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第十四話 揺れる吊り橋、まさかの敵

風が谷をヒュウと走り、吊り橋の板をなぞるような音を立てた。


眼前にあるのは、おぼろノ橋──両岸を結ぶ、縄と木の板だけで編まれた、細い吊橋だ。


縄はくすんだ灰色。板は朽ちかけ、人ひとりがやっと通れる幅しかない。

その足元には、目も眩むほどの深い谷。底では、川が轟音をあげて唸っている。


──落ちたら命はない。


宵乃たちは橋の手前で立ち止まった。それぞれが、静かに策を巡らせる。


宵乃は腰の鈴を見下ろす。妖の気配は感知していない。だが──胸の奥がざわついている。同じように、日野介もコモリも”胸騒ぎ”を感じているのであろう。二人とも険しい表情で、橋を見ていた。


日野介が顎に手をやり、向こう岸を見るように目を細める。橋の向こう岸には、また森が続いている。


「ここからでは何も見えないけどな」と日野介がつぶやいた。


宵乃の覚悟は決まっている。戻ることはできない。──進むしかない。





「ここで間違えれば……四人まとめて谷底です」


コモリが吊り橋の縄にそっと触れ、強度を確かめながら言った。声は低く、空気に緊張が走る。


「全員で一気に渡るのは、避けたほうがいいな」


日野介の声も硬い。


「もし、何者かに途中で橋を落とされたら……全滅だ。考えたくないけどな」


「橋の上で動きを封じられても、袋のネズミですね」


コモリの表情は普段以上に引き締まっていた。


一瞬の沈黙のあと、


「二人ずつ渡りましょう」


宵乃が静かに提案する。その一言で、空気が決まった。


「そうだな、それが最善かもな」


日野介が頷き、顎で対岸を示した。


「俺とカナギが先に行く。俺は遠距離の攻撃ができない。なら、前に出る方が良いだろう。何か異変があれば合図する――それでいいな?」


一瞬の無言の間があった後、宵乃とコモリは頷く。


コモリは日野介の耳元で短く何かを告げ、日野介は眉をひそめつつ同意した。


宵乃の喉がごくりと鳴った。


「なあ、宵乃」


日野介は、少し場を和ませるように声をかけた。


「あの爺さん、また妖狐になって襲ってきたり……ってこと、ないよな?」


「それはないよ。封印がある限り……」


少しだけ、間が空いた。


「……今の彼は、“魂の抜けた器”のようなもの。この姿では、戦うことはできないけどね」


宵乃が日野介の目を見る。


「分かっている。俺が何とかする」


日野介は長く息を吐いた。


橋のきしむ音が、風に紛れて響いていた。





先頭に日野介、続いて老人。一歩ごとに、橋は(きし)みを上げ、板の隙間から冷たい川風が足元をなぶるように吹き抜けた。


(思ったより揺れるな)


日野介は手すり代わりの縄を握り直す。背後の老人は、揺れにも意に介さず歩いていた。


橋の半ばを過ぎた。対岸が近づく。何も起こらない。振り返ると、遠くで宵乃が何かを叫び手を振っている。何かを言っているようにも思えるが、声は風に攫われていて聞こえない。


(よし、あと十歩くらい)


日野介は、対岸が間近になったことで、ほっと息を吐いた。


そのとき、ヒュッ――。


耳をかすめた風切り音。直後、日野介の後ろで、何かが突き刺さるような音がした。


日野介が振り向くと、老人の身体が痙攣し、板の上へ崩れ落ちる。


「カナギ!?」


日野介は体を支えようと、半歩踏み出す――が、耳にコモリの忠告がよみがえった。


──何があっても、戻らないでください。

──何があっても、先に渡りきってください。


日野介は歯噛みして、指笛を吹いた。

何かあったときの合図だ。

残り数歩を駆け抜ける。

対岸の土を踏んだ瞬間に、日野介は刀を抜いて構えた。


(やはり、何かいる……!)


後ろを振り向く余裕はない。


木の影で何かが動いた。日野介はそれを追って、暗い木々の中に分け入った。

日野介は警戒を保ちながら見回すが、くそ、何もいない。だが――



「……日野介」


森の奥から、低く、聞き慣れた声。


音もなく、口元を布で覆った黒装束の影が現れる。その声とその眼差し――


――茂吉……!!


「どうしてここに……!」


日野介の頭が混乱する。茂吉は一足早く、岩村城に戻っているはず。日野介の思考が追いつかない。


「裏切ったのかって、顔をしているな。違うさ」


茂吉は鼻で笑う。


「最初から、仲間ではない。ずっと敵だったんだよ」


茂吉は日野介を嘲るように言った。


「何だと!」


「結界を修復するあの子が邪魔だったんだ。私たちにとってね。だから、”山の神”にお前らをまとめて始末させる手筈だったんだが――妖狐は計算外でね」


(何だと?茂吉は初めから敵?確かに、あのとき茂吉は何度も木に登って前方を確認していたのに、俺たちは簡単に待ち伏せにあった……。全てが茂吉が仕組んだ罠だったということか……。)


「でもさっき、妖狐に毒の吹き矢を当てた。さすがに人間の姿だと効いているようだね。これでこちらの憂いは消えた」


「むむ……」


日野介は唇を噛む。


「この橋を通ると思っていたよ、ククク」


日野介は、まだ目の前の茂吉が敵であるとは信じきれなかった。


「あの傷も嘘だったのか?」


「その通り。大した傷ではなかった。お前の背中はあったかかったな。刺すには、もったいないぐらいにさ。ククク」


信じていた相手の声が、どんどん冷たくなっていくように感じる。

しかし、刀を握る手はじっとりと汗ばんでいる。


信じたくない。でも、目の前の現実に対処するしかない。


(宵乃とコモリはどうしている……?ここからでは見えない。まずいな)


日野介が振り向こうとすると、足元に何かを感じた。視線を落とすと、地面に撒菱まきびしがまかれていた。


「おっと、そう焦るなよ」


茂吉が手を払うと、五人の忍びが木陰から滑り出た。


(あのときの荒賀の忍び……。


ささっと、五人が茂吉を取り囲んだ。


「そろそろ宵乃たちが渡る頃だ。まとめて谷底だ。ふふふ。俺は、橋を焼き払いに行く。あとは任せた」


茂吉は、そう言い残し、日野介に背を向けた。


「待てっ!」


日野介は茂吉の背中を追いかけようとした。


しかし、ザザッ――


二人の忍びが日野介の行手を阻んだ。手には鎖鎌と小刀を持つ。

左右に二人。背後に一人。


「上等だ」


日野介は、覚悟を決めた。


風が止んだ。あまりの静けさに、日野介は呼吸を忘れかけた──その直後、影が動いた。

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