アップルパイ(レオン視点)
無事に会議が終わり、レオンとゾーイは廊下を歩く。
「それにしても、マリアさんとマリアンヌちゃん、まるで本当の親子みたいに仲が良かったですね。とても微笑ましかったです」
ゾーイが不意にそんなことを言い出す。
「……確かにな」
レオン以外には決して懐かなかったはずのマリアンヌが、不思議とマリアになつく。
特別なことをしている訳でもない。
相性がいい、と彼女は言っていたが、これまで何人もの世話係をつけてきたが、誰ひとりとしてマリアンヌと打ち解けられた者はいなかった。
本当の親子というのは言い過ぎだろうが、特別な絆があると言われれば納得してしまいそうな親密さがあった。
「……団長、奥様の行方はどうなんですか?」
「相変わらずだ」
手がかりはない。家に残された彼女の服だけ。しかしそれも特別珍しい品ではない。
八方塞がりだった。
(アップルパイ、か)
マリアが、何度か作ってくれた。
もう一度あのアプルパイを味わいたい。
「ん?」
窓から見える馬場のあたりに人だかりが出来ていた。
「おい、今日は馬場で何かやっているのか?」
「いえ。いつも通りのはずですが、またぞろ障害物レースで賭け事でもしているのかもしれませんね」
「あいつら……」
小さく溜息をついたレオンは外へ出た。
基本、レオンは部下の自主性に任せてうるさく言わないようにしてはいるが、さすがに規律を乱すような行為を黙って見逃す訳にはいかない。
「おい、お前ら! 何をやってるんだ!」
レオンの怒声に、騎士たちは背筋を伸ばして道を空ける。と、その人だかりの中心にいたのはマリアたちだ。
「二人とも、残っていたのか」
どうやらマリアンヌの愛らしさに、騎士たちや軍馬たちはすっかり骨抜きになってしまったようだ。
「あ、レオン様、申し訳ございません。マリアンヌちゃんが馬を見たいと言っていたので。つい長居を」
「そうだったのか。で、お前らは何なんだ?」
騎士たちは互いに顔を見合わせる。
「いやあ、マリアンヌ様が可愛くて。な?」
「え、ええ。それに……マリアさんも」
「ていうか、そっちがむしろ本命はそっち、というか」
つまり、マリアンヌにかこつけて、マリアに近づこうとしていたのか。
レオンは苛立ちを覚えた。
「お前ら、ずいぶん余裕があるようだな! なら、訓練場を日が暮れるまで走れ! さっさと行けっ!」
レオンの鋭い号令に、騎士たちは半泣きになりながら「はいいぃぃ!」と悲鳴にも似た声を上げて走り出した。
「すみません。勝手なことを。でもこれはあくまで私たちがみなさんの好意に甘えてしまっただけで、ジョセフさんたちが悪い訳ではないので……」
どうやらマリアは自分が騎士たちにそれとなくアタックをかけられていたということには無自覚だったらしい。
「分かっている。せっかくだ。一緒にアップルパイを食べよう」
「ですがあれは」
「あの馬鹿どもに、君のアップルパイを食べさせるなんてもったいないからな。マリアンヌ、アップルパイ、食べたいか?」
「うん!」
「よし」
という訳で、団長室に戻ると、アップルパイを食べる。
ゾーイが紅茶を淹れてくれた。
「では頂くか」
「ど、どうぞ」
「そんな緊張することはない」
「……お口に合えばいいのですが」
レオンはアップルパイを頬張った。甘みと酸味が口に広がる。
「うまい」
「あぁ、良かったです」
マリアはほっと息をつく。
ただのアップルパイだ。それなのに、どうしても妻のことを思い出してしまう。
思えば、アップルパイはもう何年も、妻を思い出すから口にしなかったというのに。
そのことが妻を捜し続ける自分の気持ちが揺らいでいるような錯覚に陥り、美味しいはずなのに、苦い気持ちが胸に広がってしまう。
「まいあぬもたべる!」
「あ、そうだったね。レオン様、マリアンヌちゃんはりんごは大丈夫ですか?」
「ああ、他の食材に関してもアレルギーも特にない」
マリアはアップルパイを切り分けると、マリアンヌに食べさせる。
「んぅ~っ! おいひー!」
マリアンヌはぱくぱくと美味しそうに食べる。
「ふふ、マリアンヌちゃんにも美味しいって言ってもらえてすごく嬉しいです」
「マリア、すきぃ」
ぎゅっと抱きつく。
マリアはびっくりしながらも、「ありがとー」と微笑み、マリアンヌを抱きしめた。
レオン自身も微笑ましくなって、マリアを見つめ、はっと我に返った。
(俺は何を見とれて……)
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