10話 違う……!! 化け物なのは、お前と、こいつだ!!
「ついに王族にも『例の事件』の被害者が……」
「こんな幼気な子供まで……」
「第一発見者は被害者の妹と弟だったとか……」
「凄惨な姿だったとか……」
「え?そうは見えないが……」
「ああ……だから『あの子』は『壊れて』いるのか……」
「それに引換え、やはり、『彼』は違うな……」
「『彼』も目撃者らしいが子供とは思えん佇まいだ……」
「いっときは悪い噂も流れていたが、『王女派』の流したデマか……」
『アレ』から今まで何があったのかハルスは覚えていた。
『あのような凄惨極まりない光景』を目にした双子の姉のセーラは、ショックのあまり、精神がおかしくなり、ブツブツと何やら呟き、独り殻に閉じこもっている。
まるで、今は亡き第2王女の姉と中身が入れ替わったようなほどのコミュニケーション不全に陥っていた。
いや、そうではない。
あのような光景を目にして、精神に変調をきたさないほうが異常なのだ。
ハルスも双子の姉のように嘔吐して気絶したかったが、精神を正常に保つパッシブスキルと、王族、勇者としての立場、明晰な頭脳により、許されることではなかった。
すぐさま関係者に通信魔法で、『現場』が荒らされないように指示を出し、被害者がいつ、だれに会ったのか城内外の者のアリバイ調査の指揮と同時に葬儀の準備を進めさせた。
齢5歳の幼児とは思えない異常さだった。
だが、その異常こそが、ハルスの神童たらしめる由縁であり、ハルスは、やはり、『人類の尊い宝』であったと、城内の者たちは、王女が死んだにも関わらず、喜んだ。
だが
だが
だが
そうではない。
セーラの反応こそが至極真っ当な反応。
年齢、性別関係なく、その『現場』を目撃した者はすべからく精神をズダズタのボロボロのグチャグチャにされて、廃人一歩手前まで精神を殺されて当然なのだ。
ハルス、セーラの双子の姉弟が目撃したのは、『とある事件』現場。
その『とある事件』とは…………
『連続無差別貴族猟奇的殺害事件』
今、巷で巻き起こっている貴族ばかりを狙った、猟奇的な殺人事件だ。
いや、その人を人とも思わない凄惨極まりない害し方により、殺害事件と称すべき、国家運営に打撃を与える犯行声明のないテロリズムだった。
それがついに国家の中枢たる王族にもその鋭利な切っ先を向けた、というだけの話だ。
第2王女のシーハは、まだ、冒険者試験を突破していないため、正確には王族ではない。
だが、お披露目は済んでおり、対外的には『能力はサーナには及ばないが、お淑やかで見目麗しく、他国への政略結婚として優秀な王族の駒』として、認知されており、惨たらしい死を遂げたという、王族に泥を被せた形になるが、内々に葬儀を済ませるわけにはいかなかった。
とはいえ、その事件の被害者の死に様はことごとく、人間の尊厳を著しく貶められ、第2王女とて例外ではなく、そのような姿を他の貴族や他国のものたちに見られるわけにはいかなかった。
しかし、今、ハルスの目の前には棺の中で安らかに眠る姉のシーハがいる。
その白い肌には傷ひとつなく、まるで本当に眠っているかのようだった。
だが、ハルスは知っている。
殃死したことを。
全身の皮が奇麗に剥ぎ取られ、人体模型のような筋組織剥き出しの背中に羽が突き刺された状態で、尖塔に括り付けられ、まるで少女が生前恋い焦がれていた『蝉』の羽化に見立てるように、遺体を辱められたことを。
なのにその死化粧は安らかだった。
それもこれもハルスのおびただしい数の『スペシャル』でも『スキル』でも『グリムアーツ』でも『ランク魔法』でも『F魔法』でも『固有技能』でもない、単なる『遺体修復術』技術によるものでしかなかった。
『現場検証』の後、ハルスは淡々と姉の遺体に皮を被せ、他者の目に触れても問題ないように整えたのだ。
その作業を5歳児に任せるのは異常であるが、これは王族案件であり、シーハの遺体に触れる限られた者のなかでハルスが遺体修復術が優れていただけのことだ。
いや、セファイル王国を見渡してみてもハルスよりも上手い者はおらず、例え、王族の貴族や他国への見栄でしかなかったとしても、ハルスとしては、姉のシーハ・イリカーコモト・セファイルメトスが安らかな死であったと人々の記憶に残したい気持ちもあった。
それこそが欺瞞に満ちた愚かな自己満足でしかないこともハルスは十分認知していたが……
「セーラちゃん……大丈夫……大丈夫……わたしが守ってあげるから……」
ソレーユはセーラを抱きしめ、優しく頭を撫でる。
撫でられる間だけセーラはブツブツ呟くのをやめる。
礼拝が終わり、今は子どもたちだけでシーハの棺を囲んで寝ずの番をしていた。
セファイル王国では、王族の子供がなくなった際は、未成年の王族だけで一夜を過ごすしきたりがあるため、サーナ、ソレーユ、セーラ、ハルスがシーハの棺のそばにいるのだ。
第2王子のイルスは、まだ幼すぎて参加が認められていなかった。というより、ソレーユ以外とは交流がなく、その母親が許さなかった。
「ハルスちゃんも……こちらに……は、できないようね……」
ハルスを見て、ソレーユはまなじりを下げる。
ソレーユが心神喪失のセーラをなだめるように、ハルスも「そんな……嘘よ……まさか……まさか……」と今の状況を認めたくないサーナの頭を膝に載せ、その頭を撫でている。
サーナはまだ13とはいえ、冒険者試験を突破した一人前の王族として認められているため、シーハ殺害現場に立ち会う義務があり、『妹だったもの』を目にしてしまった。
公の場では何とか見かけの振る舞いだけは王族としての務めを果たしたがこうして、妹、弟だけの私的な場で、精神の均衡が崩れてしまったのだ。
この場ではソレーユだけが見ていないため、それほどのショックを受けていないのだ。
寝ずの番といっても、なにぶん、子どもたちしかいないため、ずっと起きているわけではない。
シーハの棺を取り囲むように寝台があり、今はだれもが寝息を立てていた。
「……何をされるのですか……お姉様……」
「ッ!?」
ハルスは声をかける。
その少女は、寝息を立てる少女にナイフを突き立てるところだった。
「『寝ているはずでは』という驚きについてですが、たった今『睡眠耐性』のスキルが身につきましたので無効化したようです……これで王国のために24時間働けますね……」
自嘲するかのようなハルスの言葉に、
「この化け物めが……!」
少女は、畏れを滲ませ、吐き捨てる。
「化け物とは心外です……本当の化け物なのは…………」
と、ハルスは、一拍をおき、
「あなたでしょう………………………セーラお姉様…………」
ハルスの視線の先にはナイフを握りしめた双子の姉がいた。
セーラは頭をふり、
「違う……!! 化け物なのは、お前と、こいつだ!!」
と、ナイフを振り下ろした先には――――――
―――――サーナ第1王女がいたのだった。
今回の二次創作要素(の一部)を紹介!
・遺体修復術
『原典』には、これっぽっちも登場しませ〜ん!
・『睡眠耐性』
『原典』には、ハルスが取得している記述はありませんが、名称は違うかもしれませんが、睡眠が不要になるスキルは、無限地獄シチュでちょくちょくでてきます。というか、最低限のスキルですね……




