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うましか  作者: 真崎優
後日談
11/17

二時間黙って隣に座り互いの空気を馴染ませていこう1


 気を遣われている、というか……距離を感じる、というか……。妙な違和感とともに過ごした数ヶ月だった。


 高校の同級生とはいえ、当時は数えるほどしか話したことがないから、一から関係を作っていかなくてはならないということは理解している。わたしたちは「同級生」というより「大人になってから出会った人」だ。


 この数ヶ月で、小林くんとは八回デートをした。今日は九回目である。

 九回目ともなれば違和感の原因はすでに判明し、言うか言わないか、回を重ねればお互いに慣れて普通の友人になっていくのか、もやもやしながら過ごした日々だった。


「今が十六時だから、このあと車で北仙台まで行って食事にしよう。前に職場の先輩に連れて行ってもらったイタリアンダイニングで、余裕を持って十七時に予約を入れてある。ゆっくり食べても、予定通り十九時には笹井さんを家まで送れると思うよ」


 これである。予定を決め、その通りにこなす。まるで仕事のようなデートだと、近頃ずっと思っている。


 こちらの都合の良い日を伝えると、日時や行き先、内容、移動手段、拘束予定時間と、帰宅時間までしっかりと決めて、連絡がくる。

 当日は本当にその通りに行動し、遅くとも二十時までには解散となる。送ってくれたお礼に、と部屋でのお茶に誘っても「予定時間外だから」と断られる。


 デートの内容はドライブだったり公園でのピクニックだったり展覧会に行ったり。

 さらにここ二回のデートは、水族館と動物園。彼はわざわざ有給休暇を取ってデートに臨んでいた。


 そりゃあ暦通りに働く会社員の彼と、基本的には不規則なシフトが組まれる雑貨屋店員のわたしとでは休日が合わず、どちらかが休みを取らないといけないというのは分かるけれど。仕事のようなデートスケジュールに加え、有給まで取られてしまうと、なんだか萎縮してしまう。


 紳士、真面目、誠実と言えば聞こえがいいが、わたしにはこの丁寧すぎる扱いが、距離を感じてもやもやするのだ。


 そしてわたしは、動物園の駐車場で、カーナビに次の目的地であるレストランの住所を入力している彼に、ついに切り出した。


「もう有給はとらないでほしい。それからデートの予定を細かく決めるのも。ちょっと会うくらいなら当日に、今晩暇? くらいの連絡で充分。小林くんが土日祝が休みってのは分かっているし、わたしのシフトも伝えておくから、きっちり予定を組んで、融通がきかないデートをするのは、もう終わりにしよう」

「……え?」


 彼が素っ頓狂な声を出して、こちらを見た。気まずさに目を反らしたくなったけれど、それでは嫌なことから逃げた高校時代と同じ気がして、真っ直ぐに彼の目を見続けた。


「わたしたち、もう高校生じゃないよ。大人になったんだよ。仕事がある以上、時間に制限はあるけれど、門限はない。だからもっと、気軽に会ったり話したりしよう」


 わたしがそう続けると、彼は苦虫を噛み潰したような顔になり、それでも思い当たる節があるのか、やけに大仰に頷いた。


「ごめん、なんというか……ちゃんとしなきゃって思って。もう二十六で、大人になって、情けなく不甲斐なかったあの頃とは違うって、示したくて……」

「ちゃんとするのは良いことだけど、かしこまった予定確認のメールとか、時間通りの解散だとか、仕事みたい」


 言うと小林くんは苦笑して、シートに背中を沈めながら、ぽつりぽつりと話し始めた。


「俺はわりと不器用で、特に異性のことになると、上手くいかなくなる。高校生の頃は部活も勉強も手につかなくなったし、大学生の頃に付き合った子には気を遣い過ぎて、堅物で経験も少なくてつまらないって振られた」

「そう……」

「就職してから付き合った子には、仕事中と印象が違い過ぎるって言われて……」

「うん……」

「でも、笹井さんとはだめになりたくないから。高校生の頃にずっと話したかった笹井さんと、話す機会を得たから。ちゃんとしなきゃって……」


 切実な声色に、彼が今まであまり良い恋愛をしてこなかったことがよく分かった。そして、わたしとは失敗したくないと思ってくれていることも。



 わたしたちは「同級生」ではあるけれど、お互いのことを何も知らない「大人になってから出会った人」で、今はまだ付き合うどころか、友だちにもなりきれていないような関係だ。


 けれど「同級生」だった頃の思い出は僅かでもあって、年月を経て、恐らくそれは美化されている。

 だから恋人はおろか、友人としても上手くいかなかったら、美化された思い出すらも塗りつぶされてしまうのではないか、と。恐れる彼の気持ちはよく分かる。


 美化されたのはお互いのことを知らないまま、会うこともないまま、でも心の奥底に存在はあって、月日が流れたせいだ。


 けれど失敗を恐れて失敗してしまったら、そんなにまぬけなことはない。失敗したとしても、せめて納得できる結末でありたい。


「わたしはね、小林くん。寝る前に壁とベッドの隙間に挟まりながら本を読むのが好きなの」

「……え?」

「休みの日に窓際の床に寝転んで読書して、そのままうとうとするのも好き」

「……」

「小林くんは? 何が好き?」

「俺は、仕事帰りに本屋に寄って、次は何を読もうか選んでいるとき、かな……」

「それわたしも好き」

「本もそうだし、映画とかを見終わって、ソファーで余韻に浸るのも好き」

「うん、わたしも。だから、十回目のデートは、それをやろう」

「え?」

「本屋で本を選んで、どちらかの部屋で、読書会をしよう。読んだら余韻に浸ってぼんやりして、感想を言い合って、お腹が空いたら何か食べて。作ってもいいし、外食でも、そのときの気分で決めよう」


 言うと彼は戸惑って、信じられない、という表情でこちらを見た。


「でもそれ、会話もない、よね……?」

「うん、でもこの九回のデートでの小林くんは、ずっと頑張って話してくれて、気を遣ってくれたから、十回目は違うことをしよう」

「せっかく会うのに……?」

「せっかく会うから、だよ。同じ空間で一緒にいて、話をして、お互いの空気を馴染ませていこう。これは会わないとできないことでしょ?」

「お互いの空気を、馴染ませる……」

「そう。そうやって心を解していって、もう少し気軽に、気楽に一緒に居られるような関係に、なっていけたらいいね」


 彼の視線がわたしから、正面のフロントガラスに向いて、静かに、とても静かに、「そうだね」と頷いたのだった。



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