第十三話 都へ至る道
朝靄がうっすらと残る中、一行は黙々と歩を進める。
飛賀の里を出てから、三日が経っていた。変わり映えのない山道を登ったり、降りたりで、今どの辺りにいるのかを正確に把握しているのは、先頭を行くコモリだけだ。
飛賀の里を出る際、茂吉はひと足先に別行動となった。嵩原家、遠山家の生き残りを探るため、単身、別の道を進んでいるという。出発前、宵乃には「コモリを頼む」とだけ言い残していた。
それからこの三日間、彼女──コモリが道案内を引き受け、都への道を進んでいる。
「……ふぅ……もう少し、緩やかにはならないものか……」
日野介が額の汗を拭いながら、小さく吐息を漏らす。この辺りを庭のようにして生きてきた忍びのコモリはともかく……。宵乃も、老人の姿をしたカナギまでもが、息を切らさず、滑らかな歩みで進んでいる。日野介は愚痴の一つでも言いたくなる。
(俺だって毎日鍛錬しているのにな……)
「日野介、早く!ここからの景色、すごく綺麗!」
先を進んでいた宵乃が、石の上から手を振った。
(どうせ山と木しか──)
と内心ぼやきながらも、彼女の隣に立つと、日野介は思わず言葉を失った。
眼下に広がるのは、山々のあいだを流れる清流と、それが注ぎ込む青く澄んだ湖。そしてその上には、深い谷をつなぐ一本の長い吊り橋が風に揺れていた。
「ここで、ひと息入れましょう」
コモリが言った。
石の上に腰を下ろして、忍びの携行食である兵糧丸と猪の干し肉を食らう。最初は美味しいと感じていたが、三日も続くと飽きがくる。
カナギは相変わらず、今日も食事を取る様子がない。何も食べなくても動けるのか、妖のものは本当に得体が知れない──日野介はそんなことを思った。
◆
ひと足さきに食べ終わった宵乃は、コモリに話しかけた。
「ねえ、コモリ。聞いていなかったんだけど……あなた、年はいくつ?」
「十七です」
「……なに? 俺より年下……?」
傍で聞いていた日野介は、宵乃よりも先に思わず聞き返してしまった。
「なにか、ご不満でも?」
コモリは口を尖らせる。
「いや、その……落ち着きがあって……」
「つまり、老けて見えると?」
コモリの声がすうっと冷えた。
「ち、違う。そういうんじゃなくて……その、なんていうか──」
日野介が焦ったように手を振った。
「もう遅いです」
コモリは、腰の小刀を抜き取る。
「この刃には毒が塗ってあります。ほんのかすり傷でも、身体中の穴という穴から血が──」
「待て、冗談だって言ってくれ!」
日野介が一歩、思わず身を引く。
「……冗談です」
「それが冗談に聞こえないんだってば……」
そのやり取りに、宵乃はくすりと笑った。
(……なんだか、日に日に仲良くなっている)
「そういえば──日野介、あのとき受け取ってた木の箱、中身は何だったの?」
急に思い出したのか、宵乃は飛賀の里で日野介が受け取っていた箱の中身をたずねた。
「ああ、これか」
日野介は腰の刀に手を添え、鍔を少し傾けて見せた。
「刀の鍔さ。猿の模様が彫られてるんだ」
「それ、猿翁様が使っていたものです」
コモリが説明を加える。
「飛賀の里に代々伝わってきた守りの鍔。妖気や呪いを弾くと伝わっています」
「……俺には、もったいないな」
「ええ。私もそう思います」
「おい」
コモリは口元だけでくすりと笑った。
◆
「ねえ」
──宵乃が不意に吊り橋のほうを指差した。
「……あそこ、何かいるね」
「あぁ、何も見えないけど。嫌な予感はするな」
日野介も先ほどから気になっていたことを言う。
「風の流れが逆巻いている」
コモリもつぶやいた。
「他に道はないのか?」
日野介がコモリの顔を見た。
「……朧ノ橋。都へ続く唯一の道です。谷へ降りるのも危険。あの急流を渡る手段もありません」
「……千代田の軍勢はすでに都に向かっているのよね」
と宵乃がコモリに聞く。
「ええ。おそらく、猿たちの伝言では、千代田が帝と会う準備を進めていると」
「……都の内部に、すでに“黒衣”と通じている者がいるということか」
日野介が腕を組む。
「その可能性が高いです。私たちは謁見の前に、動かねばなりません」
短い沈黙のあと、宵乃が一歩、橋のほうへと近づいた。
「じゃあ、渡るしかないね」
その声は、少しも迷っていなかった。
「何が待ち受けていても──行くしかない。遅かれ早かれ戦うのだから」
日野介とコモリも無言で頷いた。
老人は静かに宵乃の背後に立っていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
今回はちょっとした休息回です。
だんだんと物語は佳境へ向かっています。次回も乞うご期待!
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