ダメでグズな僕ですが、TSもしたことですし全て一からやり直そう
「ぅううういいいううううう」
熱に浮かされながら、呻く。
紫芳院羽奏は後悔をしていた。
後悔の原因は、先日親から言われた「羽奏には一人暮らしをしてもらう!」との一言だ。
後悔している。
あの、優しい優しい、そしてこの上なく自分に甘い親に、そこまで言わせてしまった事に。
「うぐ、ぐすっ、ぅぅぅぅぅぅぅ」
紫芳院の家は日本で、いや世界でも有数の富豪家である。
世界を牽引するその家の者は、当然のように皆、エリートであった。
この羽奏という青年を除いて。
羽奏は弱かった。
世界の紫芳院家を名乗るには余りにも心が弱かったのだ。
紫芳院羽奏は引きこもりである。
原因は虐めだ。
羽奏は中学の頃、陰湿な虐めにあった。
物理的な攻撃は無いものの、精神をじわじわと削る、実にタチの悪い、そして発覚しにくい虐めであった。
あの紫芳院家の子を虐めるなど、なんて命知らずかとも思うが、どこにでも馬鹿はいるのである。
ちなみに、虐めの主犯が現在どうなっているかは、誰も知らない。
ともかく、羽奏はそれで心をあっけなく壊してしまった。
脆く繊細な羽奏の心は、いとも容易く粉々に砕け散ってしまったのだ。
そんな彼に、家族はずっと優しかった。
ずっとずっと優しかった。羽奏はそれに、ただ甘え続けてしまった。
羽奏は、甘やかされれば甘やかされるだけ甘えてしまう、そんな甘々のダメ人間だったのだ。
まさかそこまで心の弱い人間が身内にいるとは思わなかったのだろう。
出来すぎる人間であることの、唯一の弊害。出来ない奴の心理が、紫芳院家の面々には理解できていなかったのだ。
気がつけば羽奏も二十五歳。四捨五入でアラサーであった。
流石の家族達も焦り始めた。そして混乱した。
一族に一人としていない脆弱な精神の持ち主に、彼らはかつて無いほど狼狽えた。
そして。
焦り、混乱し、狼狽し、拗らせた結果が、先の「一人暮らしをしなさい」という、懇願に近い命令なのであった。
そこに至って、ようやく羽奏は後悔した。散々甘やかしてくれた優しい両親を、兄を姉を、ここまで追い詰めてしまったことに思い至ったからだ。
そうして後悔のまま羽奏は両親に従い、言われるままに一人暮らしを始めた。
ちなみに、これは羽奏には知らされていないが、この羽奏が住むタワーマンションは、警備が恐ろしく厳重で、その上部屋は豪華、しかも両隣は紫芳院家専属の護衛が住んでいる。
果たして一人暮らしとは……
しかし、それを知らされていない羽奏は、その世間知らずさも相まって現状を正しく理解できておらず、完全に親に見捨てられたと思っていた。
そんな心が弱り切ったところに、急な発熱。
心細さはとどまる事を知らずに拍車をかける。
寂しさが終わりなく心を締め付ける。
優しく情が深い両親に、この選択をさせてしまった自分に嫌気がさす。
「ぐすっ、ぅぇ、ごめ、ごめんなさい…ぅ」
熱に浮かされながら、羽奏はひたすら謝り続け、ひたすら後悔し、ひたすら、変わりたいと願った。
ーーーー
「…………ぁ」
朝、起きて、熱がさがって、妙にスッキリした気分で起床した羽奏。
なぜか、体も、心も軽かった。
羽奏は汗を流そうと風呂場に行きシャワーを浴びようとする。
そこで自らの体の変化を目にした。
「これ……」
羽奏の体は女性化していた。
身長も変わらず、髪の長さも変わらず、胸も尻も小さい。
服を着ていれば、外見的特徴にはほぼ変化はないだろう。だが、確かに女性の体をしていた。
女性化する病。
それは十年程前からちらほら見られ始めた奇病であった。
全世界で、年間100人ほどが発症している。
珍しいが、なくは無い病気。それがこの病だった。
特徴としては、急な発熱の後に、一夜にして女性化するというもので、そもそもの見た目が女性的な人間しか発症しないらしい。
この病における後遺症などはなく、病後は至って健康にすごせるらしい。
非常にサブカルチャーのネタにされやすい病気であり、故にその詳細は羽奏も知っていた。
「…………そっか」
そんな自分の裸をみて。女性化した自分を見て。妙に納得してしまった羽奏がいた。
これは罰だ。家族を悲しませて追い詰めた自分への、罰。
辛そうな顔で、泣きそうな顔で、自分に「一人暮らしをしろ」と命じた両親の顔が思い出された。
「変わりたい」
羽奏の口から、素直にその言葉が出た。
そのことに羽奏自身が驚いた。
今まで、「ダメだ」と「このままではいけない」と思いつつも、世間が怖くて結局口にすら出せなかった言葉だったからだ。
だから。
いい機会だと思った。
体が変わった、きっと心だって変われる。
そう素直に思えた。
「……よし」
冷静に、そして前向きになれば理解が出来た。
このマンションは立派だ。部屋も多いし広い。設備も良い。
一人暮らしには勿体なさすぎる、豪勢な部屋。
きっとまだ、両親には見捨てられてない。
「よしっ、が、がんば、る」
今度は、喜ばせてあげたい。悲しませたくない。
羽奏はそう思い、気合いをいれた。
ーーーー
「ぅぅぅぅぅう、ぉぉぉぉぉぉぉぅ」
ガタガタ震えながら、玄関のドアノブを握る羽奏。
風呂を済ませ、巨大な業務用冷凍庫にギチギチに詰められた高級冷凍食品をチンして食べ、そして衣装棚にこれまた沢山詰め込まれていた衣服を着て、そんな家族の愛を感じながら準備を済ませた羽奏は、一時間葛藤したのち、ようやく玄関のドアノブに手をかけることができた。
「うぅぅぅ、ぐすっ、ひっく、ぅうぅぅう」
泣きながら、それでもドアノブからは手を離さない。
怖かった。お外がとても怖かった。
いい歳した大人が情け無いとは、本当に思う。
しかし、怖い物は怖い。
どうしようもなかった。どうにか出来るのであれば、とっくにしていた。
外に出るという行為に吐きそうになる。だけど、両親の悲しそうな顔がちらついて、逃げられない。
ここで折れれば、二度と立ち上がれ無い予感があった。
二度と立ち上がれ無い。それは、とても恐かった。
「ぅぐっ、畜生!わぁっ!僕の根性なしっ!ビチグソ野郎!ゴミクズ!」
叫んだ。羽奏は叫んだ。叫んで、なけなしの勇気を奮い立たせる。
「そ、そもそも、ここもう家じゃ無いし!実質既に家から出てるしっ!!」
地団駄を踏みながら怒る。そして怒りの勢いに任せてドアノブを捻る。
葛藤して、目をつぶって、覚悟を決めて、歯を食いしばって、そして、そして……
「ぅわあああああああああっっ!!」
絶叫しながら体当たりをするように、部屋から出る。
涙を流し、涎を垂らし、鼻水を垂らしながら。
それでも羽奏は、外に、出た。
そして、ゆっくりと目を開く。
「……………ぁ」
10年以上ぶりに自力で出た外は、あいにくの天気だった。
「……………………ふへ」
しとしとと降る小雨を見て、気が抜けたように笑う羽奏。
「ぅへへ…… なんだよ、こういう時って、快晴だったりするんじゃないのかよ」
袖口で顔をぬぐい、くふくふと笑いながら空を見上げる。
分厚い雲越しの太陽が、どこか生暖かく羽奏を見てくれていた。
「ふへへ、うん。なんか、こんな感じだよね、うん」
一大決心をした日。されど自分ごときの決心に天が祝福をしてくれるはずもない。
だけど、それが羽奏を安心させた。
天は言っているのだ、「お前は所詮その程度」だと。
つまり、紫芳院の子だと、無意味なプレッシャーを感じる必要はないのだ。
そう言ってくれている。
そんな気が何となく、どことなくする。
それがなんだか可笑しかったのだ。
「よし、えへへ、うん。こんなもんだよ、こんなもん。うん、よし、がんばろ」
足が震えている。だけど、それでも羽奏は歩きだした。
自分はダメ人間。所詮ゴミムシ、ダンゴムシ。
それならば、そのように歩こう。
羽奏は、ようやくそう思うことが出来たのだった。
ちなみに。
羽奏の両隣の部屋にいた護衛達は、よもや一人暮らしを始めたその翌日に、羽奏が十年来の引きこもりを突如解消するなどとは露ほども思わなくて、大混乱のまま主家に報告して、大混乱のまま羽奏の護衛を陰ながら遂行した。
この大混乱のせいで、羽奏が女性化したことに気がついたのは、何とこの1カ月も後の事であったという。
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