4 アリス・ヴィンクルム
アリアード帝国の聖女だった私、アスランにとってミンス王国に良い思い出はない。処刑されたこともあるが、もともと好戦的な国で帝国と王国は歴史上何度も戦争を繰り広げてきた。私が聖女だったときも一度だけ戦争をしたことがある。だが、魔法を使う帝国の兵士たちには勝てず、帝国民からは負け戦を仕掛けてくる頭のおかしな国と蔑まれていた。一番怖いのが、ミンス王国の目的がよくわからないところだ。何回も戦争を仕掛けてきたがミンス王国は4つの地域を統合してできた国であり、アリアード帝国よりも二倍以上の土地を持っていた。領地拡大にしては無謀すぎると歴史を学んだうえで思ったことがある。
なのに...
(一体どうなっているの)
私が生まれ変わったのはミンス王国で、そのうえ王女だなんて。
目の前で号泣している王子、レオンハルトを見つめながら無言を貫く。
ここは記憶がないことを明かしても大丈夫なのだろうか。ミンス王国は帝国の魔法使いに強い羨望や嫉妬の感情を持っている。記憶がなくなったことを魔法使いのせいと捉えられでもしたら、また戦争になってしまうかもしれない。
「レオン、アリスはまだ目を覚ましたばっかりだろう。そんなに詰め寄ってはアリスが困ってしまうよ」
「あ、確かに。悪かった!アリス。でも心配したんだぞ!」
「アリス...大丈夫かい?体が辛いようならまだ寝ててもいいんだから、ゆっくり直しなさい」
私の目をしっかり見て、威厳のある男性が気を使ってくれている。その優しい眼差しに頭がくらくらした。
(レオンハルトに似ていて、この威厳。身につけるものや所作でわかる。この人は、ミンス王国の国王。アリスの父親)
「すみません、まだ困惑していて。ご迷惑を」
「謝ることはなにもないだろう。今はアリスが無事なら私はそれでいいんだよ。ここにいるもの全員迷惑だなんて思っていない。アリスは私の娘なんだから」
父親の顔をした国王は微笑んだ。その隣に美しい女性が寄り添う。
「あなたが無事で本当に良かったわ、アリス。心配で夜も眠れなかったのよ、本当に目が覚めてよかった。私の娘なんですもの、迷惑だなんて言わずにもっと甘えてもいいのよ」
母親。そんな言葉が似合う女性だった。
心の底から私を心配してくれる温かさに心が困惑する。家族からこんな優しさを向けられた
のは初めてだった。
(アリスは愛されていたのね)
───私とは全然違う。
この短時間で人柄が分かるとは言わないが、それでもここにいる人たちから敵意は一切感じられない。感じるのは純粋な好意と心配だけ。
(ミンス王国の王族は戦争を仕掛けてくる戦闘好きな人達かと思っていたけれど、違うのかしら)
ミンス王国の王女になったのだから知る必要がある。あの時なぜアスランが処刑されることになったのか。少なからずここにいる王族たちは戦争をするようには見えない。腹の中では何を考えているかは分からないけれど、彼らたちの本心が知りたい。