2 夢
不思議な空間に私、アスランは立っていた。夢を見ていると自分でもわかった。さっきから不思議なことばかりだ。処刑されたと思ったら目が覚め、知らない場所、知らない人達に囲まれていた。
「私はどうなってしまったのかしら」
何も無い空間に独り言がこぼれる。ここが死後の世界だろうか。聖女としての人生を振り返っても良かったことなんてほとんどなく、唯一良かったことはアベルと出会ったことぐらいだ。ほとんどの人生を帝国のために捧げた。なのに処刑された。ミンス王国にはあまり良い印象は持てない。ふと、体が軽くなった気がした。とぼとぼと歩き出す。何も無いかもしれない。だけど行っても良い気がした。
『そっちに行ってはならない』
「?」
声がする。何か特別な声が。
「あなたは、誰ですか?」
『神獣の王』
「...神獣の王がどうしてここに?」
神獣は世界が崇め、敬う存在だ。気高い獣たちで人間と交わることはほとんどありえない。清廉潔白な神獣たちは人間たちの醜い争いごとを嫌うからだ。
「なぜ、こっちに行ってはならないのですか?」
『アスラン、そなたは前世で人々に尽くしてきた。それは誇るべきことだ。そんなそなたがあんな風に処刑されるのはあまりにも惨い。そっち行ってはそなたは完全に死ぬ。私と共に来なさい、新しい人生を謳歌するのだ』
「...私が、新しい人生を?」
『あぁ、先程の世界がまさにそうだ。そなたはこの世界でアリスとして生きなさい』
凛とした不思議な声が耳に響く。神獣の王の言っていることを信じるならば私は1度死に、新たな人生を与えられたということ。そして、このまま先に歩いていって待っているのは「完全なる死」。本来なら喜ぶべきところかもしれない。1度死んだ身の人間が生き返ったようなものだ。だけれど私は少し複雑だった。
「神獣の王よ、私はなぜ生まれ変わるのでしょうか」
『そなたの行いに対する報復としてはあの死は間違いだった。だからこそそなたは新たな命を手に入れたのだ』
「私は帝国の聖女として、他国の人間を傷つけ、時にはその命を奪いました。戦争に加担し、多くの犠牲者を生んだのです。そんな私に生まれ変われるような価値はないと思います」
私が処刑を受け入れたのはアベルを守ることが大前提だったが、心の隅にはどこか生きることを諦めていた感情がある。人が目の前で死んでいくのが耐えられなかった。良しと思った行いで犠牲が出る、その事実に心が壊れるのを感じていた。
「私は罪を犯しました。私は罰せられるべき人間です。そんな人間が生まれ変わって生きながらえてはいけないと思うのです。あの死は間違いではなかったと私は思います」
『……』
神獣の王は私の言葉を聞いて雰囲気を変える。
『ならば、私はそなたに罰を与えよう。新たな人生を生きるという罰を』
「それは……!」
『そなたにとって死が救いであるのなら、生きることは罰だ。だから生きなさい。そなたが命を奪った者たちの分まで』
「私は…………生きても良いのですか?」
ずっとずっと思っていた。アリアード帝国の聖女として祭り上げられ、家族からは疎まれ、私はなんのために生きているのか。生きることは罪だと思っていた。アベルがいなかったら早々に命を捨てていただろう。
たとえ理由があったとしても人を殺めたこの私を神獣の王は生きて欲しいと思ってくれている。
涙が溢れる。処刑の直前私は死にたくないと思った。思ってしまった。あれが私の本心だとしたら……。
『アスラン……そなたの本心を言いなさい』
「私は……私は、、生きたかった!まだ!22歳だったのに……。魔法使いは長生きなのに、こんなに早く死にたくなんてなかった!もっと、もっとアベルと一緒に過ごしたかったのに!アベルに好きだって、伝えたかった。アベルと幸せになりたかった!!」
たくさんの涙がこぼれ落ちる。
声だけしか聞こえないはずの神獣の王が微笑んだ気がした。
『それでいい。こちらに来なさい。アリス』
声のする方に向かって足を進める。神獣の王は罪を背負ってでも生きろと言ってくれた。罪を背負い、新たな人生を生きる。それが私の使命なら、新しい人生は平和のために捧げる。
───そして今度こそ自分の為に。