骨を洗う
一年が経過した。
物部家は崩壊し、一部山崩れが起きて白骨遺体が何体も出て騒ぎになった。物部慶三が事情聴取を受け、株式会社駒田の犯罪を洗いざらい話した。物部慶三も犯行を疑われたが、駒田との接触はなかったため、解放された。
破壊されたスーパーオノシタは閉店し、のちに物部慶三が小さなスーパーを開業した。ネットスーパーが主流となり、宅配社員として増田良子が働いている。
竹丸雅也は大学を休学中だ。山の中で修行中である。竹丸は霊媒師になると決意し、さらに霊力を高めるために宮田の知り合いに弟子入りした。宮田いわく「死ぬほどきつい」修行中らしい。
岡崎真琴は都心で個展を開いた。レザーの眼帯をしている彼女はミステリアスな印象でファンが増えている。
真琴の描いた印象的な作品がある。「ミューズ」と題された美しい青年の姿は物部士郎にそっくりだった。ミューズと名付けられた美青年は、裸の胸に頭蓋骨を抱いて微笑んでいた。
真琴にとってのミューズは、永遠に士郎なのだろう。
まだまだ暑い九月半ば、鉄平は自転車で坂道を登った。カーブミラーの数は三つに減っていた。
鉄平は山を掘り続けている。物部の呪物の発掘と骨を探して土を掘る。
舗装された山道の先に、白い鳥居が見えてきた。木陰に入ると、涼しい風が吹いてきた。
小さな社の中に士郎がいる。水色の袴姿が今日も清らかだ。
社の中には棺桶が積まれていた。
士郎は棺桶を開けて、骨を手にする。水を張ったたらいの中に大腿骨を入れて、白く長い指で愛しそうに骨をなでて、洗っている。美しい人に愛でられ、慰められ、洗われて磨かれた骨は清廉な白磁のようだ。
「こんにちは」
「こんにちは、鉄平くん」
士郎が微笑む。
士郎はこうして毎日、骨を洗っている。社にはスーパーオノシタの地下にあった惨殺された一族の骨、身元不明で山に埋められていた骨が安置されている。
士郎はすべてを慰霊すると決意していた。
社の横には三メートルはある立派な銅の慰霊碑があり、洗った骨はその下に埋められた。
虐殺された民族たちを慰霊するこの場所は、民族の瞳の色から「竜胆塚」と名付けられた。
「今日もたくさん洗いましたね。埋めていきますね」
「いつもありがとう」
鉄平はたまに来て、骨を埋めるのを手伝っている。土を掘って、箱に詰められた骨を丁寧に並べて埋めていく。
「こんにちはー。あ、鉄平くんも来てたんだ」
青いツナギを着た良子がダンボールを持ってきた。慰霊碑にお供えする花や菓子などを、良子がいつもここに宅配してくる。
「お疲れさまです。鉄平くんも良子さんも、少し休憩しませんか? お茶にしましょう」
士郎が言った。
「わーい、ありがとうございます。まだまだ暑いねー、喉乾いた」
三人で縁側に座り、冷たい緑茶で喉を潤した。
「あれから一年、早いね。いろいろとショックだったけど、みんな立ち直ってよかったよ」
良子がしみじみと言った。
「ほんまですね。これで良かったのかどうかわからんけど、みんなそれぞれ生きてる」
鉄平もしみじみとした気持ちになった。
忌み地の歴史をたどっていき、闇の深さに飲み込まれ、竹丸の必死さを見て力になってやりたくなった。片目を怨霊にくれてやったあいつは、見所がある。修行から帰ってきたら、またつるんでやろう。
「うん、みんな生きててよかった。僕はこれから、みんなが幸せになるのを見届けたいな」
「まーた士郎さんはそんなこと言って。士郎さんも幸せにならないと」
良子が怒る。
「僕はもう幸せだよ。離れていてもね、すごく愛されているってわかってるから」
士郎が美しく微笑んで、空を見上げた。
「君にだけは見せてあげる」
「おまえには見せてやる」
真琴と竹丸が眼帯をはずした二人の目を、鉄平は見た。
カッターで刺した目は、紫色の瞳に変化していた。
終
最後までお読みいただきありがとうございます。




