0-序章
「わかったわ。あなたたちに従いましょう。その代わりアベルに手出しはしないで」
「もちろんです」
男は他の人に命じて私の腕を後ろに拘束する。アベルが悲痛な顔をしてこちらを見る。私は安心させるようにアベルに微笑みかけた。
「さぁ、大聖女様。こちらへ」
「えぇ」
聖女の部屋から出ると嫌な暑さが体を身に纏う。私の前を歩く男に隙は無い。魔法を使えない聖女なんてただの無力な人間だ。抜け出すのはアベルのことを思っても無理だと判断した。
「あなた方は一体どこの国の方ですか?」
「ふふ、他国の者だとは見抜かれましたか。まぁ、貴女は帝国一の魔法使いでしたね」
「質問を変えます。あなたのお名前は?」
「答えましょう。私の名前は、キース・クライン。覚えなくて構いませんよ」
そう言ってキースは神殿の扉を開けた。外に出ると風が嫌な暑さを拭う。太陽の光が全身を照らし、目が眩しい。
会話は途切れ、ただひたすらにキースについて行くこと数分、出来の良くない馬車が見えてきた。
「大聖女様、こちらの馬車にお乗り下さい。ここが貴女の棺桶ですよ」
「……そう」
キース、この男は挨拶をするかのように言い放った。
やはり私は、この男たちに殺されるのだ。扉を開け、エスコートするかのように手を差し出したキース。その顔に浮かんだ笑みの意味を私は到底理解できないだろう。その手を取らずに馬車に乗り込む。硬い腰掛けに座ると目の前にキースが座る。他の男たちは馬車には乗らないらしく、外に待機したままだ。
「流石は大聖女様。気高い心をお持ちだ」
「心にもないことをおっしゃらないでください」
「ふふ、本心ですよ」
「私を殺し、何かあなた方に利益はあるのですか?どうせ殺されるなら理由くらいは知っておきたいのです」
私は気になっていた疑問を口にした。他国の騎士が帝国の聖女を殺すとなれば相当の覚悟が必要なはず。簡単に殺せる相手ではないためずっと前から計画されていたはずだ。そうでなくては禁忌の角灯などを使う意味が無い。
「もちろんですよ。魔法大国の聖女を殺せば魔法使いの価値は一気に地に落ちる。我らはそれだけでいいのです」
「……なるほど、あなた方はミンス王国の騎士なのですね」
「ーーーーーー!!!」
銀色の光が馬車の中で煌めいた。私の顔の横にキースの剣が突き刺さっている。キースの胡散臭い笑顔は完全に崩れさり余裕が失われていた。
「こんな狭い場所で剣を振り回さないでください。危ないでしょう。たとえここが私の棺桶だとしても殺す場所は別でしょうから、ここで殺してしまえば意味はありませんよ」
「はっ、化け物め。祭り上げられただけの女だと思っていたが違うようだ。なぜミンス王国だと?」
「私が知りうる隣国の中で魔法使いへの嫌悪と魔法を使うことへの執着が強い国はミンス王国しか思いつきませんでした」
「それだけで確信したのですか?」
「いいえ、確信に変わったのはあなたのその態度です」
「カマをかけたのですね」
キースは先程から丁寧な言葉使いと乱暴な言葉使いが混じる。まるで別人になったかのような豹変に感心する。
「この馬車はどこに向かっているのですか?」
「我らが祖国とアリアード帝国の国境ですよ」
「国境で私を処刑すればあなた方はミンス王国からは英雄のように謳われるでしょうね」
「えぇ、最高権力者である貴女様がミンス王国のただの騎士に殺されたのならば魔力を持たない人間は魔法使いに勝てるということが証明されるのです」
ミンス王国はかつて帝国に宣戦布告し戦争を起こしたことがある。勝利したのは帝国だったがために帝国と王国の亀裂は根深い。魔法を使える者とそうでない者、火を見るより明らかだ。だからこそ、魔法使いである私を王国の騎士たちが処刑すれば魔法使いに勝てるという概念が生まれる。国民たちは喜んで戦争に参加するだろう。勝てる戦ならばやらない理由はないのだから。
「分かりました。どうぞ喜んで処刑されましょう」
「...狂ったお方だ。もっと抵抗されるかと」
「抵抗などしません。私が切り捨てられようと帝国は動揺などしないでしょう」
「虚勢をはらないほうがいいですよ」
決して虚勢では無い。私は聖女だが所詮はお飾りの聖女。魔法がそこそこ使えるという理由で祭り上げられただけ。まだ22年しか生きていない。私よりも元老院の魔法使いの方が何百年も生きている年数は上なのだ。私が死んだところで帝国の戦力に大差はない。もしミンス王国が戦争を起こしたとしても帝国に勝てはしない。
「ただ、アベルだけは殺さないでくださいますか、彼だけは死なせたくないのです」
「貴女が処刑されてくれるのならば、殺しはしません」
「その約束必ず守ってもらいます」
私が殺されることに抵抗をしないのはアベルを殺させないためだ。私の一番大切な彼だからこそ死なせる訳にはいかない。私の命よりも大切にしたい。アベルを守る為ならば私はなんでも出来る。
(アベルは私の全てだから...)
ーーー1週間後
キースたちが乗り込んできた日からちょうど1週間。私は処刑台の上にいた。馬車で国境まで行くのに2日かかり、そこからはずっと狭い馬車に閉じ込められていた。一日に一度だけキースから渡されるコップ一杯の水が私の食事だった。5日間何も食べず、体が空腹という概念を忘れた頃に私は馬車から降ろされた。そして今、作りたての木製の台に乗り蔑む人々の顔を見下ろしている。
(全員魔法使いじゃないわ、きっとミンス王国の人たちね)
感じるのは憎悪。私に対してというよりも魔法使いに対しての憎悪や嫌悪感を感じる。なぜ、恨まれなくてはいけないのと少し悲しくなる。私の死は本当に必要なのだろうか。
(怖い、死にたくない、まだ生きていたい、、)
あまりにも近くなった死に臆病になった。
そんな私を嘲笑うかのようにキースが私に近づいた。
「さようなら、大聖女アスラン。貴女の死を持ってして我らの物語は始まりを告げる。感謝しますよ、これで我らの時代がようやく訪れるのだから。何か最期に言い残すことはありますか?」
「その始まりが終わりへの始まりだということを願っているわ」
「..聞かなかったことにしましょう。これで終わりです」
キースが下がると槍と剣を持った男たちが数人私を取り囲む。どんな処刑方法かと思っていたら串刺しにするらしい。首を切られるよりも苦痛が続きそうだと頭のどこかは冷静に考える。目をつぶり最後のときを待つ。
その時声がした。
「ーーーっ師匠!!!!!!!」
私は閉じていた目を見開いた。そこには男たちに取り押さえられているアベルがいた。少しボロボロになったアベルは必死の形相でこちらに手を伸ばす。
「師匠!師匠!!待って!行かないで!!!俺を置いて行かないで!」
禁忌の角灯がある限り魔法は使えない、なのに詠唱を何度も何度も唱えようとするアベルの声は掠れていた。
「ーーーっ!!アスラン!!!」
その声はよく聞こえた。雑踏に混じって一筋の光が刺したように私の耳に届く。アベルは泣いていた。大粒の涙が頬を流れる。ただただ綺麗だと思った。
(なんて顔をしているのアベル。初めて見たわ、アベルのそんな顔)
久しぶりに呼んでくれた名前は決して優しい響きではなかったけれど、それでも嬉しかった。私の頬に流れる涙はとてもしょっぱい。
(分かってたのよ。気づいてたけれど気付かないふりをしてたの)
アベルは幼い頃から一緒にいて何をするにも一緒だった。弟のように思っていたのは本当。でも、いつからか弟なんて思えなくなってた。だから1週間前あんなことを突然聞きたくなった、最後かもしれなかったから。
(好きよ、アベル。ーー愛してる)
アベルはずっと叫び続けている。もう、声は私の耳に届かない。それでもいい。アベルが生きていてくれるなら、私は幸せだから。
そっと目を閉じる。最期の時はいとも簡単に訪れた。
序章ー終ー