8話 見知らぬ天井
「う……うう………」
意識を取り戻すハルス。
目をきょろきょろと彷徨わせる。
まったく見覚えのない場所だった。
「知らない天井だ……」
と、テンプレを呟いたのは、壁に背と片足を持たれて、腕を組んで、目を閉じた、無駄に『いかにも分かってる風』のイーウだった。
「勝手に人の声を代弁するんじゃねぇ……」
イーウを睨みつけるハルス。
「ハルス…………!目が覚めてよかった……!」
セイラは目に涙が浮かべ、ハルスに抱きつく。
ハルスが目覚めたことに安堵していた。
「……抱きつくんじゃねぇ……うっとうしい……」
口ではこう言いながらもハルスはセイラを振りほどこうとしない。
「自分の姉をガチで殺そうとしたのに、その無事を喜ぶたぁ、難儀な性格だな……」
片目を開き、イーウは言う。
ハルスが目覚めたとき、セイラを視界に収め、安堵の吐息を出していたのをイーウは見逃していなかった。
「喜んでねぇ……セイラが死ぬと……色々と困るんだよ……」
憎まれ口を叩きながらもハルスは口元をほころばしていた。
と、ここで、とあることにハルスは気づいた。
「『姉』だと――――――? だれがだれの?」
「はいはーい! わたしがハルスちゃんのお姉ちゃんでーすっ!」
元気よく手を上げ、お姉ちゃんアピールするセイラ。
アイコンタクトをハルスに送る。
(その方が何かと都合がいいと思ったの)
セイラとハルスの髪の色は、てんで違うため、姉妹というよりも、近所の年の離れたお友達とした方が説得力はありそうだが、イーウがどんな人間か分からない以上、姉妹ということにするのは、確かに都合が良かった。
世の中には『頭のイカれた性癖の持ち主たち』がおり、『自分たちが商品』として扱われる場合、『姉妹』であるほうが、セイラと離れ離れにならないで済む。
『この世の醜悪』を目にし続けたハルスにとって、『醜悪』に晒される前に、セイラを『楽にさせる』には、何はともあれ、一緒に居続けることが肝要だった。
イーウには正直、手も足もでず、完敗だったが、セイラの様子を見るに酷い扱いは受けていないため、ハルスはほっと胸を撫で下ろした。
「自分の姉を忘れるなんて、重症だな。頭はうってないはずだが……?」
「ひさびさに良いのをもらったからな。たまにセイラお姉ちゃんのことを『魔人に墜ちた元勇者を奴隷にするご主人様』と思い込む病が発症するんだ」
「なんだそりゃ? とにかく無事でなによりだ。お嬢ちゃんに何かあったら、おっかない姉様に何されるのかたまったもんじゃないしな」
肩を竦ませて、やれやれやれ、と首をふるイーウ。
「おっかなくないよ。むー」
ぷくーと頬を膨らませて、セイラは抗議する。
イーウの顔を見ると顔が爪でひっかけられた跡が無数にかり、頬も真っ赤だった。
ハルスの視線に気づいイーウは、顔を指して、
「これか? お嬢ちゃんをのしたあと、姉様に襲いかかられたんだ。それはもうヤバかった」
実際は血を噴き出すハルスを目にした瞬間、セイラは、自身の身を省みずイーウに手当たり次第攻撃したのだ。
イーウとセイラの間には存在値も戦闘力も圧倒的な差があるが、イーウの美学的にその攻撃は避けたり、オーラで防御するなどできなかった。
また、『存在値が170と誤認させる腕輪』の、『自身よりも勇気のある弱者と相対した場合、存在値がその者の1/2になる』制約的な副次作用により、セイラよりも存在値も低くなったため、滅茶苦茶、『効いた』のである。
「あの時はごめんなさい……イーウさんのおかけでハルスが『もっと』苦しむところでした……」
イーウがいなければ、セイラは『剣翼』に首を飛ばされていた。痛みすらなく絶命したのだろう。
『腕輪』もそれに寄与していた。
『腕輪』には、『(この腕輪の創作者が思う)正義を執行する場合、存在値が倍になる』という特典もあり、イーウと闘うことなく、『セイラの殺害』を『剣翼』に命じたハルスにその特典が発動し、を止めるために、『セイラに剣先を向ける2つの剣翼を叩き落し』、『目にも止まらぬ速さでハルをぶちのめす』ことができたのである。
「自分の命より、自身を手に掛けようとした妹を気にかけるとは……姉妹ともども歪んでんな……」
ボソッと呟くイーウ。
あの時、ハルスがセイラのことを殺そうとしたところを救ったと説明してもセイラは、「ハルスがそう望むならそれでいい」とぬかして、イーウは、姉妹ともに歪んだ闇を抱いているのを感じ取った。
ハルスはイーウがありえない高みにいるにも関わらずその精神を健常に保っていることに驚嘆しつつ、
「あんたのおかげでセイラを手にかけずにすんだ。感謝してやる」
顔をそっぽ向いて感謝の言葉を口にする。
ハルスの思い込みから一方的に攻撃をしかけており、あやうくセイラを手にかけるところだった。
自身を遥かに越える超越者が善の方向にあることにハルスとしては、世界がまだ終わっていないことに少しだけ、ほんの少しだけだが、何かに祈りを捧げたかった。
「まったく姉様を見習って素直に感謝はできんのかね……可愛い見た目とは裏腹に妹ちゃんの口は可愛くないねぇ……」
「だ、だれが可愛いって……!! おっ? やるか?」
「ハルス……!!」
ハルスを叱るセイラ。
「イーウさんはわたしたちの命の恩人なの……!」
「俺の瀕死の重体も助けてくれたんだろ? わかってるよ……はぁ……」
ハルスは、一度目を閉じ、ため息を一つ吐くと……
「イーウおじさん♥ わたしのことをたすけてくれてありがと♥ どうやって、おれいをかえせばいいのかな? やっぱり、からだかなぁ? このロリコンめっ♥」
あざとすぎるくらい媚をふりまいて、イーウに感謝の言葉を伝える。
「あいにくおにいさんに幼女趣味はない。子供は大人に大人しく救われてればいいさ。そんな子供に血反吐吐かせた俺がいうのも何だけどな。お嬢ちゃんを治癒魔法で治療したが身体に異常はないか?」
イーウはハルスをのした後、セイラに顔面に引っかき傷をつけられつつ、ハルスを治癒魔法で治療したのだ。
「うん♥ ないぞうもなんともないよ♥ ●くもぶじみたい♥ イーウ お じ さ ん はまほうもすごいんだね♥」
「お に い さ ん、だ。この程度の魔法は普通だ。あと、その口調はやめろ。そっちの方が年相応だが、すでに本性を知ってるわけだから猫被らなくていいぞ。その年にしては高すぎる存在値から、まぁ、色々あったんだろ……よくある話ではあるが……」
イーウも幼年学級の時に存在値が100を越える怪力のスペシャル持ちの女の子が父親のスキャンダルをからかわれて、からかった男の子たちの頭を文字通り吹っ飛ばす事件を起こし、『愚連』に捕まったと聞く。
風の噂では、『楽連入り』して、どこぞの異世界の皇帝と恋に落ち、『楽連』を抜けるけじめとして、利き腕を切り落としたと聞く。
リーダーが「ぃゃ……そんなヤ●ザの指切りみたぃなのぃらんて……えぐすぎぃぃぃ!!」と叫んでたのが印象的だった。
「よくある話ねぇ……さすが世界最強さんは、達観してらっしゃる」
ハルスもはじめはこの世界に絶望なぞしなかった。
むしろ、だれよりも希望があると信じていた。
だが、世界の闇を見続けたことでそんなものないと断じるようになり、やさぐれてしまった。
よくある話と一括りにされるほど、軽いものではなく、皮肉の一つも言いたくなるものである。
「最強……? 何をいってるんだ? 俺なんかせいぜい中の下くらいだろ。 お嬢ちゃんを助けたあと、おれよりも強い奴に襲いかかられたしな。あれは、マジでヤバかった……」
「うん……イーウさんがいなかったら、今ごろ大変なことになってたよ……」
青ざめた様子でセイラが言う。
「は……?」
イーウの存在だけでもショックだったのに、それよりも強い奴がいることをハルスはすぐには認められない。
「冗談はよせよ。あんたより強いなんているわけないだろ?」
「そっちこそ冗談はよせ。俺より強い奴なんて星の数ほどいるぜ?」
肩を竦めるイーウ。
嘘を言っているようには見えなかった。
「マジ……なのか?」
「マジも大マジ。実はお嬢ちゃんたちを狙っていた輩がいてな、姉様に顔を引っ掛けられている最中に突然、襲いかかられたわけだな」
イーウの方が先にハルスたちに接触したため、闇に潜み様子を見ていた。
ハルスは潜伏者の殺気を感じていたため、ピリつき、イーウに攻撃的になっていたのだ。
セイがハルスを守ろうと勇気を振り絞った結果、『腕輪』の副作用でイーウの存在値が低下したことで、潜伏者に強襲されたのだ。
潜伏者は幼女の髪を前髪パッツンのボブヘアー(いわゆる、ワ●メちゃんヘアー)にすることを至上の喜びとする変態女で、存在値は破格も破格の250!
『腕輪』のフェイクオーラにより見かけ上存在値170のイーウよりも強いことになるが、イーウの『武』を垣間見て、厄介だと断じる程度にはその女にも『武』があった。
実は楽連筆頭の長強の妻の霊台が幼女の頃にはそれはそれは、どちゃくそめんこくて、隣の家のお姉さんが鼻息を荒くしながら、ワ●メちゃんヘアーにしたり、かわされたり、したり、かわされたりで、日夜切磋琢磨し続けたことで、両者は楽連入りを果たすのだが、現百済頭目のウルトラバイオレット001が超々飛び級で楽連入りした時にその幼女ぶりに頭がおかしくなり、気づいたら、ワ●メちゃんヘアーにしてしまい、大泣きされて、ちょっとお前やりすぎじゃね?、幼女泣かすとは何事だ、とお叱りを受けて、在野に落ち、美容師になっていたのだが、休憩中にたまたま目にしたハルスの美幼女ぶりに頭が沸いてしまい、自制できなくなったのだ。
ちなみに、霊台(もちろん、その名前は役職名のため、当時はそんな名前ではない。麗子とかそんなこ●亀みたいな名前だったかもしれない)が隣の変態お姉さんのおかげでめっちゃ強くなったおかげで、瓶底眼鏡ひょろガリ勉の長強(もちろん、その名前は役職名のため、当時はそんな名前ではない。つよし、とかそんなしっかりしなさいな名前だったかもしれない)が工事中のビルから落ちてきた鉄骨材の下敷きになりそうだったのをバーン●ッコゥして、助けたのが馴れ初めだったりする。
「……てなわけで、その『変態ハサミ女』に手も足もでず、服を斬る斬る斬る斬る斬る斬るキル●キルで、あわや、局部が晒される寸前までいってだな……」
得意げなイーウ。
「お前のほうが変態じゃねぇか……」
ジト目のハルス。
「あはは……イーウさんはハルスを守ってたんだよ。何故かあのお姉さんは、ハルスばっかり狙ってたの……」
苦笑いでイーウをフォローするセイラ。
「ゲ……そうなのかよ……イーウ、大儀であった……」
ハルスは、一転して同情の視線を送る。
「だが、姉様の機転でなんとか事なきを得たわけだ。マジ感謝」
中指と人指をくっつけて、シュッと感謝の意をセイラに向けるイーウ。
セイラは、はにかんで、
「えへへ……それほどでもないよ」
と言う姿にハルスは、ほんのちょっと、ほんのちょっとだけだが……むっとした。
「で? その機転とやらは何だ?」
「えーとね……そのお姉さんは、ハルスの髪を切りたそうにしてたから……『自決用のナイフ』で、ハルスの髪を……こう……バッサリ切ったの……」
セイラは自分の髪で切る仕草をする。
「そ、それは……つまり……あれか? 俺の髪をいわゆる『モヒカン』狩りにしたのか?」
「そう……だね」
「ほ…………」
「ほ?」
「本末転倒じゃねぇかぁぁぁぁぁっ!!」
「ひーん! やっぱり怒られちゃったぁ。切られるならいっそのことわたしが切っちゃえ☆って思ったの」
「そんなお嬢ちゃんを見た『変態ハサミ女』がブチ切れて、その隙に、『腕輪』を嵌めさせて、姉様にちょいと勇気をだしてもらって、弱体化させて、無力化したわけだな! 完璧な作戦だな! ちなみにその『変態ハサミ女』は、セイラの『覚悟完了』の瞳に気圧されて、正気に戻って、美容室に戻っていった……」
「おぃぃぃぃぃぃぃぃ!! 切られ損じゃねえか!! そこは切るふりでいいだろ!?
か、髪が…………髪が…………あるぅぅぅぅぅぅ!!」
頭に手をやって頭髪の無事を確認し、涙するハルス。
『ウ●ブ』、『界●神』、『ハッ●サン』ヘアーにならずにすんだ。
「そんなこともあろうかと髪を生やす『髪の慈悲』という魔法をリーダーから教わっていてな。すっかり元通りだろ?」
「リーダーすげぇっ!! リーダーに祈りを!!」
「それでお嬢ちゃんたちを保護して今に至るってわけだな。姉様にお家の場所を聞いても『わたしの居場所はハルスちゃん』って頑なに教えてくれなかったが、家出中とかなのか?」
イーウの探るような視線にハルスは少し身構え、
「そう……家出中だ……」
と答える。
「家出か……『この世界』には、毛髪から血縁関係や住所を特定できる技術があるんだが――――――」
頭を押さえるハルス。
「いや、もう採取済だ。といっても一本だけでいいんだが、高くついたな……」
と、赤くなった頬を擦るイーウ。
ハルスは鼻で笑う。
「はっ……セイラにぶたれたんだろ? 女の命の髪を抜くたぁそれくらいの覚悟がいるんよ」
「いや、姉様は、悲愴な顔つきで、『わ、わたしのだったらいくらでもあげるから…………それで我慢してください…………お姉ちゃん…………ごめんなさい…………』なんて言うから、誤解を解くのが大変だった。で、お嬢ちゃんの髪の毛も一本抜いたら、姉様にしこたまおこられて、ビンタされたってわけだ……姉様は妹の髪をあんなに切ったのに……理不尽だよな?」
「理不尽じゃないよ。ハルスちゃんが言うように髪は女の命なのっ! ぷんぷん!」
「おお、こわっ」
「俺だったー!!」
両手をあげて威嚇するセイラ。
怯えるイーウ。
天を仰ぐハルス。
「――――――で、家出というのは嘘だな。『この世界』の住人は基本的に出生時に遺伝子も登録してあるんだが該当するのはなかった。いや、家出っていうのもあながち間違いじゃないな。遺伝子からお前さんたちに血縁関係はないことは判明している。お嬢ちゃんのきれいなおべべに対し、姉様の服はダンジョンをもぐったかのように傷んでいる。お嬢ちゃんの従者が姉様か?その服装や装備品からおおよそ、『他の世界からの転移者』だろ?」
「「え………………?」」
姉妹じゃないことは看破されてもしかたないと思っていたが、ここが元の世界でないと言われ、ハルスとセイラは絶句したのであった…………
舞散「更新ペース落ちてるぞ」
作者「毎日2話以上の投稿を1501日続ける『原作者』様えぐすぎぃぃぃぃぃぃ!!」
舞散「本当にぶっちぎりで根性あるのは、『原作者』だな…………」