最終話 誰もが輝く明日を望める世界
「ゼノリカの聖典ねぇ……」
ハルスは分厚い本をパラララとめくる。
「…………」
一見して、ただめくっているだけにしか見えないが、その実、1ページずつめくられており、その目はめくり終わるまで瞬き一つしなかった。
「……ふぅ…………」
一息つき、本を閉じる。
めくりはじめてから、その間、5秒もかからなかった。
いや、5秒近くもかかってしまったと言うべきか。
幼女になる前の元の17才の青年の姿であれば、軽く1秒は切っていた。
「ハルス…………嬉しいの……? 怒ってるの……? 哀しいの……?」
セイラがハルスの顔を見て恐る恐る問う。
ハルスは目まぐるしく表情を変えていた。
喜怒哀楽の楽を除く残りの感情が浮かんでは消えていた。
ゼノリカ教団の聖典はまさにセンエース神話だった。
6000年前の出来事をこれほど克明に記録するなどまずありえなかった。
あのラムドのような不死者のスペシャルをもってしても、せいぜいが1000年しか存在できないだろう。
人というものは、精神構造的に1000年もの孤独に耐えられるわけがないのだ。
とはいえ、ラムドほどのイカれた召喚士であれば、究極召喚するまで倦むことなく、黙々と召喚術を磨いているかもしれないが……
ともかく、
「6000年というのは、ふかし過ぎだ……」
実を言うとハルスたちのいた元の世界に蔓延する女神教のほうが歴史が圧倒的に古い。
現女神のエレガ・プラネタの年齢は10000年近く、その女神(というか、ただの宝物庫の番人兼世界最強の用心棒みたいなもの)の前にも神はおり(つまり、エレガはド●ゴンボールでいうところのデ●デ、もしくは、神様(カ●ッツの子))、女神教は少なくとも10000年より古く、神様の性別によっては男神教もありえたが、どの世界もほぼほぼ世界最強は女神に偏っている。
とはいえ、ハルスたちの世界は77回滅ぼされており、物理的に1000年以上生存することが困難であり、ハルスの言うこともあながち的外れではなかった。
「とはいえ、ゼノリカことはよぉぉぉく分かった」
聖典を通して、ハルスは、ゼノリカの成り立ち、理念、活動、成果を十全に理解した。
一言一句覚えた。
聖典の熱烈な支持者のいるゼノリカ上層部の中でも十指に数えられるほどゼノリカを理解しているといっても過言ではない。
さすが人格以外は完璧超人の元勇者。
ゼノリカの統治システムは素晴らしい。
あまりも愚直で理想が高すぎる気がするが、事実、数千年もの長きにわたり、恒久平和を実現できているため、実績がある。
「だが…………惜しいのは…………センエース、てめぇだ…………」
ゼノリカ、唯一の汚点は、神帝陛下、センエースの存在だった。
信奉する神は、とかく、美化、讃歌されがちであるが、この聖典は甚だしかった。
しかも、ゼノリカの成り立ちやその正当性を確かなものとするための方便としての災厄が荒唐無稽すぎた。
(※作者註:我々の神話で言うところの洪水や太陽隠し、神々の黄昏、終末の喇叭のようなカタストロフのこと)
また、ゼノリカの正当性は、あの荒唐無稽の所業を史実だとしなければならない、薄氷の上に建てられた楼閣なのだ。
世界が見舞われた災厄とそれに打ち克ったセンエースの行動にハルスは点数をつける。
異世界大戦編。
『ある日』突然、第2〜9アルファを繋がるゲートができて、世界は異世界の存在を知り、大混乱に陥る。
誰もが疑心暗鬼にかかり、唯一、平和、共存を叫んだ『第4アルファ』が消滅する事態になり、ますます収集がつかなくなり、どこか一つの世界が生き残るまで続くまさに綿で首を絞めるか如き『地獄』のような泥試合の殲滅焦土戦。
あの…………勇者オブ勇者の……平ですら「どげんかせんといかんのですが、ボクには分からんとです」と嘆く始末。
そこに颯爽と(いや、ノコノコと)現れた一人の『法螺吹き』、いや、『ヒーロー』こそ、だれを隠そう、センエース神帝陛下その人だった。
『俺はここにいる!! 心配するな! 俺が連れていってやる! この戦争の向こう! この絶望の果て! バッドエンドをリアルだと思いこむ、その勘違いごと殺してやる! 『輝く明日』を想える『本物の今日』へ辿り着いてやる!』
ハルスは聖典に記されたその文句に強烈に殺意を覚える。
(はっ…………世界は生まれた時から『バッドエンド』なんだよ。絶望して当然。勘違いだ? お前こそ勘違いも甚だしい……!!)
(※作者註:センエースの世界は、『バッドエンド』がデフォ。むしろ、ゼノリカ(というより、センエース)の統治する第2〜9アルファが異常なだけ。とはいえ、カカロ●トが来てからのドラゴン●ールの地球みたいなポジだけれども……)
たかが教信者の戯言。
神を賛美するテンプレ。
だが、ハルスの心は揺さぶられ、悪態をつかずにはいられない。
人は、それが『フィクション』だと分かっても一喜一憂する。
それは、ハルスとて例外ではなかった。
ただそれだけのこと。
(5点だな……神話のエピとして、落第も落第。ちなみに1000満点中の点数だ)
0点にしなかったのは、現に世界を渡って、異世界に来たため、複数の世界がつながることはあったかもしれないからだ。
とはいえ、8つの世界が同時に繋がるわけがない。
一つの世界の一つの星の一つの大陸ですら、その覇権を巡って血は流れ続けるのに、それが8つの世界だなんて、妄想もたいがいにしてもらいたい。
ましてや、その争いをたった一人の人間が地道に駆けずり回って、その腕っぷしだけで解決し、あまつさえ、存在値999を超えるだなんて、ぶっちゃけアリエナーイ。
なので、5点評価なのである。
(センエースという一人の男が偽りの仮面を被って頑張って、世界の争いを調停してゼノリカという世界の枠組みを超越した組織が誕生したのである。めでたしめでたし。ちゃんちゃん……で、終わればいいものを………)
わなわなと肩を震わせるハルス。
「ど、どうしたの……ハルス……?」
ハルスはたしかにちょっとしたことでヒスするが(たとえ話、ゴキ。宿屋でまたに見かけるが、温室育ちの坊っちゃんは、最強勇者のくせに、「お、おい、それを近づけんじゃねぇぇぇぇ!」、黒光りが大の苦手。平民育ちのセイラはその都度ひょいと摘んで外に逃してあげる(また、入ってくるのだが……))、この分厚い本を瞬く間のうちに読んでからおかしくなった。
情緒不安定にさせる魔書のたぐいなのかとセイラは聖典を警戒したりする。
「存在値『1000』以上のバケモノが『10000』以上いて、『1日』で『リポップ』するだと…………?」
「何を言ってるの……? ハルスは疲れているんだよ……」
慰めの言葉をかけるが、
ハルスは、ニィ、と笑うと、そのページをセイラに見せた。
「なんて書いてあるのか読めない………」
その通り。
『異世界転移』したときの『特典?』のおかげかこの世界の言語は、ハルスもセイラも取得していたが、文字は読めない。
それはハルスも同じだったが、言葉はわかるため、呼んでいる内に文字の規則性から文字、文法を習得したのである。
パラララとめくる2秒以内に。
(読者:ちょっとふかしすぎじゃないですかね。あの『世界最高峰』の『椅子』の一族の『39(ミクじゃないよ)』さんですらもっとかかってたんじゃ……
作者:うるさいですね……きっと???の世界の文字のほうが難解だったんですよ)
さすが、人格以外は完璧超人の元勇者。
格が違った。
というだけの話。
ハルスを讃えたかっただけの話。
話をもとに戻す。
バグ襲来編。
8つ(その時には7つだが)の世界を繋いだゲートの深部が『ドコカ』と繋がり、そこから、『這い出た害虫』が『バグ』と名付けられた化け物だった。
7つのアルファぶっちぎりの一等賞のセンエースですから、存在値を999の壁をやっと超えたところなのに、その壁を悠々に超えたのが、10000体以上。
しかも、一日という短いスパンの『リポップ』性を有する『モンスター』は、存在値が小さいのがどの世界共通の(コスモゾーンに刻まれた)原則。
にも関わらず、ソレは、復活した。
センエース「ぜぇはぁ……ぜぇはぁ……やっと一体ぶちのめした……まってろよ、あとたったの『9999』体……きっつー……だっる……えっぐ……吐きそう……だが、俺がやらねば誰がやる…………ふわぁぁぁ、ちょっと眠ろうかな……いや、もちっとだけがんばるか…………」
チッチッチッポーン
0時をお伝えします。
バグ「プハァァァッッッ! よぉ!」にちゃああ
センエース「…………ほえ? はぁぁぁぁぁ!?」
もう滅茶苦茶だった。
あの…………元大魔王のゾメガですら、「無理じゃあ……いやじゃあ…………みとうない……」と駄々をこねる始末。
『不可能を殺してやる』
(いやいや不可能だろ……!!)
ハルスは、思わず、突っ込まずにはいられない。
モンスターは極たまに『壊れ堕ちる』ことがあるが、10000体以上同時にあることはないし、リポップ性もない。
しかも、まさに、『世界がバグった』としか言いようのない事態であり、バケモノだった。
さらに一日にある一定の数の命を刈り取るとその日は活動を休止するという、人類の首を真綿で首を絞めるような、命を馬鹿にするような、性格の悪さを有していた。
(にも関わらず、闘った。そう。ただただ闘った……がむしゃらに……)
おかしい。
おかしすぎる。
ハルスはこの時点でバグというバケモノよりも『センエース』という『ド根性』の塊の『バケモノ』に慄いた。
もしもハルスならきっとバグと一緒に人類を抹殺していった。
やはり、『死』こそが『絶対普遍』の『救済』なのだ。
なのに……
センエース、
そして、
ゼノリカの面々、
そして、
世界の人々が
がむしゃらに頑張った。
(『世界中』の世界樹を磨り潰して、薬剤にして、センエースに投与して、不眠不休で戦わせるなんてどうかしてる……)
センエースだけじゃない。
センエース以外の奴らも救いようがない愚かどもだった。
世界樹を磨り潰す発想にドン引きだった。
(センエース……いいかげん倒してくれ、いつまで闘ってんだ……もういい……もう休め………!)
ハルスは過去の出来事に心揺さぶられ、胸中で虚像に愚痴を零す。
『忘レルナ……コレガ……絶望ノ殺シ方ダ……』
(こんなの盛られた空想だろ? はいはい、かっこいー、かっこいー。ありえないから、こんなもん)
『こんなもん』に熱くなった自分が恥ずかしくなり、ハルスは急に冷める。
けれども
センエースは、ついにその偉業を達成する。
昏い夜空に『太陽』が昇り、
『朝日』が『照らす』のは――――――
――――――闇に溶けゆく『10000』以上の『バグ』の屍と――――――
――――――その上で立ったまま屍と化した『センエース』だった。
(なんで、お前も世界中のみんなと『輝く明日』を拝めないんだ……クソッ……なんて酷いお話だ…………)
ハルスの頬に何故か流れる熱い『ナニカ』。
それが『ナニカ』訊くほど無粋なものはいない。
「ねぇ、なんで、泣いてるの……? この本読めないよ……」
「姉様、今はそっとしてあげてくれ。それ(聖典)、けっこう泣きどころエピソード満載だから。…………お嬢ちゃんけっこう感情移入するタイプの読者なんだな……」
「…………お前らうっせぇわ!」
(………………0点だな! 世界中のみんなと力を合わせ、5年も不眠不休で闘い続け、その結果が『死』なんて、俺は断じて認めねぇ……! センエース! 立ち上がれ!)
あまりにも荒唐無稽すぎて、救われなさすぎて、問答無用で0点にするしかなかった。
センエースほどの『根性』と『努力』と『忍耐』の塊の化け物であれば、『死』という安易な『救済』に縋るのは、赦されない。
(これでセンエースは、ゼノリカの中で神格化されていったのでした。めでたしめでたし。ちゃんちゃん……で、終わればいいものを………)
わなわなと肩を震わせるハルス。
「あ、また、ハルス、震えてる…………おトイレ?」
センエースは不滅だった。
どうやら転生するスペシャルの持ち主だった。
ゼノリカの面々は、転生したセンエースを求めて、世界中を駆けずり回っていった。
(タイラ、後ろ後ろ! (そぉーと平の後ろを抜き足差し足忍び足する師) ゾメガ、まんまと逃げられてら(檻の中に入れてたカリオス●ロの城のミートスパゲティを綺麗に食われ、師にまんまと食い逃げされ地団駄を踏む愛のエプロン姿のゾメガ)。パメラノ、惜しかったな! (元の美少女姿に戻って、しかも、ひまわり組の格好で迷子のふりをして、センは引っかかるものの、直前で気づき、パメラノの腕は空を掴み、「すまん。まだ捕まるわけにはいかない。どこかで泣いてる声がするんだ」とセンはパメラノの頭を撫で去っていく。顔を赤らめる幼稚園児の格好のパメラノにm9(^Д^)プギャーする愛のエプロン姿のゾメガにブホッと鼻水たらすセンエース。師に一泡吹かせたことに成功する同期に嫉妬するドーキガン。同期故に……って、うっさいわっ!! 朝日、そんなので来るわけが……って、お前はトリ……セン? 相変わらず、センは朝日には甘いな! (ルールルルルと呼ぶ朝日の元に現れる師匠兼兄兼保護者) ん? 訳あり美少女もつれてのご帰還とは、偉くなったもんだな……って、地雷かよ……(「わたしがいるだけで世界が壊れたの……わたしに構わないで……|д゜)チラッ」とメソメソ泣く女の子に鼻から息を出してやれやれやれと肩を竦め合う平たちは、手を差し伸べて「Rira♥ゼノリカへようこそ!!」とミシャを迎えるのであった……「師匠……」抜き足差し足忍び足で立ち去ろうとする師に今度は気づく平熱マン。「ふ……成長したものじゃな……」腕を組んで頷く愛のエプロン姿のゾメガ。ちょっとひいた様子の部下。セン誘き寄せゲームで朝日に負けて落ち込む三姉妹。))
そして、第2〜第9アルファは、センエースを再び王に迎えて、しばらく平和を迎えたが……
「WRYYYYYYY!! ナンデカミノチカラツカエルノ!? ワッカンネェケド…………ヤッタ!! ヤッタ!! クジカンスイミン ネオキデゲンセ!! 神の御前である!! 頭が高ぁあああい!!」
葉っぱ一枚の……ではなく、
(………は? 神……????)
神が降臨されたのである。
唐突の神闘編のはじまりはじまり。
「くっ……! 師よ! 我々は餃子ポジなのですか!?」
「いやじゃあ! いやじゃあ! 餃子になりとうない!! できれば、天津飯くらいにはなりたかったんじゃ!! はい!! 差し入れの天津飯ですじゃ、師よ!!」
「いつもすまん、ゾメガ!!」
「「「「「ぐぬぬぬ…………」」」」」
岡持ち片手に震える三姉妹とパメラノと幻邪至天帝。
このときはまだ、第2〜第9アルファを巻き込んで剛魔至天帝と彼女らが愛のエプロンを巡って、闘うなど誰一人として予想だにしなかった。
次回「『料理対決アニメ』でいこう」
愛のエプロン編をみんなで見よう!!
閑話休題。
神を名乗る『バーチャ・ルカーノ・ロッキィ』が現世に現れ、暴れ周った。
目的は、現世のあらゆる命を踏み台に、真の究極超神になること。
殿下「ププ……超神にもなれない分際で笑い死ぬでちゅ」
いや、そのとき、あなたは、神の深層で「どうせわたしはアーくんの生●。生きてても意味ない。あ、もっとそこ強く」と嘆きつつ、弟に肩を揉ませて、「姉貴、ア●ロ●スをぶちのめすために修行したいのだが……?」弟くんの額にピキピキと血管を浮かべさせてたでしょ?
なんやかんやあって、その神もセンエースは倒した。
あまりにも闘いが酷くなるため、戦場にはセンエースとバーチャしかおらず、詳細はわかっていない。
きっといつものように華麗に泥試合からの逆転勝利をもぎ取ったのだろう、というのがゼノリカの面々の統一した見解。
「いや、そこは、『華麗に勝利を決めた』とかいってくれよ。え? 実際のところどうだって? ハッ…………やいやいやい俺を誰だと思ってやがる。普通にボロ負けスタートからの泥仕合からの逆転勝利なんですけどぉおおおおおお!!」
神は死んだ。
センエースも死んだ。
そして…………
センエースは、深層神界を統べる暴君、桜華の神威、序列一位の真なる究極超神になったのである。エース(笑)
そこからしばらくセンエースは現世に現れないが弟子たちがウチの師匠凄いよ自慢のエピソードのなんと多いことよ。
そんなに美辞麗句するからセンちゃんに叱られるのである。
採点のお時間です。
(…………採点不能!! ほんっと何言ってるか分かんねぇ……)
ハルスは思う。
センエースなんて虚像はいなかった、と。
ゼノリカが教えの正統性を付与するための箔付けの権威がセンエースという絶対無敵の英雄の記号なのだ。
そんなまやかしの神にすがるゼノリカは、危うい、とハルスは考える。
たが世界に調和をもたらすそのシステムは有用なため、いもしない神に精神的にすがらない、もっと強靭なものに変えていく必要がある。
そのために、ハルスはゼノリカの中枢に食い込むことを覚悟する。
ふと、ある言葉が蘇る。
『全部、背負ってやるよ。なにもかも全部。全ての絶望、希望、想い、願い、命、心、全部。俺はセンエース。お前たち全員の王だ』
だが――――――
もし――――――
本当にいたとしたら――――――
永き時間に倦むことなく――――――
命を愛おしむ――――――
不死の神であれば――――――
争いは恒久的に起こり得ない。
そんな尊き神を座すゼノリカが統治する世界は、文字通り――――――それこそ、ハルスがかつて夢見て、諦めてしまった――――――
(『誰もが輝く明日を望める世界』じゃねぇか――――――)
「…………」
ハルスは傍らの少女を見る。
「…………?」
首を傾げるセイラ。
(この世界ならコイツも生きていていいのかもしれない……)
ハルスは思う。
もし、もしも、センエースが実在したのなら、と。
その時は、ハルスは自分の首を差し出しても、元の世界のゼノリカへの加盟を懇願するつもりだ。
センエースの手となり足となり、死ぬまで、贖罪のために奔走する。
もしもセンエースのことをもっと早く知っていれば、それまでなんとか保たせようとすることはできた。
なんせ、ハルスは、人格以外完璧超人の勇者だからだ。
『死』などと『安易』な『救済』に縋ることはなかった。
センエース神帝陛下を待ちながら、一人でも多くの弱き者たちを庇護してまわっていた。
なのに……
(俺の手は血みどろに汚れすぎた……)
ハルスはこれまで多くの弱き者たちに『死』という『救済』を与え続けていた。
取り返しのつかないことをし続けた。
(こんな汚え手をセンエースに握らせるわけにはわけにはいかねぇ……それに……センエースは俺にはあまりにも眩しすぎる……)
その高潔さにハルスですら尻込みしてしまう。
とはいえ……
「この『書き込み』はなんだ……?」
イーウに問いかける。
「『これ』か? リーダーが『『その時』の登場人物の考えを『本人』が書いてみた』って『落書き』してたやつだ。さすリー。センエースの胸中を『こんな風に』書くなんざアルファ広しとはいえ、リーダーくらいのもんだ! ゼノリカのやつらに見せびらかして『飛…………神帝陛下はそんなこと言わない』と怒られたり、そこにし……(以下略)」
ハルスが手にした聖典には、手書きで、『とってもとっても大マジで夜逃げする5秒前だった。ガスの元栓が気になってもどったけど』、『布団から出たくなかった。牛乳受け取りにでないといけなかったけど』、『エグかったな……』、『うわぁ、なんでそこでサクッと諦めないわけ? 昔の自分キモっ』、『ここで死んで自殺癖つけとけばなぁ……』、『二度と、第2~第9アルファには生まれたくない』、『こんな地獄は、もう、たくさん』、『ムリムリ。あれには勝てない』、『ハイ、コウサーン』、『第2~第9アルファは、たぶん、呪われてんだ』、『消えちまえよ、もう、こんな呪われた世界』、『もう……いいよな……』、『どうか、【諦めていい】って許可だけくれ』、『苦しい! 苦しい!』、『今日だけじゃねぇ! ずっと苦しかった!』、『もう嫌だ!』、『なんで、俺ばっかり!』、『どうして、俺ばっかりが、こんな苦労をしないといけないんだ!』、『異世界転生モノっていったら、流行りはスローライフだったろ!』、『もしくは、チートで楽勝が相場だろ!』、『しんどすぎるんだよ、ずっと、ずっと、ずっとぉおお!』、『もういいだろぉおおお!』、『もういいはずだ!』、『諦めていいはずだ!』、『なのに!』、『なのに!』、『なんでぇえええ!!』、『俺は……ヒーローじゃない……』、『それでも……』、『叫び続ける勇気を……』
『ヒーロー見参……』
などと書かれており、もし――――――
それが―――――
センエースの正真正銘の純度100%の混じりっけなしの本音だとしたら――――――
(俺も――――――隣を歩んでいいの…………だろうか?)
聖典の中の眩しいヒーローではなく、こんなにもみっともなく、足掻く、人間臭すぎるのがセンエースの正体だとしたら、ハルスもそのそばで歩むことを認めてくれるのだろうか?
ハルスは、己のこれまで行った『救済』とセンエースという神を据える『ゼノリカ』にどう向き合えばいいのか思考がぐちゃぐちゃになり、視界が暗転してしまう。
「ハルス……!!」
セイラの声を聞きながら、だれかに身体を支えられるのに気づく。
「おっと……貧血か……?」
その声は、イーウではなかった。
「あ、リーダー、お帰りっす」という言葉とともにハルスの意識は闇に沈んだ……
「へ、賭けは俺の勝ちだ。今度おごれ」
「あの、勝負するとは言ってないのですが……」
イーウの言葉に嫌な顔をするスール。
「リーダーの言う通り、●●●通りの路地裏を探ってたらあの二人を見つけられました。さすリー!」
「へっへっへ……崇め奉ってもいいんだからね?」
「ははー」
「くだらない」
イーウは、『リフレクション』とはなんの関係もないことをリーダーのヒトカドから頼まれて、『迷子の幼女二人』を探していたのだ。
そのため、ハルスたちと出会っていたのだ。
真面目なスールは、リーダーとともに、『リフレクション』の活動をこなしていた。
素顔が明らかになっていないセンエース神帝陛下の美少女漫画みたいの美化イラストの壁画に鼻毛とか付け足して落書きしていたのだ。
「しっかし、よく異世界転移者の迷子がいることを予言できましたね。まさかリーダー……」
「ち、ちがう。異世界から未成年たちを攫ってデスゲームなんてさせるわけがないっ!!」
「いや、そんなこといってないっすけど……」
「実は俺もよく分かってないんだ……」
「へ?」
「寝てるときにな、耳元で、『認知の領域外の領域外のさらに領域外のそのまた領域外を越えた領域外のだれか』に囁かれた気がしないでもない今日このごろなわけだ……」




