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元婚約者がメイドになって戻ってきたが俺にどうしろと言うんだ  作者: 城山リツ


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第30話 選択肢

 遊馬(あすま)が去った後も、圭一郎(けいいちろう)は席を立つことが出来なかった。

 コーヒーが冷えていくのを眺めながら、圭一郎は(もも)の幸せというものを考えている。


 そういえば夢に見るほど祖父のことを案じていた。

 迂闊な子だから周りに乗せられてこの屋敷に乗り込んできただけなのかもしれない。

 祖父の容体が悪い事で、「組のためだから」なんて言われて来たのかもしれない。


 桃にとって、俺の側にいることは本意ではないのか?

 だとすれば、遊馬が「帰って来い」と言えば即、屋敷を出てしまうのだろうか?

 最初に父を亡くし、次は母。そして祖父まで亡くすことになったら。


 一人ぼっちになった桃は誰の側にいることが幸せなんだろうか。

 育ててもらった茨村(しむら)組の中なのか。

 俺では、その代わりにはなれないのか?


「坊っちゃま」


 取り止めのない思考を繰り返す圭一郎に、大きな影が重なった。富澤(とみざわ)だった。


「帰りましょう」


 少し哀しげな優しい目で富澤は言う。その執事長の慈愛に、圭一郎はいつも救われてきた。


「うん……」


 店を出ると、陽の光は少しオレンジ色になっていた。目の前にはいつもの車と、運転手の早川(はやかわ)がやはり哀しく笑っていた。







 茨村組。若頭の執務室。

 どっと疲れた遊馬は、デスクの椅子にどかりと座って煙草に火をつける。

 大きく吸って一息吐いたところで、直通の電話が鳴った。


「はい。ああ、どうも」


 電話の主はこの件の共犯者だった。


「……ええ、まあ。大方打ち合わせ通りにお話させていただきましたが」


 電話の向こうの声は少し沈んでいた。そして嫌味もチクリと刺す。


「そうですか?真に迫りすぎていましたかね、私、俳優でもいけますかね?──ハハッ、冗談ですよ」


 遊馬の笑い声に向こうは笑い返すはずもなく、ただ心配しているようだった。


「前も言いましたが、ちょっと過保護が過ぎませんか?彼はもう二十八でしょう?社長業も立派にこなしてるそうじゃないですか」


 遊馬は今日会った姿を思い出す。黙っていれば立派な人物だ。だが喋り始めると途端に世間知らずが露呈するところが惜しい。


「……ええ、はい。まあ、ちょっとオリジナリティを入れ過ぎたかも。なんだか面白くなってしまって」


 自分の言葉に一喜一憂する彼は、今思い出しても笑える。微笑ましくて。


「もちろん、俺にその気はありませんよ。揺さぶってやったからいいクスリになったんじゃないですか?」


 そう。その気はない。絶対に。


「ええ。彼がどう出るのか実に興味があります。何か急転したら是非教えてください」


 遊馬がそれで電話を切ろうとした時、舎弟の山本(やまもと)が乱暴にドアを開けた。


「若頭ぁ!」


「どうした?」


 慌てて電話口を手で押さえて聞けば、山本は真っ青な顔で言った。


「い、今病院から電話があって……ッ!組長が急変したそうです!」


「──何?」


 電話口の向こう、慌ててガチャンと切る音が微かに聞こえた。






「はー……」


 屋敷に帰ってきた圭一郎は自室に戻り、デスクで溜息を大袈裟についている。


「何?これ見よがしに溜息なんか吐いて。あたしにどうしろっての?」


 桃はまだ何も知らない。

 圭一郎がいつもより早く帰ってきたのが嬉しいのか(どうかは希望的観測だが)、ソファで裁縫をする手つきがリズミカルだった。


「いや、ごめん。何でもない……」


 ……訳はないが、桃に何をどう話すべきなのかが圭一郎にはまだ分からなかった。


「ぼぼぼ、坊っちゃまァアア!!」


 そんな圭一郎のアンニュイな気持ちをぶち破って、富澤がノックもせずに部屋に入ってきた。


「どうした、富澤?」


「──あ。し、失礼しました」


 富澤はソファに座る桃の姿を確認してから、落ち着き払って一礼した。


六条(ろくじょう)くん、少し席を外したまえ」


「え?でも……」


「コック長が新しい料理を教えてくれるそうだよ」


 完全に口からデマカセだ、と圭一郎は瞬時に悟った。だが桃は嬉しそうに顔をパッと輝かせる。


「本当?」


 おおい!待てい!可愛いぞお!

 そんな笑顔を引き出すなんて長田(コック長)の野郎!!


 ……と言う叫びを圭一郎は心の中に押し込める。

 桃はいそいそと部屋を出ていった。


「それで?どうした?」


「あああ、坊っちゃま!落ち着いてください!」


「落ち着くのはお前だろう。どうしたんだ?」


「し、茨村組長が危篤だそうです!」


「ええ?」


 大変だ!……でもちょっと待て。富澤の言うように圭一郎は落ち着いて言った。


「なぜお前がそれを知っているんだ?」


「えっ!?」


 圭一郎の問いに、富澤は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で目を泳がせてから辿々しく答える。


「えーっと、そう、アレです。坊っちゃまが雇ったあの探偵です!」


濱家(はまいえ)か?」


「そうそう、その濱家が先ほど突然お屋敷に来ましてね。そう坊っちゃまに事付けて欲しいと!」


 濱家は茨村組長が病気だという情報を掴んでいたのか?いつ?

 俺が報告を受けた日よりも後だろうか?


 だが、急転直下の出来事にそんな事を考えている暇はなかった。

 時間がない。この事をどう桃に伝える?


「……旦那様、正念場ですぞ」


「え?」


 富澤は途端に深刻な目つきになって圭一郎に言った。


「桃様にこの事を伝えるかどうか、旦那様がお決めなさい」


「……え?」


 圭一郎は言われて初めて、桃に伝えないという選択肢に気づいた。

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