宴
パーティー当日。
前日に降っていた雨はやみ、夜空は晴れ渡り、無数の星々がきらめく。
華やかな赤いドレスに、美しい装飾に身を包んだカタリナと、軍の礼装に身を包んだレオンは、馬車で王宮に向かった。
夜でもまるで昼間のように、光輝く王宮に、カタリナは緊張で表情を強張らせてしまう。
馬車が王宮の車止めで停まると、先に降りたレオンが手を差し出してくれる。その手を取り、一緒に降り立つ。
周囲の人々の視線が集まる。
「っ」
「背筋を伸ばして堂々としていればいい。君は公爵夫人。この国では、王族に次ぐ立場であると言っても過言じゃない」
王宮内のパーティーの舞台は、侯爵夫人の誕生日パーティー以上の人たちが集まり、その華やかさに、カタリナはどうしても自分が場違いな場所に来てしまったという認識を持ち、気後れしてしまう。
しかし後ろに下がりそうになると、隣で肩を並べてくれているレオンが背中に腕を回して支えてくれる。
目が合うと、優しく頷いてくれる。ただそれだけの他愛のないやりとりなのに、勇気をもらえたような気がした。
(しっかりしなきゃ。私はレオンの伴侶なんだから)
情けない姿を見せれば、笑われるのはカタリナだけではないのだから。
改めて背筋を伸ばし、胸を張り、挨拶をしに近づいてくる貴族たちに微笑みかけた。
中には前回の夫人のパーティーの招待客として来ている人もいて、歌を褒めてくれたと同時に突然倒れたことを心配してくれもした。
カタリナは「もう大丈夫ですから」と微笑みを返す。
と、カタリナは来客の中に、見馴れた人の姿を見つけ、レオンの袖を引く。
「すまない」
レオンは挨拶を打ち切り、出入り口にいる侯爵夫人の元へ近づく。
「夫人、こんばんは」
「マリアさん……っと、違ったわね。カタリナさん、とお呼びしなくてはね。本当に、これほど目が見えなくなってしまったことが悔しいと感じたことはないわ。あなたたち二人の素敵な姿を見られないんですもの」
「す、素敵だなんて」
「素敵に決まっているわ。公爵様が、優しく話しかけるような女性を、私は知らないもの」
「それは言い過ぎでは?」
レオンが苦笑まじりに言った。
「あら、目は見えずとも、頭はちゃんとしているわ。あなたは昔から、言い寄る女性たちを無視してきたじゃない。……だから、カタリナさん。あなたは世界で最も幸せな女性の一人よ」
「……」
恥ずかしさに、頬が火照ってしまう。
そこへ先触れが国王一家の到着を告げる。
談笑していた貴族たちが一斉に頭を垂れて出迎えた。
「皆、このたびはよく集まってくれた。今宵の主役を呼ぼう。レオン・グレイウォール。そしてカタリナ・グレイウォール。こちらへ」
貴族たちが道を作ってくれる。
ドキドキしながらも、カタリナは国王の前へ進み出た。
「カタリナよ。そなたが、レオンを支えてくれたお陰で、あれが決して諦めぬ心を持ち続けることができたと聞いておる。お前がいなければ、我が国は一人の勇者を失っていたことだろう」
「もったいないお言葉でございます」
「これからも引き続き、レオンを支え、そして夫婦ともども国に尽くしてくれることを願っておるぞ」
「かしこまりました」
「うむ。レオンよ」
「はっ」
「騎士団の面々より聞いている。お前にとってカタリナはなくてはならぬ、運命の相手だと」
「……はっ」
一瞬だが、レオンは顔を顰めた。きっと、あいつら余計なことを……と心の中で文句を呟いているに違いない。
「これからも妻と仲良くするのだぞ」
「はい」
レオンは深々と頭を下げる。
「――さあ、ここに揃った永遠の伴侶を、皆で祝おうではないかっ!」
楽団による演奏が響くと、「カタリナ、踊ろう」とレオンから手が差し伸べられた。
「喜んで」
「俺に集中していればいい。そうすれば、周りのことなんて気にならなくなる」
はじめてレオンと踊る。
彼のその屈強な体からは想像ができないくらい、リードは優しかった。
レオンの助け船に口元を綻ばせたカタリナは、彼と一緒に心ゆくまでダンスを楽しんだ。
さすがに疲れてしまい、「少しお化粧を直してくるわ」と告げる。
「俺もついていくか?」
「子どもじゃないんだから一人で平気。あなたは何か飲んで待っていて」
カタリナはそそくさと広間を後にした。
廊下に出ると、ほっと一息つく。
あれだけの人々に囲まれるのは、やはり慣れない。
カタリナが化粧室へ向かおうとすると、すれ違いざま、メイドと肩がぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい」
メイドは不意にしゃがみ込む。
「大丈夫っ?」
「……動くな」
駆け寄った刹那、喉元に短剣が突きつけられる。
「っ!」
俯いていたメイドが顔を上げた。
「アスターシャ……っ」
「動くんじゃないわよ。少しでも逆らったら、あんたをここでズタズタに斬り刻んでやるからっ」
「……騎士団や衛兵があなたを探してるわ」
「黙れッ」
アスターシャの据わった目を見れば分かる。今の彼女は何をしでかすか分からない。
カタリナは小さく、頷く。
「こっちよ、来なさい」
彼女に脅されながら廊下を進み、階段を下りていく。
「レディ、どうかされましたか?」
貴婦人が一人で出歩いているのを心配するように擦れ違った侍従が声をかけてくる。
カタリナは頬を引き攣らせながら、
「少し人に酔ってしまったみたいで、涼みに」
侍従がメイドをちらりと見る。
「一人ではないから心配しないで。彼女が一緒のついてきてくれるから」
「そうでしたか。ではごゆっくり」
「ありがとう」
階段を下り、王宮の裏手から外に出る。
王宮の外には闇に紛れるように、おんぼろ馬車が停車していた。
背中を強く押され、転げるように車内へ押し込まれる。
すぐにアスターシャが乗ってくる。
中には一目見てごろつきと分かる男が一人。
「出しなさい」
アスターシャが御者へ合図を出すと、馬車がゆっくり動き出す。
「……これからどうするつもり」
「隣国へ売り渡すのよ」
「!」
「あの公爵が愛した女ですもの。レオンに煮え湯を飲まされ続けた隣国は喜んで、あんたを買い取るでしょうね。あんたは、私から何もかも奪ったその報いを受けるのよ!」
アスターシャは歯を剥き出しにして、嫌な笑い声をこぼした。
「奪った?」
「そうよ。私が本当の公爵夫人のはずなのに……!!」
「私を身代わりにしたくせに!」
「黙れっ!」
アスターシャは金切り声を上げ、首筋にナイフを突きつけてくる。
「おい、殺すな」
男がぼやく。
「うるさいわね! 私が雇い主なのよ!? 殺さなきゃいいのよ!」
「へいへい」
男が小さく肩をすくめた。
心臓が早鐘を打つ。
刃物が頬に押し当てられる。刃から伝わる冷たさと、恐怖で全身の鳥肌が立つ。
その時、馬車がガクン、と大きく揺れた。
「ちょっと! ちゃんと走りなさいよ!」
アスターシャが御者に声を荒げた。
しかし御者からの反応はない。
「聞いてるの!」
馬車がゆっくり停まる。
「な、何……」
アスターシャの目に不審に訝しげに揺れた。
「見てくる」
男が腰の剣を抜き、馬車から降りていく。
(男さえいなければ……)
アスターシャは外に意識が向いている。
カタリナが抵抗するなんて考えもしていないようだ。
カタリナはアスターシャに飛びつく。
「な、なによ、あんたっ!」
男がいなければ、女同士。力はほとんど変わらない。
「触んじゃないわよ!」
カタリナは、アスターシャの右腕に思いっきり噛みつく。
「ぎゃああああっ!」
ヒキガエルのような濁った声を挙げ、カタリナがナイフを取り落とす。
アスターシャは転げるように馬車から飛び降りた。
「ま、待ちなさいよぉ! クソ女ああああ!」
腕を押さえたアスターシャが短剣を拾い上げ、再び迫る。
しかし馬車から出た刹那、その細い首に剣が突きつけられた。
「そこまでだ。アスターシャ」
レオンが立っていた。
その足元には、様子を見てくると言って出た男が白目を向いて倒れていた。
「な、なんでここに……」
アスターシャの顔がみるみる青ざめていく。
「黙れ」
「ひい! こ、殺さないで……!」
「俺の妻を攫って、どの口で言う? ――カタリナ。こいつをどうする? ここで首を刎ねても、俺は構わない」
カタリナは息を整え、立ち上がる。
「殺さないで」
「いいのか?」
アスターシャが一瞬、ほくそ笑んだ。カタリナが人の良い馬鹿だと思っている顔だ。
「捕らえて下さい。罪人は、しっかり裁判にかけられるべきです」
「いいのか?」
「あなたのその剣が、アスターシャの血で穢れるのを見たくはありませんし」
「分かった」
フッ、と口元を緩めたレオンは、逃げようとするアスターシャの鳩尾に一発拳を入れて気絶させると肩に担ぎ上げ、まるで荷物のように、馬の上へ載せた。
「それにしても、どうしてあなたが……」
「戻りが遅くて探していたら、お前を見たという侍従に会ったんだ。表門を守っていた衛兵に聞いても誰も知らないと言うから、裏を探していたら、道に真新しい轍ができているのを見つけた。かなり急ぎで出発したのが分かったから、もしやと思って……」
「ありがとう」
「行こう」
馬に跨がったレオンが伸ばしてくれる手を、カタリナは掴んだ。
アスターシャはその後、裁判を受け、公爵夫人であるカタリナを誘拐、隣国へ売り払おうとした罪により、極刑を言い渡された。
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