知らないラジオ
「まあ、いいじゃん?」
このグレーのタイトスカートスーツを着た女がどこの誰だか知らない。
ここ。『NEW OPEN 半額』の文字がチカチカ光るホテルの入口で座り込んでた。
この人はわかりやすく虚ろな感じで、つまり酔っ払いの自分とほぼ同じ状態で。
「まあ、いいじゃん?」
ってことで、女が指を差して選んだ108号室に入り、体を合わせ、ずるりと床に落ちた。
「いって……」
そういうコトするつもりだったけど、それどころじゃなくなった。
女は部屋に入った途端俺にもたれかかってきて、ヘロヘロで支えきれなかった俺は床に倒れた。軽そうに見えたこの人は案外重くて、俺は体が動かせなかった。
「はあ……」
近くの焼き鳥屋の匂いだろうか、焦げ臭さが鼻をかすめた。
瞼が落ちて暗闇。
男女の話し声が聴こえる。
やけに軽快だななんて思ってたら時報が聴こえて『ああ、ラジオか』と思った。
■
いつの間にか寝ていた。
焦げ臭い。
そう思って目を覚ました。
見たことない天井だ。
俺はまだ部屋の入口で転がっていた。
〜〜♪
5年ほど前に流行ったアイドルソングがラジオから流れている。
『今週のシングルチャートTOP5でした〜!』
あ、学生時代バイト終わりに聴いてたラジオ……変わってないな。なんて思ったが、変だな。MC交代の記事をネットで読んだ気するけど。
『速報です』
ジジッジジッ
なんだ? 電波が途切れてよく聞こえない。
闇の中でゴロゴロと雷が鳴る。
ああ、だから電波が——
ピカッと稲妻が走る。
一瞬窓に人影が見えた。
グレーのタイトスカートスーツを着た女。
どこの誰だか、知らない女。
『速報です。現在サクラシンジュクのホテルで発生している立てこもり事件ですが続報が入ってきました。犯人とみられる女が男性一人を人質に取ったまま、ホテルに火をつけたもようです。繰り返します——』
まて。
サクラシンジュク?
ここ、サクラシンジュクだぞ。
火事ならやばい。
逃げようとして腕に力を入れる。が、動かない。
ぱく……ぱく……
くっそ。口は動かせるのに声が出ない。
稲妻が光るたび、女が近づいてくる。
やめろ、くるな、やめろ、くるな——
「やめろおおおお!!!!!!!」
白い光に包まれたと同時に凄まじい雷鳴が轟き、俺の怒鳴り声が自分の耳に届いた。
「っ……はあ、はあ、っは……あ……」
息が、できる。
指が動く。
ガバッと体を起こすと、女の姿はどこにもなかった。
〜〜♪
知らない歌がラジオから流れる。
『今週のシングルチャートTOP5でした〜!!』
バイト終わりに聴いていたラジオのMCは知らない人になっていた。
あの女は誰だったんだよ。
ジジッ……ジッ……
『ワタシハズットココニイル』
お読みいただきありがとうございました。
小説はすべてフィクションです。
実在の人物・団体等とは一切関係ございません。
どうぞ、みなさま夏を楽しめますように。




