5 神獣
アリスの家族がお見舞いに来たあと、記憶が無いこと明かせぬまま私は眠りに落ちてしまった。なかなかに癖の強い人たちと関わったのが病み上がりの身体に響いたのだろう。
「え…」
目が覚めると目の前には白い塊。近いというか、私の顔を覆っている物体があった。
(もふもふしてる?なに?生き物?)
モゾモゾと顔の上で動いている白い塊は私が起きたことに気づいたのか顔から飛び降りる。私もそれに合わせて体を起こす。さっき目覚めた時より調子が良く、身体も軽い。
「え、狼…?」
私の膝の上にちょこんと座っていたのは美しい白い毛並みをした狼のような獣だった。その目はサファイアのような綺麗な蒼色をしており、飲み込まれそうなほど深かった。
「キミ、どこから来たの?どこの子?あ、もしかしてアリスが飼ってたとか…?いや狼を?」
頭を捻り思い出そうとするが全く効果は無い。
『アリスよ、新たな身体には馴染めそうか?』
「………」
───その、声は
「神獣の王…」
『いかにも、私は神獣の王』
可愛らしい小さな狼は威厳のある声で私に告げる。夢の中で私を導いてくれた神獣の王が私の膝の上に乗っている。私はベットの上で出来うる限り姿勢を正して神獣の王の瞳を見つめる。
「こんな格好でご挨拶することをお許しください、神獣の王。この度は私に新たな人生を与えてくださり感謝しております」
『良い。これは罰であると言ったであろう。そなたは、生きなくてはならない。アスランとして儚く散った、その命、大切に使いなさい』
「はい」
神獣と話すのはこれが初めてだ。神獣は人の世には干渉しない。ましてや、神獣の全ての始祖であり、支配者でもある神獣の王になど一生お目にかかることはないと思っていたのに。
『何か疑問でもあるのか?』
「え…どうしてでしょう」
『顔が何か聞きたそうだ』
「あ、その……神獣は人間と交わることはまずないと学んでいたので、私を気にかけてくださったことが疑問なのです」
『あぁ……』
何故か神獣の王は蒼い瞳を少し見開き、驚いたように声を上げた。それから少し考え込むように瞳を伏せる。
『人の子は何年経っても私利私欲の為だけに動く。そして争う。私たち神獣にはそれが理解できない。その為、人の子とは距離を置いているのだ。しかし、そなたは違った。そなたは人の為に戦っただろう。その美しい魂が気に入ったのだ』
「私は……そのような崇高な人間ではありません。けれど、そう言っていただけるのなら少し救われる気がします」
『うむ、それでいい。それよりも、そなたはこれからどうするつもりだ?アリスとして何を成し遂げる?』
「はい?成し遂げるとは?」
神獣の王は私の瞳をキラキラした目で見つめてくる。何かを期待しているような、そんな瞳で。
『私はそなたの活躍が非常に楽しみだ。つまらぬ、この世界もそなたがいれば少し楽しくなるかもしれない。だから幼きこの姿になって、人間界に見守りにきたのだ』
(監視……!?)
「待ってください、神獣の王よ。私は面白味のある人間ではないと思います。何かを成し遂げると言っても、アリスとして生きた記憶は全くありませんし、この国でやって行けるかも今は不安なのです」
慌てて私は神獣の王に弁明をする。神獣の王は私に一体何を望んでいるのか。何かを成し遂げるとは一体。
『あぁ、つい失念していた。記憶が無いのだったな。困惑するであろうと思い、私が記憶を封じていたのだ。解いてやろう』
「え……」
神獣の王はポテポテと私の膝の上を歩き、私の額に短く可愛らしい足を置いた。肉球がやわらかい。
『思い出すのだ。アリスとして生きた17年を』