やっぱり、グーで殴らないと分かりませんか?
辿り着いた山城は跳ね橋が下ろされ、正門は打ち砕かれていた。
「お父さん!」
駆け込んだ城内のあちこちに荒らされた形跡がある。
幸か不幸か。
焦燥したアリーセの呼び掛けから推すに、踏み込まれたのはアリーセが城を出た直後のことらしい。
押し入った賊は、城の大広間にたむろしていた。
皮の鎧、短弓、短剣、長剣、槍、戦棍。
それぞれ思い思いの装備に身を固め、皆一様に下卑た表情を浮かべている。
100年前には誰もが己の大切なもののため、武器を手に戦った。
けれど、今ここにいる連中は、ただ血と荒事を追い求めるだけの、食い詰め傭兵の成れの果てだ。
「なんだ? 混じりもんの娘が帰ったと思ったら、尼さん連れてきやがった」
長剣を担いだ男が頓狂な声を上げた。
男の前には風呂敷代わりの敷物の上に、城中から掻き集めた金製品や装飾品が山と積まれている。
「お母さん!」
賊にとっては価値がなかったのだろう。
額を壊され、無残に切り裂かれた優しげな婦人の肖像画。
悲痛な声を漏らすアリーセを、槍使いが捕まえ後ろ手に捻り上げた。
「探す手間が省けたな。これで依頼は完了だ」
「張り合いがないとぼやいてたところに、ちょうど良い余興じゃねえか。ここで済ませて一緒に始末すりゃバレやしねぇ。尼さんにも遊んでもらうか」
長剣の男がにやけ顔で歩み寄り、ソーニャの肩に手を伸ばす。
「伯爵は……アメルハウザー伯爵はどうされたんですか?」
「地下の寝所で眠ってるぜ。柩に辿り着くまでは罠に多少手こずらされたが、木の杭一本で簡単に――」
『おい、やめろ!』
フテネルの制止は一顧だにされず。
ソーニャに顎を打ち抜かれた男は、人形喜劇の操り人形さながら回転しながら宙を舞い、岩壁にぶつかり血の華を咲かせた。
賊たちは何が起こったのかも理解できず、ぽかんとした表情を晒した。
「なん……だ?」
岩壁に打ち付けられ頭を砕かれた長剣の男は、次の瞬間復元した脳で状況把握する間もなく、目の前に歩み寄るソーニャの氷のような蒼い瞳に見据えられていた。
理解が追い付くにつれじわじわと疑問が恐怖に置き換わり、手にした長剣を動かすこともできない。
「ごめんなさいは?」
「な……何?」
左側からの衝撃に首が180度回転し、自らの頸椎が折れる音を聞いた直後、即座に癒され正面からソーニャに覗き込まれる。
「ごめんなさいは?」
「……なんだ、こいt――」
下からの衝撃で顎が砕け、岩壁にぶつけた頭蓋が砕け脳髄が零れる感覚を味わい、即座に治され揺れる意識で修道女の姿を認識させられる。
「ねえ、ごめんなさいは?」
「ヒッ……やめ――」
賊の仲間がようやく動き出したのは、長剣の男が4度壊され修復されたあとだった。
傷一つなく壁際に座り込む長剣の男はもう、頭を抱え動こうとしない。
短剣使いはいともたやすく奪われた自らの短剣で、手指を落とされる感覚を味わい癒された。
槍使いはソーニャを近づけぬよう遠い間合いで槍を振るったが、もぎ取られた穂先が腹から背を貫く激痛に苦しんだ後、癒された。
短弓使いは放った矢の全てを鏡のように狙った箇所に跳ね返され、床に倒れ込みもがき苦しんだ。
「すぐには死なないから、だいじょうぶだよね?」
即死に近い傷を負えば即座に癒され、致命傷でなければ放置される。
己を待つ責め苦を悟った戦棍の男は、武器を手放し救われる唯一の可能性に賭けようとした。
「ご――」
戦棍の男が謝罪の言葉を口にする前に、ソーニャの繊手が顎に触れ骨を外す。
「聖なるかな。慈愛の神は悔い改めるものには寛大です。悔い改めるものにはね?」
戦棍で男の手足を一本づつ丁寧に折り砕いていたソーニャは、不意に腰に軽い衝撃を受け、視線を落とした。
灰の髪と紅い瞳を持つ少女が、大粒の涙を浮かべ首を振っている。
「もういい……もうやめて……」
(なんだっけ?――――――――だれだっけ?)
思い出せないのは些細なこと。再び作業を開始しかけたソーニャの頭を、フテネルが全力ではたいた。
『あほう! やめろって言ってるだろ! ちゃんと確認してきた、死んでない。伯爵はまだ滅んでない!』
「……死? ああ、殺すのは良くないよねぇ……」
ふわりと柔らかい笑みを浮かべると、ソーニャはねじが切れた玩具のように倒れ動かなくなった。
§
倒されたのが自らの寝所であったことが幸いしたらしい。
年経た吸血鬼だけあって、アメルハウザー伯爵は灰化したものの、マナの供給さえあれば、時間は掛かるが蘇るはずだとフテネルは言う。
「いくらわたしがマナを集めやすい身体だっても、吸血鬼一体復活させるだけ集めるのは大変だよねぇ」
「ママ……」
「ママじゃないけど」
眉をひそめた困り顔を浮かべたソーニャだったが、瞳を潤ませたアリーセに見つめられると、そう無下にも断れない。
「伯爵不在でアリーセをほうってもいけないしね。どうせ追放された身だし、いろいろ落ち着くまでつきあうよ」
「ママ!」
「ママじゃないけどね?」
『さーて。伯爵は人間と講和を結んだ正式な領主。村長にどんな話を吹き込まれたのかは知らないけど、アスタリアの法ではこいつらのやったことはただの押し込み強盗。怪物退治じゃないからな?』
きれいに片付けられた大広間の壁沿いに一列に並び、傭兵崩れたちは聖歌隊の少年のようにおとなしくしている。
アリーセの淹れてくれたお茶を飲みながら、ソーニャはにこやかに尋ねた。
「どんな話を聞かされたのかな?」
「村を襲う吸血鬼を退治すれば褒美が出るって!」
「弱ってるから簡単な仕事だって話でした!」
「城にあるものは6:4でって話でしたが、7:3って吹っかけました!」
「馬鹿いらんこと言うな黙ってろ!」
やはり村長が弱った伯爵に付け込む形で仕掛けたものらしい。
辺境で困る人たちを救って回れればと考えていたソーニャだったが、図らずも最初の人助けがハーフの吸血鬼であるアリーセになってしまった。
「伯爵は約束守って領地を護ってただけなんだから、悪いのは村長のほうだね。しかたないな。村長にもちゃんと言って聞かせないと」
ふわりとほほ笑むソーニャの「言って聞かせる」を身をもって味わった男たちは、青ざめ冷や汗を浮かべた後、張り付いた愛想笑いで玩具のように頷き続けた。
§
数か月後、王都大聖堂。
早刷りの瓦版を見ていたシリルは、良き好敵手にしてずっと心の柔らかい部分に居座る人物の記事を目にし、口にした紅茶を噴き出した。
「『追放された第666代聖女、辺境にて城を手に入れ魔王と化す』ですって? ソーニャ、貴女いった何をやらかしてますの!?」
ソーニャとしては筋を通して問題を解決しただけのつもりだったが、傭兵崩れたちが語った「言い聞かせ」の恐ろしさは尾ひれが付き、魔族を護り人を脅かす魔王の再来とまで噂されていた。
女神フェルシア教団の異端審問官、聖女らによる討伐隊が送り込まれるのは、もう少しだけ先の話である。
続く?
お試しで序盤だけ書いたものですが、続きは思い付けば。
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(´-`).oO(展開リクエストなどあれば今なら反映できるかも…)