最終話 一番……ムカつくのは…………わたし…………
「…………生きてる……?」
セーラは信じられないといった表情で己の体を見た。
体を覆っていた死者たちの魂の装甲は、きれいさっぱりなくなり、セーラの心を支配していた『邪悪なる波動』も消え失せていた。
『邪悪なる波動』の人格に乗っ取られてもセーラの意識はあり、ハルスの超弩級攻撃でチリ一つ残らず消滅してしまうと観念したのだが、セーラの肉体には傷ひとつなかった。
ハルスの放ったハルスラッシュは、邪悪なるものだけを浄化する破邪の力を秘めていたのだ。
「セーラお姉様……元に戻られたのですね……よかったです……」
ハルスは心底から安堵したように微笑む。
赤のオーラに包まれ、後少しで自らの命が終わろうとしているのに大罪人たる姉を気遣っていた。
「ハルス……うう……ご、ごめんなさい……」
セーラは崩れ落ち、情緒不安定に、自己卑下甚だしく、合わない焦点をさ迷わせ、上目遣いで、双子の弟に贖罪する。
「…………わ、わたしは……自分の……命欲しさに……それに……優秀な弟を妬んで……人としても……姉としても……最低なの…………ま、まったく、生きる価値のない…………塵糞虫なの…………ね、ねぇ…………こ、殺して………」
そんなことを口にしても、セーラは心の底から死ぬのが怖かった。
他人のために死ぬなんて、理解できない。
『許しを得る』ためについてでた、でまかせでしかない。
だが、ハルスは、ただひたすらに真っ直ぐだった。
「セーラお姉様……生きて……ください……ボクのぶんも……ただそれだけで、ボクは……幸せです…………」
その肩が小刻みに震えているのをセーラは、知らないふりなんかできなかった。
姉として、知らないふりなんか、できなかった。
「はぁ……そういうところが鼻につく、ムカつくんだよ……!」
「お、お姉様……?」
セーラは……ギュッと唇を噛みしめると……
「『妖精の取り替え子』……」
呟く。
すると……ハルスを覆っていた赤いオーラがセーラに纏わりついた。
「お、お姉様……な、なにを……………!?」
愕然とした面持ちのハルスに、セーラは、ニヤッと笑うと、
「ふふん……!! 最後ぐらい、お姉ちゃんらしくさせろよ!! 弟なんだから、大人しくお姉ちゃんに泣きつけばいいんだ……!!」
ハルスの魂魄を蝕む『悶絶死のアリア・ギアス』をセーラ固有のプライマルスペシャル『妖精の取り替え子』にて、自身の魂魄の一部と取り替えたのであった。
気丈に振る舞おうとするが、『悶絶死のアリア・ギアス』の『対価』に、姉の顔がみるみる青ざめる。
ハルスは必死に姉から奪い返そうと脳を回転させるが、無理なものは無理だった。
姉の死は避けられなく、魂魄の消滅前に、無間地獄で、死よりも恐ろしい、ありとあらゆる発狂すら許されない責苦を味わうことになる。
セーラは、人一倍死を怖れていた。
それなのに、勇気を振り絞って、死を肩代わりする気概を見せたのも束の間、今度は、
「ぃ……ぃゃ……」
これから確実に訪れる無間地獄の恐怖に身を竦ませる。
その凄まじい絶叫は、過去に遡り、脳内に残響するのだ。
未来の自分はハルスへの恨み、つらみを、延々と綴っていた。
「じ……地獄だけは……ぃゃ……ぉ、ぉねがぃ……バル゛ズゥ……がわ゛っ゛でよ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛!!」
涙、鼻水をまちきらし、姉の尊厳なぞかなぐり捨て、ハルスの胸を掴んで懇願するセーラ。
恐ろしくて
怖ろしくて
畏ろしくて
たまらないのだ。
姉のなりふり構わない姿にハルスは、激しく動揺しつつ、コスモゾーンにかけあう。
困ったときの、コスモゾーン頼り。
//…………無間地獄よりも畏ろしい生き地獄の一丁目へようこそ(ニチャア)……………//
などというテンプレを経て、セーラから無間地獄の片道切符がなくなる。
絶死の赤いオーラは、相変わらず、セーラを覆ったままだが、それでもセーラは、泣いて喜んだ。
「ハルス……ありがとう……!!」
セーラは満面の笑みで感謝する。
「……そんな……結局、セーラお姉様を助けることができませんでした……」
「いいの!!だって、普通に死ねるんだもの!!それで十分だよ!!」
普通に死ねることのなんと幸せなことか。
「でも、お姉様の魂は……」
『絶死』により、セーラの魂は自殺したのと同じ、消滅を辿る。
ハルスたちの信仰する『女神教』では、人々の魂は死後、輪廻し、再びこの世界で生を得るという教えがある。この世界事態も『破壊』と『再生』を繰り返し、その度に世界の質があがると、されている。
そのため、『魂の消滅』を引き起こす自殺は、女神教では禁忌とされる。
「ううん……いいの……だって、この世界は塵糞だものでは……もう二度と生まれたくない……むしろ、こちらこそありがとう、と言いたいよ!!」
セーラのその言葉に嘘はなかった。
それがハルスの心をえぐる。
セーラの心が歪んだのも自分のせいだとハルスは忸怩たる思いだ。
それこそ高慢だとハルスは気づかない。
あと、数秒で、双子の姉の魂は、消滅する。
せめて、最後は笑顔でお別れしたいと、ハルスは気丈に振る舞おうとするが――――――
プラチナスペシャル『ボクが数秒って言ったら数秒なんだよ』発動。
「え……………?」
血飛沫をあげ――――――
吹き飛ぶ――――――
セーラの――――――
――――――耳
ハルスの手には、禍々しく黒く染まった『ホーリー・ダガー』が握られていた。
そして、始まる、解体ショー。
「や……やめろ……………」
ハルスの意志と反し、体が勝手に動く。
セーラを
双子の姉を
生きたまま
惨たらしく
解体していく。
そして、
「…………ありがとう……」
人間が考える限り最大最凶の甚大なる苦痛、激痛、拷問、凌辱を与えたにも関わらず、セーラのその声音に全くの負の感情はなかった。
セーラにはすでに、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚の五感を司る器官がなく、常人であれば、気がとうに触れ、速やかなる死を懇願するような状況であるに関わらず、だ。
むしろ、心穏やかに、清涼で清浄にどこまでも澄み切っていた。
『無間地獄にいかなくてすむ』
ただその一点だけで、人というのは、ここまで、現世の苦界から解脱できるのだ。
ハルスは、身体の制御が戻るのを感じた。
そして、時が動き出し、セーラの『絶死』があと数秒というところで……
ハルスは、セーラの心臓に聖なるナイフを突き立てた。
ハルスは一連の行為を理解していた。
『無間地獄生き』を解除するかわりに受けたペナルティの数々を。
ハルスは、『救世のアリア・ギアス』に囚われてしまっていた。
この効果は、救済したい相手に究極的な救済、つまり、死、を与えてしまう、というものだった。
そして、救済対象者の魂の救済のために、それに相当する罰を与えることも含まれる。
セーラは、自身の犯した罪、無間地獄を免除された罪悪感に見合う罰として、遅凌刑を望み、『救済のアリア・ギアス』が発動しただけ。
けれども、ハルスは、最後の最後で、自身の制御を取り戻し、自身の意志で、自身の覚悟で、双子の姉の介錯をすることに決めたのだ。
「……ハルス……ごめんね……」
ハルスに微笑むセーラ。
「うう……セーラ……お姉様………」
ハルスの頭はグチャグチャだった。
セーラはそっと、まるでだれかに聞かれるのを警戒するかのように、囁いた。
「………………には、気をつけて…………」
「え?それは……一体…………?」
唐突に告げられた人物の名に、ハルスは困惑し、その真意を確かめようにも、
「…………」
セーラはすでに事切れていた。
ハルスとしては、一秒でも早く、セーラには死んでもらいたかった。
それほどのグチャグチャのゲロゲロのオブジェと化していたから。
ハルスの意識はすぐに移ることになる。
「…………は? え? え? え?」
背後からサーナの困惑の声が聞こえたからだ。
「サーナお姉様……お目覚めに……」
と、ハルスが振り向くと、自然とハルスの身体で見えなかったソレが見えることになり、
ソレはつまり……
ハルスが短剣で突き刺す『モノいわぬオブジェ』であり……
周囲に散らばる、臓腑、指、眼球、鼻、唇、腕、脚、血飛沫の持ち主が判明することになり……
「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!! げえっ!! おえっ!! げぇぇぇぇぇーっ!!」
サーナは、嘔吐しながら、痙攣し、目を剥き、失禁し、泡を吹いて、失神したのであった…………
その後、ハルスは『連続無差別貴族猟奇的殺害事件』の犯人として、自首した。
セーラの破損状況から、確定的にその事件が発生したことは疑いようがなく、意識が戻ったサーナから、ハルスがセーラに止めをさすのを目撃したとの証言からハルスの犯行として認められた。
「…………おい……でろ……」
だが、すぐにハルスは牢から開放された。
看守のハルスに向ける視線には、侮蔑、苛立ち、憎悪など負の感情しかなかった。
そこには一欠片も、王族に対する畏敬の念、幼児ながら牢に入れられる同情や憐憫などない。
ハルスが犯したとされる罪状も知らされてはいない。
ハルスには、その素顔を見るものを魅力する『九十九十九』のプラチナスペシャルが常時パッシブ発動しており、それは例え、「親の仇!」、であろうと、推しになってしまうほどの強い効力を発するにも関わらず、だ。
ちなみに、『九十九十九』の剥奪は、『無間地獄の免除』の対価の一つ、というわけではない。
スペシャルは、魂魄と結びつきが強く、基本的には他人に譲渡できない。
だが、セーラの『妖精の取り替え子』により、ハルスの魂魄に纏わりついた『悶絶死のアリア・ギアス』をセーラ自身に移す際に、ハルスの魂魄と結びつきのあったほとんどのスペシャルも奪われたのだ。
その際にセーラの元々もっていた無数のレッドスペシャル群もハルスに移り、その中の一つ、カーススカーレットスペシャル『銀髪三白眼』により、見るものすべてから嫌悪されるようになった。
セーラが歪んでしまったのは、ハルスが優秀すぎただけではなく、このスペシャルも関係していた。
「…………」
ということをハルスは身をもって知った。
牢からでたハルスは、セーラの死の間際の言葉を思い出し、第3王女、ソレーユ・ティトーノス・セファイルメトスを探した。
王城を嫌悪の目で見られながら、歩けど歩けども
「あれ? どこだっけ?」
辿り着けない。
途中で、サーナを見かけ、ソレーユの部屋を尋ねるも
「ソレーユ? 誰それ?」
塵糞を見るような目で睨まれた。
『連続無差別貴族猟奇的殺害事件』の被害者の共通点に、実は、王国の暗部は、早々に気づいていた。
だが、特に手は打たなかった。
何故なら、その事件の被害者たちは、いずれも、貴族にしては、心が清らかすぎて、その他大勢の一般的な倫理観糞塵貴族たちから顰蹙を受けており、その死を喜ぶものが大勢いたからだ。
しかも、どうやら、その事件発生と『ハルスの訪問』が関わっているらしい。
王族案件で将来有望な勇者の弱みを握れるチャアーーーンス。
故に静観。
故に知らんぷり。
そして、起こる『第2王女の殺害』。
ここにきて、あれ?、やばくね?、となる。
だが、今さら、犯人がハルスっぽいです、なんて言えるわけがなかった。
そして、起こる『第3王女の殺害』と『ハルスの自首』。
もうさすがに、だんまりはできなかった。
いったん、ハルスの要望通り、牢に入れるものの、サーナの証言から『連続無差別貴族猟奇的殺害事件』の実行犯は、『ハルスに扮した第3王女』であることがわかり、暗部の面目丸つぶれ。
動機は、優秀な双子の弟への嫉妬と推測。
ハルスの『第3王女の殺害』は、これ以上、被害者を出さないためと、双子の姉の罪を自らが被ることを目的とした『狂言』と推測。
真犯人は、『第3王女セーラ・エーオース・セファイルメトス』。
以上がサーナのプロファイリング。
本当に暗部の面目丸つぶれ。
暗部の長、国王の面目丸つぶれ。
故に、ハルスは釈放。
ただし、ハルスが一連の事件の黒幕の可能性は捨てきれないとして、完璧超人ハルスへの弱みとして、秘匿することを暗部は、国王は、決めた。
もしも
もしも
万が一
頭お花畑の幼女魔王リーンや得体の知れない召喚術士ラムドが『邪悪なる波動』に目覚めた時にぶつける特記戦力とするために……
それに、何だかんだいって、人間国宝、ハルスがいるといないとでは、王国の発言力がダンチなのだ。
さすが勇者の父。
汚い。
ハルスは、第3王女の、と言うが、
「はぁっ!? 双子の姉をもう忘れたのか!? お前が殺しておいて、よくも、そんなこと言えるな!? 死ねよ!! この塵糞蛆虫!!」
罵声を浴びせられた。
どういうわけかセーラが第3王女となっていた。
他の者にもきいたのだが、『ソレーユ』という人物は、はじめから存在していないかのように、だれも知らなかった。
『第4王女』は、そもそも存在なんかしていなかった。
「ソレーユ王女? 知らないですぅ……」
何人目に聞いたのか分からない。
やはり、だれもかれも『ソレーユ』なる人物を知らなかった。
「どんな人なんですぅ……?」
逆に質問かれたが、訊いた当のハルス本人ですら、
「えっと……『俺』も分からない……」
分からなかった。
『ソレーユ』なる人物が誰なのか、何のために探していたのか、当のハルス自身もしだいに忘れ、気にしなくなっていった…………
「ほんと……ムカつく…………」
青筋が浮かぶ額に、爪が食い込んで血を出してもなお握る続ける拳。
第1王女サーナ・オーガナイアス・セファイルメトスは、怒っていた。
「…………一番……ムカつくのは…………わたし…………」
セーラの犯行の可能性にサーナは、気づいていた。
だが、妹可愛さにそんなことないと頑なに認めようとしなかった。
その結果、起こった悲劇。
弟が最愛の双子の姉を手にかけてまで、罪を被ろうとあんなことまでさせてしまったのだ。
ハルスのカーススカーレットスペシャル『銀髪三白眼』は、サーナには通用しない。
今でもハルスのことは大大大好き超超超愛してるのだが、自身への戒めとして、以後その感情は封印し、あえて、辛く当たることにしたのだった……
今回の二次創作要素(の一部)を紹介!
・プライマルスペシャル『妖精の取り替え子』
・『救世のアリア・ギアス』
・カーススカーレットスペシャル『銀髪三白眼』
『原典』には、これっぽっちも登場しませ〜ん!
・今でもハルスのことは大大大好き超超超愛してるのだが、自身への戒めとして、以後その感情は封印し、あえて、辛く当たることにしたのだった……
サーナがハルスを嫌っている理由を二次創作するのが本章の目的でした〜!!
ドジっ娘メイド「え? あの……わたしの出番は!? ですぅ!!」
舞散「最後ちょっとだけあったろ!!」




