マリアンヌと花畑
「マリアンヌちゃん、今日は何をしたいですか? 本を読みますか?」
「うぅん……」
マリアンヌは少し考えてから、庭を指さす。
「おにわ!」
「お庭に行きたいんですか?」
「うん!」
「それじゃ行きましょうっ」
マリアは、マリアンヌの手を引き、庭の散歩に出ることにした。
(よちよち歩いて、可愛い)
初夏の日射しを浴び、庭の花々は美しく咲き誇っている。
馥郁とした甘い香りに、気持ちまで高まった。
「ちょっ、ちょっ!」
花を飛び回る蝶を、マリアンヌが追いかけるが、ひらひらと飛び回る蝶にはあっという間に逃げられてしまう。
「むぅ」
マリアンヌは頬を膨らませ、ふくれっ面。
そのあどけない姿にまた、可愛いと思って、口元がついつい緩んだ。
「マリアンヌちゃん、そんなに追いかけ回したらチョウチョが可愛そうだから。お花をつまない?」
「おなな?」
「お花」
「お、はなぁ」
「うん。えっと、勝手に摘んでもいいのかしら……」
マリアは、後をついてくるメイドに確認を取ると、問題ないとのことだった。
「こちらのお庭の花は、公爵様がお嬢様のために植えたものですので」
「そうだったんですね」
さすがは公爵家だ。愛娘のために花畑を作ってしまうなんて。
マリアは摘んだ花を手元で編み上げる。
マリアンヌが興味津々に、マリアの手元を覗き込む。
「できたっ」
「なにー?」
「花輪ですよ」
「はなわぁ?」
マリアンヌは首を傾げた。
「そう、お花を編んで輪っかにするの。それからこれを……」
マリアンヌの頭にかぶせた。
「可愛い」
「いー?」
「すっごく」
「えへへっ」
マリアンヌは花輪を頭にかぶせたまま、にこにこする。
「ぱぱにみせる!」
「パパにもお花を摘んでいってあげましょう。お手伝いしてくれますか?」
「うんっ!」
マリアンヌは元気一杯に返事をする。
マリアは手折った花を、マリアンヌにもたせると、一緒にレオンの元へ向かう。
扉をノックする。
「何だ?」
「マリアです。入ってもいいでしょうか」
「ああ、大丈夫だ」
マリアが扉を開けると、「パパぁ!」とマリアンヌが部屋に飛び込んだ。
「マリアンヌっ」
難しい顔で書類を見ていたレオンの顔が明るくなり、声まで弾む。
「きゃあ~!」
抱き上げられたマリアンヌははしゃぎ、レオンに抱きつく。
「ん? 頭に何を乗せて……」
「花輪です、レオン様」
「マリアがつくったのぉ!」
「そうか。いいものを作ってもらったな。マリアのこと、好きか?」
「うん!」
満面の笑みをたたえながらマリアンヌが大きく頷いた。
こうしてはっきりマリアンヌから好かれると、すごく嬉しい。
「マリアンヌちゃん、パパにわたしてあげて」
「これ、あげぅ!」
「マリアンヌちゃんと一緒に摘んだんです」
「そうか、ありがとう。マリアンヌ」
レオンは花輪に当たらないよう注意しながら、頭を撫でた。
(やっぱり二人は親子だわ。笑顔がそっくりだもの)
と、レオンと目が合うと、はっとする。
「……すみません。じろじろ見てしまって……」
「そんなことで咎めることはしない」
レオンはメイドに花瓶を持って来るように命じた。
ガラス製の小さな花瓶に花を生けると、窓辺に置く。
「綺麗だな。部屋の雰囲気が明るくなったな」
「本当に」
「どうだ、マリアンヌ」
「きえーっ」
「そうだな」
と、窓辺に飾った花を目当てにしたのか、小鳥が飛んできた。
黒い色に黄色い嘴が特徴的な見た目だ。
マリアの頭の中に、ふと名前が浮かぶ。
「コウタドリですね」
「コウタドリだな」
マリアと、レオンはほぼ同時に言っていた。
「ふふ、かぶってしまいましたね」
「そうだな」
レオンも微笑んだ。
「しかしコウタドリを知っているなんて、マリアは鳥が好きなのか?」
「……そう、みたいですね」
「みたい?」
「あ、いえ、そうなんです。好きです」
マリアの言葉に少し引っかかりを覚えてみたいだった。
自分が鳥に詳しいなんて今の今まで知らなかった。それなのに、不意にあの鳥の名前が頭に思い浮かんだのだ。
「それよりも、公爵様が鳥に詳しいなんて意外でした」
「詳しいという訳じゃない」
「でもコウタドリなんてそう簡単に出ない名前だと思うんですが」
スズメやハトではないのだから。
「……妻が教えてくれたんだ。それまでは俺も鳥は全部、同じようなものにしか見えなかったんだが」
「そうだったんですね」
「こーたどりー」
マリアンヌが、レオンたちの言葉に耳を傾け、呟く。
「コウタドリ」
「こーたどりー」
なかなか上手に発音できないマリアンヌ、レオンとマリアは笑いを弾けさせるように笑った。
マリアンヌが窓辺に駆け寄るので、レオンとマリアはその後をついていく。
「だっこぉ」
レオンが腕を伸ばそうとするが、「マリアぁ」とマリアンヌがいやいやをする。
「マリアンヌ……っ」
レオンが衝撃を受けたように、固まるのを、マリアはちらりと見る。
「公爵様……」
「いや……俺は大丈夫。だっこしてあげてくれ」
レオンはやや笑顔を引き攣らせながら呟く。
(ぜんぜん大丈夫には見えないんですが)
「だっこ、だっこぉ」
早く早くとマリアンヌが足踏みするので、マリアンヌを抱き上げた。
マリアンヌは窓一枚を挟んだすぐ向こうにいる、コウタドリをじっと見つめる。
コウタドリのほうも、マリアンヌを興味深げに見つめる。
「ぴーぴーぴー」
マリアンヌが、コウタドリの鳴き真似をするように呟く。
コウタドリはパタパタと飛び立っていく。
「あー……」
マリアンヌが残念そうな声をこぼす。
「行っちゃったね」
「ピーピー」
「ピーピー、行っちゃいましたね」
「マリアンヌ、またピーピーは来てくれるさ」
レオンが、愛娘を労るように言った。
「……うん」
「お菓子、食べるか?」
「食べうっ!」
現金なもので、しょんぼりしていた表情を明るくして、マリアンヌは頷いた。
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