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うましか  作者: 真崎優
後日談
12/17

二時間黙って隣に座り互いの空気を馴染ませていこう2


 というのが十一月中旬の話だ。

 それからわたしたちは、数日後に彼の部屋で読書会デートをし、少し間を開けて十二月の始めに、わたしの部屋で映画の鑑賞会をした。翌週は少し早めのクリスマスを、わたしの部屋で手料理を食べて過ごした。


 そうしている間に少しずつ空気が馴染んでいくのが分かった。

 自分の部屋でもわたしの部屋でも、とにかく緊張してぎこちなかった彼も、次第にこの関係性に慣れ、最近では読書に集中し過ぎて近くにいるのを忘れ、わたしが出した物音に驚いたりするようになった。

 会えない日にも時たま、電話や他愛ないメッセージをくれたりもする。


 この変化が、どうしようもなく嬉しい。高校生の頃、たった五回の会話で終わってしまった恋とは思えないほどに。



 その変化が目に見えて分かったのは、十二月中旬の平日。クリスマスに向けて明日から鬼の不規則連勤がスタートする前の、休日のことだった。


 昼過ぎに突然彼から電話があり「今夜光のページェント観に行かない?」とお誘いがあったのだ。

 少し前まで、きっちり予定を組んだ仕事のようなデートをしていた彼が、だ。


 勿論喜んでオーケーして、支度をして、夕方彼の仕事が終わるのを待って、髪は乱れていないだろうか、ベージュのコートとネイビーのスカートで大丈夫だろうかとそわそわしながら数分を過ごし、合流した。


 工業製品メーカーの営業職に就いている彼は、勿論スーツ姿で、ネイビーのチェスターコートを羽織り、いつもは下ろしている前髪を上げている。

 この数ヶ月、計十二回のデートをして、会話も、ふたりでいることにも慣れ、お互いの空気も馴染んできていたけれど。初めて見る姿に心臓が飛び跳ねて、口から出てしまわないよう慌てて両手で覆ったら、笑われてしまった。


「どうしたの、急に」

「いや……スーツ姿を見るのは初めてだったから驚いて……。高校生の頃のブレザーとはやっぱり違うね……」

「まあ、制服のスラックスはチェック柄だったしね」


 まあ、そういうことではないのだけれど、そういうことにしておいた。

 わたしがどれだけときめこうが、口から心臓が飛び出そうが、これから並んで歩くのだ。


 ふたりで並んで、定禅寺通りを歩く。ケヤキ並木に取り付けられた数十万個のLEDによって、街はキラキラ輝いており、とても幻想的だ。

 金色に輝く通りは光のトンネルのようであり、降り注ぐ流星群のようでもある。


 その中を歩く人たちは、恋人同士だったり友だちだったり家族だったり様々だけれど、皆笑顔で美しいイルミネーションを見上げ、寄り添ったり語らったり写真に収めたりしている。


 仙台の冬を代表するこのイベントには、もう何度も来ている。

 けれど今日のイルミネーションは、いつもよりずっと輝いて見えるのだから不思議だ。いつもと違うのは、彼が隣にいる、たったそれだけのことだ。


 隣に彼がいるだけで、何度も観ているこの景色が、随分と違って見える。金色に輝く星粒が、空からとめどなく降り注いで見えてしまうのだから、恋の力は偉大だと思った。


 そう、恋だ。わたしはもう十年も前から、ずっとこの人に恋をし続けていたのだ。その気持ちから目を反らし、心の奥底にしまい込んでいたけれど。

 まるで仕事のようだった九回のデートで、心の奥底から浮上しかけていた気持ちは、ずっと低空飛行だったけれど。


 今、ちゃんと元の位置まで戻って来た。いや、むしろ、高校生の頃より高い位置まで昇って行った。


 わたしはこの人が好きだ。

 不器用だけれど思いやりがあり、真面目で誠実でありたいと思いながらも、わたしを振り回し困らせる。

 お互いの空気を馴染ませてからは、程よく手と気を抜いて、その空気は平らで心地良い。


 あの頃思っていたことは当たっていた。趣味も好みも合っていたから、きっともっと親しくなれた、と。

 再会するまで八年もかかって、再会してからもあの頃と同じ気持ちだけではいられないと。気持ちがちゃんと浮上するまで四ヶ月もかかってしまったけれど。


 もう大丈夫だ。多分この人となら気負わず、萎縮せずにやっていけるはずだ。



 そう思うのと同時に、隣を歩いていた小林くんの指が、手の甲に触れた。居場所を確認するように何度か手の甲を行き来した指は、わたしの指を絡めとり、捕まえる。

 わたしも素直に受け入れて彼の指を握り、ほんの少しだけ距離を詰めて見上げると、彼は驚いた表情でこちらを見降ろしていた。


「自分から繋いできたのに」


 言うと彼は「そうなんだけどさあ」とはにかんでから、繋いだ手を力強く握り返した。


 十二月の屋外を歩くのは勿論寒いし、お互い指先まで冷えていたけれど、少しずつ体温が混じり合い、心地良くなっていく。混じり合った体温は次第に上昇し、繋いだ手がしっとりと汗ばんできたけれど、離れ難かったから、気付かないふりをした。


 と、まあ。幸せを存分に噛み締めたのはここまで。


 クリスマスが間近に迫り、鬼のようなシフトの連勤が始まったのだ。鬼のような、というのは、朝番連勤のあとに中番が挟まりその翌日がまた朝番だとか、遅番連勤のあとに休日があり次の勤務が朝番だとか、そういうことだ。


 それが年始の初売りが一段落するまで続くから、彼と会っている時間などなくなってしまった。

 会えない代わりにメッセージのやりとりは毎日していたけれど、毎日くたびれ果てて返信はどんどん遅くなり、彼もそれを気遣ってかメッセージの頻度が低くなってしまった。


 ようやくシフトが落ち着いたのは、一月も半ばに差しかかる頃だった。

 これで心置きなく彼に会える、と思っていたら、今度は彼の出張が入り、それを終えたら本社で研修会と交流会があるという。


 正直に言うと、今すぐ会いたい。もう限界だ。年末年始の鬼の連勤に耐えたご褒美に、彼の胸に飛び込み、彼のにおいを小一時間嗅ぎ続けたいくらい飢えている。

 まあ、まだ付き合ってはいないし、抱きついたことも、においを嗅いだこともないのだけれど。


 でもわたしばかりが我が儘を言うわけにはいかない。

 彼はこの一ヶ月、メッセージの返信すらもろくにしないわたしを気遣ってくれたのだから、わたしも黙って待つべきだ。


 待てる。会えなくても平気だ。高校一年生の頃、彼女と一緒にいる彼を見たくなくて、ずっと避け続けたじゃないか。高校三年間、擦れ違っても目を合わせないようにしていたじゃないか。卒業してから再会するまで、八年間も会わなかったじゃないか。だから、待てる。できる。


 そう何度も自分に言い聞かせて、何でもない風を装って「お仕事頑張ってね」とメッセージを送る。「風邪ひくなよー」「風呂入れよー」「歯磨けよー」と、元気を装う。


 たぶんわたしは、この数ヶ月で贅沢になった。もう十年前の、たった数回の会話で満足していた頃とは違う。

 いつでも彼と連絡が取れて、会うことができて、一緒に過ごすことができるから、もう以前のようには戻れないのだ。




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