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元婚約者がメイドになって戻ってきたが俺にどうしろと言うんだ  作者: 城山リツ


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第6話 憎いほど

 背広にかけていたブラシの手が止まる。

 小さな肩が──震えている?


(もも)


 圭一郎(けいいちろう)はもう一度その名を呼んだ。

 桃はまるで本当の人形になってしまったかのように動かなかった。


 今だ、と思った。

 動揺している今なら、ここにやって来たその真意を問える。


 圭一郎は立ち上がって、桃のすぐ後ろまで移動した。

 手を伸ばせば届く。だが、その手を伸ばすことはまだ躊躇われた。


「何故、今更ここに来た?」


「何のお話ですか?」


 振り返らずに言った桃の言葉は、少し震えていた。


「俺のことを覚えているんだろう?」


「……」


「桃!」


 圭一郎は堪らずに桃の肩を掴んで振り向かせた。


「──!」


 ブラシが手から落ちる。

 背広も床に落ちた。


「あ、申し訳ございません……」


 圭一郎がその表情を伺う前に、桃は屈もうとした。


「そんなものはどうだっていい!」


 圭一郎はその腕を掴んで止める。そうしてやっとその顔がこちらに向く。


「……ッ」


 何かを葛藤しているような顔だった。

 冷静であろうとしている、だが心は憎しみで支配されている──そんな表情だった。


 ああ、やはり。

 桃は自分を憎んでいると思った。


「お離しください」


 桃は俯いて身を捩る。

 だが、圭一郎は桃の顎を捕らえて引き寄せた。


 十二年ぶりに間近で見る桃の顔は、とても美しかった。

 屈辱を感じて頬を紅潮させ、瞳を潤ませる。──この上もなく美しかった。


「旦那様、お戯れが過ぎます」


 はぐらかすつもりだ。

 そう感じ取った圭一郎は急に自分の中が冷えていくのを感じた。

 ならば、やってみるがいい。


「戯れ?それはこういう事か?」


 圭一郎は桃の顎に添えていた手を頬に持っていき、指先で撫でる。


「──!」


 桃は予想すらもしていなかったのだろう、圭一郎の指先の感触に驚いて身を捩った。

 だが、右腕は圭一郎にしっかり掴まれているので抵抗は意味を為さなかった。


 更に圭一郎は指先を耳へと這わせ、うなじへと回す。


「あっ……、おやめ、ください……」


 羞恥でますます赤みを増す頬が、苦悶に揺れる小さな呻き声が、圭一郎を煽っていった。


「お前が、本当の事を言うならやめる」


 その細い首をなぞりながら圭一郎が言うと、桃はその顔にますます憎しみをこめて言い放つ。


「お話することは、何もありません……っ!」


 頑なな態度に、圭一郎の何かが切れた。


「では、どこまで耐えられる……?」


 圭一郎は桃を引き寄せてその唇を指でなぞる。しっとりとした感覚に昂った。


「う……、あ……」


 わなわなと震える桃の瞳には強い意志を感じさせる揺めきがある。

 その奥にあるのは憎悪なのか──暴かなくてはならない。


「──」


 圭一郎がその唇に問うてやろうとした瞬間、ドアをノックする音がした。


「!」


「旦那様、よろしいですか?」


 執事長の富澤(とみざわ)の声で我に返った圭一郎は桃の腕をとっさに突き放した。

 すると桃は床に落ちた背広を拾って、部屋の入口まで駆けてゆく。


「おっと、どうした?」


「旦那様の背広を汚してしまったので、染み抜きをして参ります」


「そ、そうか……」


 入ってくる富澤を押しのけて、桃は部屋を出ていった。


「どうかなさいましたか?」


 富澤の姿を認めた圭一郎は、急に足の力が抜けた。


「ぼ、坊っちゃま!?」


「助かったよ……富澤」


 今までで最高のタイミングだった。やはり富澤は有能だ。感謝する。

 圭一郎は心の底からそう思った。


 何という事を俺はしてしまったのか。

 圭一郎は自己嫌悪でどうにかなりそうだった。


 自分の中にあんな感情があったなんて。

 桃にそれを引き出されてしまうなんて。


 落日の光が、圭一郎の震える手を暗く灯していた。

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