば、手裏剣が飛び、鎖鎌の分銅が音もなく襲いかかってくる。


(──早く、茂吉を追わねえと!)


まるで檻の中に閉じ込められた獣のように、日野介は一瞬の隙を窺っていた。


そのときだった。


森がざわめき、葉が宙を舞った。 無数の葉が、矢のように鋭く、橋の方角へと飛んでいく。


(あれは……茂吉の術か?それともコモリのか?)


一瞬、忍びたちも上空に目を奪われた。


好機──!


日野介は、迷わず飛び込む。


鎖鎌を振るっていた忍びに、低く、鋭く切り込んだ。 避けきれなかった忍びの胸が裂け、鮮血がほとばしる。


日野介は、すかさず背後の気配に反応する。


(ありがたい、近づいてくれたな)


迫る刃を、ギリギリまで引きつけ──

一気に反転。日野介の刀がうなりを上げ、相手の胴を薙いだ。


二つに割れた体が、地面に崩れ落ちた。


残った一人は、煙玉を地面に叩きつけた。

瞬く間に濃い煙が森に広がる。


日野介が目を凝らすより早く、忍びの姿は霧散するように消えていた。


(追ってる暇はない……!)


日野介は刀を握り直し、橋の方へと駆け出した。





橋の上では、黒く重い雨が降りしきっていた。


縄も板も、水を吸ってどんどん重くなっていく。 キシィキシィと軋む音は、もはや崩壊へのカウントダウンであった。


宵乃は、橋に施していた護りの結界を閉じた。 青白い光が、糸を巻き取るように宵乃の元へ戻ってくる。


(巫女は──祈るもの)


祖母も、母も、そう教えてくれた。 日照りには雨を、洪水には晴れを。 天に祈り、地を鎮める。それが巫女の本懐。


「自然にはただ謙虚に祈りなさい。ただし、自然を支配しようと思ってはならない」


──幼い頃、母が繰り返し教えてくれた言葉だ。


だが今、宵乃はその教えに背こうとしていた。


(……いま、私にできることは──これだけ)


宵乃は静かに膝をつき、震える両手をぎゅっと組み合わせる。

必死に、空に向かって願う。


「天の雲よ、雨よ、雷よ──我に味方せよ」


鈴が震え、青白い光が宵乃の身体から噴き上がった。


「何をしようと無駄だ!」


茂吉が叫び、吊り橋の縄を切ろうと刀を振りかぶった。コモリは手裏剣を投げたが、かすりもしない。


だが──


宵乃の祈りに応じるかのように、空が応えた。


宵乃の青白い光が、黒い雨を巻き込みながら、上空へと昇る。 そして、ぐるりと弧を描き──


天の龍が吼えるかのように、光と雨と風をまとい、茂吉へと襲いかかった!


「な──」


茂吉が顔をこわばらせる間もなく、青白い奔流が彼を呑み込む。

凄まじい勢いで茂吉を弾き飛ばした。


「宵乃様!今です!」


コモリが叫んだ。


宵乃とコモリは、ぐったりしたカナギを必死に支え合いながら、軋む橋の上をふたたび進む。


コモリの肩からは血が流れ、足もまともに踏ん張れない。それでも彼女は唇を噛みしめ、前へ進もうとする。


足元の板はぐらぐらと揺れ、手すり代わりの縄も今にも千切れそうに悲鳴を上げる。


一歩、一歩、進むたびに橋が沈んでいくようだ。


──あと、少し。


宵乃は、震える手でコモリとカナギを支えながら、必死に前を向く。

渡り切るしかない。この橋が落ちるより先に──!


──だが、しかし──


「させるか!!」


地に伏していた茂吉が、ふらりと立ち上がった。

手には小刀──それをまさに宵乃めがけて投げ放とうとする。


(避けられない──!)


宵乃は目を閉じた。

時間が、凍りつく。


その刹那──


疾風のように、影が飛び込んだ!


カンッ!


鋭い金属音とともに、日野介の刀が茂吉の手から小刀を弾き飛ばした。

小刀は宙を舞い、地面に刺さった。


「少しでも動けば──斬るぞ」


低く冷たい声。

日野介は、茂吉の喉元へと容赦なく刃を突きつけた。


「ぐっ……」

茂吉は声にならない声をあげる。


宵乃とコモリは、カナギを支えながら、どうにか這うように岸へと転がり込んだ。



その直後──バキバキと裂ける音。


ギギギギ……ギシィ──!


凄まじい悲鳴を上げて、吊り橋が崩れ始めた。


縄が音を立てて弾け、板が軋み、砕け、

まるで生き物が断末魔を叫ぶように、橋は谷底へと引きずり込まれていった。


「──何とか、間に合ったな」


日野介は息をついた。刀を握る手を緩めないまま。





コモリが震える指で、カナギの脈を確かめる。


「大丈夫……まだ、生きてます」


宵乃は胸をなで下ろした。


宵乃とコモリは、言葉もなく、互いの顔を見つめ合った。

無事だったことへの安堵が、ほんの一瞬、二人の胸を満たす。


だが──コモリの瞳には、拭いきれない痛みも浮かんでいた。

実の兄が敵だったという現実。それでも、彼女は顔をそらすことはなかった。


日野介は、刀を茂吉の喉に当てながら茂吉を跪かせた。

茂吉は、観念したかのようにがっくりとうなだれている。


「さあ、洗いざらい話してもらおうか」と日野介は言う。


「茂吉……あなた、黒衣こくえのものなの?」


宵乃が問う。


しばしの沈黙。


茂吉が頭を少し起こし低く呟いた。


「分かった……。すべて話そう」


茂吉は大きく息を吐いた。


しかし、次の刹那、茂吉は自ら喉元に刀を押し付けるように体重をかけた。


日野介は反射的に力を抜いた。咄嗟に、相手の急所を貫くことを避けてしまったのだ。


茂吉は刀の圧力を利用して身体をねじり、反動で懐から煙玉を抜き取った。

次の瞬間には、白煙が日野介の視界を覆い尽くしていた。


モクモクと濃い煙が巻き起こる。


「逃げ──!」


日野介が叫ぶ。日野介は、茂吉の足音の後を追う。


が、ときはすでに遅い。


茂吉の吊り橋があったところから、崖を飛び降りた。


日野介が急いで崖の縁に駆け寄ったとき──

湖の方へ、茂吉がふわりと宙を滑空しているのが見えた。


「──ムササビの術!」


コモリが悔しげに叫ぶ。


茂吉は黒い布を広げ、風を受けて湖へと飛んでいく。


「くそっ!」


日野介が、悔しげに奥歯を噛み締めた。


「刀を緩めたのは──俺の甘さだ」


宵乃は、日野介の肩にそっと手を置く。


「仕方ないよ。昨日までみんな茂吉のことを仲間と思ってたんだ」


宵乃はそっとコモリを見る。

コモリは何とも言えない表情で飛んでいく茂吉を見ている。


「──みんな、生き延びた。それだけで、十分だよ」


「そうだな」


そう言って、日野介は深く息を吐いた。





雨が上がった空には、淡く虹が架かっていた。

風は冷たく、世界は静かだった。


虹の彼方に待つのは、きっと茨の道──それでも、歩くしかない。

宵乃はそっと拳を握りしめた。

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!


今回で、長かった吊り橋での戦いが、ついに決着しました。

いやぁ……正直、私も書きながら手に汗握っていました。。。


✉️感想・レビュー・ブックマークなど、いただけると、本当に励みになります!


さて、次回からはいよいよ【都編】突入!

舞台は大きく変わり、物語も中終盤へと加速していきます。


引き続き、どうぞよろしくお願いいたします!

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