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元婚約者がメイドになって戻ってきたが俺にどうしろと言うんだ  作者: 城山リツ


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第7話 感情

 久しぶりにベッドで朝を迎えた。圭一郎(けいいちろう)の意識は、まだ朧げだった。


「──ッ」


 胃が痛かった。それで昨夜の自分を思い出す。


 (もも)に抱いた苛立ちと、それを紛らわすためにとった身勝手な行動。

 桃が見せた頑なな態度から湧き上がった欲情を、圭一郎はあの後仕事にぶつけた。


 夕食も取らずにデスクに向かい、一心不乱に書類を片付ける。

 全てを終わらせた深夜、酷使した体を無理矢理眠りに沈めるべくブランデーを煽ってベッドへ倒れこんだ。


 その結果が、この様である。

 胃が痛い。喉が渇く。体が怠い。


 圭一郎が昨日一連の自分を反省しながらベッドの中で悶絶していると、ドアがノックされた。


「旦那様、そろそろお起きにならないと、朝の会議に間に合いません」


 桃の声だった。昨日の朝と同じ、抑揚のない事務的な声。

 圭一郎はすぐさま飛び起きて、寝室のドアを開ける。

 そこには俯きながら立つ桃の姿があった。


「おはようございます、旦那様」


 俯いたまま深々を頭を下げる姿に違和感もなく、圭一郎は一瞬昨日のことは夢だったのかと錯覚する。


「おはよう……」


 圭一郎の声で桃が顔を上げる。すると桃は少し遠慮がちに言った。


「お顔の色ががすぐれませんが……」


「あ、ああ……、少し胃が痛くて」


 何故素直に答えてしまったんだ、と圭一郎は言ってから後悔した。

 桃は小さく息を吐いて呆れたように言う。


「あんなにお酒を召し上がるからです」


「……」


 ぐうの音も出なかった。

 執務室に空けたブランデーの瓶を放っておいたことを圭一郎はやっと思い出す。

 桃はもちろんそれを見たのだろう。いや、既に片付けたかもしれない。


「胃薬をお持ちします。先にお顔を洗っていてください」


「わかった……」


 圭一郎にタオルを渡した後、桃は小走りで部屋から出ていった。

 ひょいと執務室を見ると、荒れ放題だったソファの上やテーブルは何もなかったかのように片付いていた。

 圭一郎は恥ずかしさでもう一度悶絶した。


 だが長くそうもしていられない。桃が戻る前に顔を洗って、着替えておかなくては。

 圭一郎は急いで洗面台へ向かい身支度を整え始めた。


「旦那様、お待たせしました」


 桃が戻ると同時に新しいシャツに着替え終えた圭一郎は、胸を撫で下ろしながら威厳を保とうと短く答える。


「うん」


 だが桃は少し眉を顰めて圭一郎を見ていた。──威厳などあったものではなかった、と心中で圭一郎は落ち込んだ。


「胃薬をお持ちしました。ですが昨夜から何も召し上がっていないのに飲んではいけません」


「そうか……だが食欲が、ないんだが」


 少し桃は怒っているのかもしれない。圭一郎が恐る恐る答えると、また小さく息を吐いて桃は言う。


「コンソメスープをお持ちしました。これだけでも召し上がってください。お薬はその後に」


 そうして桃はテーブルに温かく湯気がたつスープを置く。その隣に水と胃薬も置いた。


「わかった。ありがとう」


 桃の気遣いが嬉しくて、圭一郎は思わず笑いかけた。昨日の事などはその時は頭から抜け落ちていた。


「いえ。仕事ですので」


 やはり冷たい返事が返ってくる。

 だが、さきほど眉を顰めたり、昨日の朝より冷たい感じがするのは桃の感情が表れている証かもしれない。

 怒っていたとしても、人形よりは百倍いい。


「桃」


「はい」


 ああ、返事をしてくれた。それだけで、圭一郎は心が満たされた。


「今日も夕方には帰るから、この部屋で迎えてくれ」


「……」


 桃は少し不可解そうに逡巡した後、いつもの決まり文句で答えた。


「承知致しました」


 その文言に、そのうち感情を宿らせてやる。

 圭一郎はこの日、そう目標を定めた。

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