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身代わり婚~光を失った騎士団長は、令嬢へ愛を捧げる  作者: 魚谷


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18/35

騎士団本部へ

 マリアは朝から、公爵邸を訪ねた。

 その手にはバスケット。中にはアップルパイが入っている。

 エイリークが顧客からりんごをもらってきたのだ。その時に、アップルパイが作りたくなり、エイリークの許可をもらって作ったのだ。

 エイリークたちに食べてもらうとかなり好評だったので、レオンとマリアンヌにも食べてもらおうと思い、朝早くから支度をしたのだった。

 するといつもは静かな邸内は、珍しく騒がしい。


(どうしたのかしら)


 マリアが声のするほうへ行くと、使用人一同、そして一人、紺色の制服に身を包んだ青年が片膝をついて、マリアンヌに話しかけている。


「いい子だから、その書類を下さい」

「やーっ! まいあぬがいくぅ!」


 マリアンヌは泣きべそをかきながら、声を上げた。


「駄目なんですよ。えっと、団長がいる場所は、小さなお子さんには危ないですから。ね、お願いですから言うことを……」


 青年だけでなく、周りの使用人たちも必死にマリアンヌを説得しようと奮闘するが、


「やーっ、やーっ!」


 マリアンヌは周囲から何かを言われれば言われるほど、どんどん意固地になっているように、首を激しく横に振るのだ。


「どうしたんですか」


 マリアが声をかけると、


「マリアぁ!」


 マリアンヌが大人たちの間をすり抜けて、走ってきた。

 当然短い足でまだそれほど歩くのがうまくないから、すぐに転びそうになってしまう。

 マリアは、間一髪のところで抱き上げた。


「まりあぁ」


 マリアンヌは抱きつき、涙をこぼす。


「あー、書類がクシャクシャにぃ」


 青年が悲痛な叫びをこぼす。


「……何がどうなっているんですか」


 マリアは、そばにいるメイドに聞く。


「私は、団長に頼まれて会議に必要な書類を取りに来たのですが、お嬢さんがその書類を手にして、自分が団長のところへ持っていくと言ってきかないんです。それを、使用人の方々と一緒になって説得していたところなんですが……」


 なるほど。そしてはかばかしくない結果だった、ということか。


「マリアンヌちゃん、それはとても大切なものなんです。お兄さんに渡してあげてください」

「やぁ! パパのところ、まいあぬぃがいくぅ!」

「マリアンヌちゃんが届けたいんですか?」

「うん!」

「お嬢さん、いい加減に渡して下さい。このままじゃ、僕が団長に大目玉を食らってしまいますぅ」


 青年の嘆きも、意固地になってしまっているマリアンヌには通じない。


(マリアンヌちゃんもかなり頑固だから)


 これはもうしょうがない。


「それじゃあ、私がマリアンヌちゃんと一緒に行きます。でしたら問題はありませんよね?」

「え……あー……確かに、そうですね。お嬢さんも、あなたになついているようですから」

「このままじゃ、ますます書類がぐちゃぐちゃになってしまいそうですし」

「ええ……それではご同行をお願いできますか」

「はい」

「それでは急ぎましょう」


 という訳で、急遽、騎士団本部へ出かけることになった。

 マリアは、マリアンヌを抱きながら、青年と一緒に馬車のところまで来る。


「うま!」

「馬が好き?」

「ぱぱもうまにのってう!」

「ふふ、そうなのね」


 マリアンヌと一緒に馬車に乗り込んだ。

 騎士団本部は、都の郊外にある。軍馬の調練場なども併設されている大きな施設だ。

 レオンの元へ行かれるのが嬉しいのか、さっきまであれほどぐずっていたのが嘘のように、マリアンヌは大人しくマリアの膝の上にちょこんと座っている。

 ちなみに書類は今もぎゅっと握り締めたまま。


(だいぶ皺くちゃになっちゃってるけど、大丈夫かな)


 それだけが心配だった。

 と、向かいに座っている青年の視線を感じて目を上げた。


「何か?」

「あ、いえ……ずいぶん、懐かれているなと思いまして。僕や他の使用人の方々がどれだけ説得しても、マリアンヌちゃんはぜんぜん言うことを聞いてくれなかったのに」

「ええ。私たちどうやら相性がいいみたいで」


 馬車はやがて騎士団本部の門前で停まった。


「では、団長の所までご案内いたします」

「お願いします。――マリアンヌちゃん、もうすぐパパに会えるよ」

「やーっ!」


 マリアンヌが嬉しそうに笑顔になった。


(本当にマリアンヌちゃんの笑顔は元気一杯で見ているだけで、こっちまで元気をもらえているような気になるわ)


 マリアンヌを抱きながら、敷地に入る。

 騎士団という男社会に、女性がいる、それも子どもを連れているのがかなり珍しいのか、訓練に励んでいた騎士たちが興味津々に見てくる。

 マリアはそんな騎士たちに軽く会釈をして、建物へ入っていく。

 青年はとある部屋の前で立ち止まった。


「こちらです」


 青年はノックをする。


「ジョセフです。団長、書類をお届けに参りました」

「入れ」


 レオンの声だ。

 レッグスは、マリアにどうぞ、と部屋に入るよう手振りで示す。


「失礼します」


 マリアが部屋に入ると、部屋にいたレオンと、副官のゾーイは驚いた顔をしていた。


「ぱぱぁ!」

「マリア……マリアンヌ、どうしたんだ、二人とも」


 マリアの後に入ってきたジョセフは、「実は」とマリアたちを伴ってきた事情を説明する。

 立ち上がったレオンは「みんなを困らせたら駄目じゃないか」と軽くマリアンヌを注意する。マリアンヌにどこまで伝わっているのかは分からないかったが、怒られているということは何となく察したように、不満そうに頬を膨らませた。


「さ、マリアンヌちゃん。書類をパパへ渡してください」

「やぁ!」

「だめですよ、そんなこと言ったら。それがなかったら、パパがすごく困ってしまいますよ」


 マリアが言って聞かせると、そっぽを向いたまま、マリアンヌに渡してくる。

 代わりに渡せ、ということだろう。

 マリアが代わりに渡す。


「ありがとう、マリアンヌ」


 レオンが頭を撫でると現金なもので、マリアンヌはすぐ笑顔になった。

 本当にマリアンヌはレオンが好きみたいだ。


「なんだか、いい香りがしますね。そちらのバスケットにあるのは、もしかして団長へのお昼ですか?」


 ゾーイが言った。


「あ、これ、召し上がってもらおうと思って持ってきたんです。アップルパイです」

「私も食べても?」

「もちろんです」

「それはありがたいっ」


 ゾーイが目を輝かせ、バスケットに手を伸ばそうとするが、レオンが手を叩いてやめさせる。


「いじきたない真似をするな」

「申し訳ございません。つい……」


 ゾーイが苦笑をこぼす。


「では、私たちはこれで帰りますね」

「ジョセフ、送っていけ」

「はっ」

「マリア、苦労をかけたな」

「いいんです。では失礼します。さあ、マリアンヌちゃん、行きましょう」

「うん!」


 頭を下げ、マリアは部屋を出た。


(喜んでもらえて良かった)


 胸の中が温かくなる。


(あれ、この感覚、どこかで……)


 しかし明確になる前にその感覚は、マリアの手から逃れ、消えてしまう。


「うま!」


 マリアンヌの元気いっぱいの声に、はっと我に返った。


「え?」

「うま、ぱかぱか!」

「あ、そうね」


 騎士たちが乗馬訓練しているのを、マリアンヌが指さす。馬場にはたくさんの馬がいた。


「よろしければ、見てみますか?」


 ジョセフが言ってくれる。


「……よろしいんですか」

「もちろんです。他ならぬ団長のお嬢さんですから」

「見に行きたいですか?」

「ぁい!」

「ジョセフさん、お願いします」


 ジョセフの好意に甘えてさせてもらう。

 馬はしっかり調練が行き届いているお陰で、危ないことは何もなかった。

 馬たちも、普段は接しないという子どもに興味津々で、何頭も近づいてくる。


「触ってもいいんですか?」

「どうぞ。みんな調練が行き届いていて大人しいですから」


 マリアンヌが馬の顔を優しく撫でると、もっと撫でて欲しいとばかりに甘えてくるのだった。


「可愛い。ね、マリアンヌちゃん」

「うま、かわいーっ!」


 きゃっきゃ、とマリアンヌがはしゃいだ。

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