表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/59

第十五話 繋いだ手、断たれる絆

背後から切りかかってくる気配を、日野介は即座に感じ取った。


振り向きざま、刀を一閃。

鋼のきらめきのあと、忍びの手首ごと刀が地面に落ち、鮮血が噴き出した。


ひるんだ敵の一人に向かって、すかさず踏み込む。

鎖鎌くさりがまがうなりを上げて飛んできたが、日野介は刀の柄で打ち払い、敵の懐へと詰め寄った。


(接近戦なら負けはしない──!)


身体を低くひねりながら左へ転回し、刀を振るう。

忍びは後ろに跳んで避けたが、日野介は追撃の足を緩めず、次の一撃で首を跳ね飛ばした。


敵の動きが一瞬止まったかと思うと、中央の一人が手を振り上げた。


バァン、という爆発音。

日野介の足元から火柱が噴き上がった。


さらに、荒賀の忍びの手から日野介に向かって、火の玉が放たれる。


だが、日野介は冷静だった。


(二度目はもう通じない)


刀をひとぎ。火は風にかき消されるように消えた。


(……これが、飛賀の里のつばの力か。幻術も通じないってわけだ)


心の中で感謝しつつ、愛刀を握り直す。


日野介は、刀を構え息を潜め、周囲を見渡す。

忍びの数は残り三人。


(一気にいく。一刻も早く茂吉を追わないと……!)


敵もそれを悟ったのか、じりじりと距離をとってきた。





一方、吊り橋の手前──


宵乃は祈るような思いで、吊り橋を渡る日野介とカナギの姿を見つめていた。

嫌な予感が胸を締め付ける。喉はからからに乾いている。


──あと少し、と宵乃が思ったとき、


カナギが、橋の上に崩れ落ちた。


「──!」


そして、日野介の指笛が鋭く響いた。

異変が起きたときの合図。


「日野介、カナギ……!」


宵乃は思わず駆け出そうとするが──


「待ってください!」


コモリが宵乃の腕をつかんで引き留めた。

その目は、冷静な忍びの目だった。


「日野介殿は……無事に渡りきりました。ですが、今渡れば敵に見つかります。──私に策があります」


コモリは橋を見据えたまま、素早く印を結び、術を放った。


──紫霧しぶの術──


紫の霧が渦を巻き、橋全体を覆い尽くす。

そして、宵乃の視界は、重く立ちこめる紫に閉ざされた。


「この霧は、橋と私たちを隠しています。──相手には見えていません」


戸惑う宵乃の左手に、温かいものが触れる。

コモリの手だ。

その瞬間、宵乃の視界が晴れた。


「手を、離さないでください。私に触れている間は、宵乃さんには術はかかりません」


コモリの声は小さく、けれど力強かった。


宵乃は頷いた。

そして、ふたたび橋に視線を向ける。


風に吹かれ、微かに揺れる吊り橋。

その上に、うつ伏せに倒れたままのカナギの姿がある。


そのさらに向こう──

日野介の背中が、森の闇へと吸い込まれるように、消えていった。


宵乃は、ぎゅっと拳を握りしめた。


(どうか、無事で……!)


胸の奥で、鼓動が早くなっている。


「宵乃様、橋に結界を張れますか」


コモリが問う。


「ここからじゃ届かない……。橋の真ん中まで行けば、全体を覆える!」


コモリは頷き、目を細める。


「行きましょう。私が先に立ちます。宵乃様は、私の腰を持って──」


宵乃は意を決する。

二人は、紫の霧に包まれたまま、揺れる吊り橋を渡り始めた。


木の板はぎしぎしと音をあげ、縄は風に煽られて揺れる。宵乃は左手をコモリの腰に置き、右手で縄をたぐる。木板から足を踏み外さないよう、慎重に、でもできる限り速く進んだ。


やがて二人は橋の中央に達した。


敵の姿はまだ見えない。宵乃は両手を合わせ、そっと気を練り始める。

護りの結界──橋全体を包むための、強い結びを。

それだけに集中しようとしても、焦りが指先に滲み、呼吸が乱れそうになる。


(焦るな、焦ったら負けだ)


宵乃は深く、息を吸った。


「護りの縁よ──いま、結び給え」


腰の鈴が小さく鳴った。


青白い光が、宵乃の掌から放たれ、橋の縄と木にすうっと染み渡っていく。

橋全体に、静かな守りの膜が張られていった。

よし、何とか橋全体を結界で覆った。宵乃はふーっと息を吐く。


「……できました」


コモリが小さく頷いて、また橋を進み始めた。宵乃も続く。

倒れたカナギの傍らにたどり着いた、そのときだった。


──橋の向こうに、黒い影が立った。

宵乃の心臓が、破裂しそうな音を立てた。


影は、じわりと歩み出ることもなく、橋の出口に立った。逃げ道を──完全に塞ぐように。


(──誰だ?)


見覚えのある、あのシルエットに、宵乃は思わず息を呑んだ。

まさか、と頭では否定しながら、心は抗えなかった。


(見たことが……ある。……でも、そんなはず──)


「……茂吉さん?」


声に出した瞬間、喉がひりついた。

それでも、宵乃は確かめずにはいられなかった。

だって、彼は岩村城へ戻ったはずだったのだ。ここにいるはずがない。


(どうして……?)


「──茂吉兄さん……!」


コモリが、悲鳴にも似た声を上げた。

宵乃も、はっと息を呑む。


(兄妹……? そんな──まさか……)


混乱と戸惑いが、胸を締めつける。


──その中で、


茂吉は、ゆっくりと両手を掲げ、静かに印を結びはじめた。


パァン!


茂吉からは放たれたまばゆい閃光とともに、紫の霧は吹き飛んだ。


晴れた視界の先に、茂吉が立っている。


「惜しかったね、あと少しだったのに」


彼は柔らかく笑う──だが、その目は冷たかった。


茂吉は、哀れむように宵乃たちを見た。


「コモリ……、俺が教えた”紫霧の術”か、上達したな」


「兄さん……どうして……」


コモリの声が震える。


「飛賀の里に未来はない。俺は、親父みたいに待つだけの人生を選ばなかったということ」


「そんな……!」


コモリは信じられないというように、強く首を振った。


「宵乃。お前は邪魔なんだ。──ここで消えてもらう」


茂吉は、淡々と告げた。

言葉に感情の揺れは微塵もない。


「兄さん、どうして?」コモリが叫ぶ。


「理由?どうせ死ぬんだ。コモリ、残念だがもう手遅れだ。……橋ごと、燃やしてやる」


冷たく、嗤うように。


「そこの爺さんもまとめて、谷底へ落ちな」


コモリは、悔しさに震えながら、唇を強く噛んだ。


「兄さん……それでも……、間違ってる……!」


「そう思うなら、ここで死ね」


茂吉の手のひらに、炎が灯る。炎は瞬く間に大きくなった。


「やめてっ!」


コモリが叫んだ。



だが茂吉は、構わず縄に手を伸ばす。


──シューッ。


だが、炎は、結界に阻まれ、音を立てて消えた。


「……結界か」


茂吉は露骨に顔をしかめ、鋭く舌打ちを放った。


「……仕方ないな、縄を切る」


腰の刀に手をかけると、その動きは早かった。

宵乃たちを一瞥し、鋭く刃を振り上げる。


「させない!」


コモリが叫んだ。


シュッ!


コモリの投げた手裏剣が、茂吉の手をかすめた。


茂吉は軽く身をひねって避けたが、

次の瞬間──二枚目の手裏剣が茂吉の足元へ。


「……やるじゃないか、コモリ」


茂吉は、にやりと笑う。


だがその目には、明らかに怒りが滲んでいた。


「良かろう……。せいぜい、最期まで足掻いてみるがいい」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


今回は、吊り橋での決闘です。そして、茂吉との対峙。

少しでも楽しんでいただけたなら、とても嬉しいです。


✉️感想・評価・ブックマークなど、いただけると本当に励みになります!


次回は、吊り橋での戦いの決着の予定です。

どうぞ、引き続きよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ