世界を駆ける女優の夢
羽田空港のC滑走路。この空港で唯一3000mを超える長さを持つ滑走路にある一機の飛行機が降りてきた。見た目は至って普通。全日空109便-ニューヨークJFK発の定期便で使用機材もいつも通りのボーイング777であるが、この日空港は騒然としていた。
第2ターミナルの到着ゲートに、青い帯が美しい長い機体が止まって、扉が開くと、空港を騒然とさせた元凶が降機してきた。青い秋物のジャケットを羽織った30歳前後の女性が颯爽と歩くと、多くのカメラマンがフラッシュを浴びせかける。彼女は日本を代表する女優の1人。2年前に初主演した映画でベルリン国際映画祭最優秀女優賞ほか数々の賞に輝き、世界的な名声を手に入れた。
彼女はこの空港から各国に飛び立つが、この日はプライベートのようだ。そのまま迎えの車に乗り込むとホテルに向かった。
彼女の名は“烏丸美優”。今年で35歳になる女優だ。
「美優ちゃん、ニューヨークはどうだった?」
ホテルに着き、美優を迎えたのはマネージャーの“奥泉敦”。この業界では知られた男だが、年は彼女より7歳も上。アメリカでの活動の拠点としてボストンを選んだのは、彼女がまだ駆け出しの頃、生活の拠点をボストンに置いていたからで、その時からずっと面倒をみてきた男である。
「うん、良かったよ。」
「それは何より。で、何かいい話はあったかい?」
「うん。」
美優は、ある大物プロデューサーと会う約束をしていた。これから、そのプロデューサーと会い、来週日本で行われる映画のプレミア試写会の打ち合わせをする予定になっているのだ。
「相変わらず仕事熱心だね。美優ちゃんは。」
「当然よ。私の夢だからね。」
実は、彼女は今年35歳になるが、まだ独身である。この業界では晩婚の部類に入るが、彼女は結婚願望がないわけではない。ただ、自分のキャリアを優先させたいという思いが強いのだ。
「ところで、来週のプレミア試写会だが、スポンサーは3社あるそうだ。」
「じゃあ、ギャラの取り合いね。」
美優は、この業界で自分の知名度をフルに活かして仕事を取ってくる。そのおかげで彼女は今の地位を手に入れたが、その分ライバルも多い。特にこの業界では30歳を過ぎると結婚相手を見つけるのが難しくなるので、美優のように35歳まで結婚しない女優は珍しい。
「まあ、いつも通りでいいんじゃない?私は、仕事さえ取れれば文句は言わないし。」
「そうだね。それでスポンサーだが、まず1つは“ホットロード”という恋愛映画を出す会社だそうだ。」
「なるほど、その会社ね……。」
ホットロードといえば、女子高生が主人公の青春恋愛映画で、大ヒットした作品である。美優もこの作品に出演しているが、主役ではないため、あまり大きな役ではなかった。
「でも、もう1つ気になるのがあるのよ。」
「何?」
「その会社、最近映画事業から撤退した会社よ。」
「え?そうなの?」
ホットロードの制作会社は、美優が2年前に主演した映画“初恋”の制作会社でもある。その会社が映画製作から撤退となると、美優にとっては気になるところだろう。
「でも、まあ大丈夫でしょう。」
しかし、彼女はあまり気にしなかった。というのも……。
「だって、あの会社は“あの人”が買収した会社だし。」
そう、ホットロードの制作会社を買収したのは、“あの人”と呼ばれる男だ。美優はその“あの人”に面識がある。それはこの業界で知らない者はいないほど有名な人物だ。
「そうだな。あの“大泉洋介”なら心配ないね。」
「そういうことよ。」
大泉洋介は、日本の映画・ドラマ界を席巻する大物プロデューサーである。彼の手がけた作品には大ヒットしたものが数多いが、中でも“水曜どうでしょう”というバラエティ番組は有名である。特に、彼を有名にしたのは「北海道」を舞台にした“水曜どうでしょう”という北海道ローカルの番組。この番組が空前のヒットを飛ばしたことにより、彼の知名度は一気に高まったのだ。
「それでは次のスケジュールだけど、今日の便でアメリカから戻ってきたばかりで悪いんだが……。」
「大丈夫。調整は利くから。」
美優のプライベートの時間はほとんどなく、今は自分のキャリアを最優先している。今後もそれは変わらないだろう。彼女は今年35歳だが、まだ結婚は考えていないようだ……。