新学期前日
〜新学期前日
引っ越した新しい家に着くと彩未は何時の間にか眠っていた。
吉原夫妻に起こされて、眠い目を擦りながら彩未は車から降りる。皆は家に戻ると残っていた引っ越しの荷物の片付けを行う。
引っ越しの片付けがひと段落すると、夕食の材料を買いに春子と彩未が一緒に近くのスーパーへと買い物へ出掛ける。
スーパーに着くと彩未は春子と一緒に色んな食材を見て周る。彩未は店内を歩き周っていると次第に悪寒を感じ始めて気分が悪くなり始めた。
「ちょっと化粧室に行って来るね」
「大丈夫?顔色が悪いわよ」
「平気…少し休めば直るよ」
彩未はそう言って化粧室のある場所まで向かうが…既に我慢の限界だった。立ち眩みがしてフラつきながら女子トイレに入り便器のフタを開けると同時に腹の中にあった物が一気に吐き出される。それと同時に耳鳴りがして、賑やかだったスーパーの店内の音楽が聞こえなくなる。
それに気付かず彩未はトイレの便器の前から振り返ると目の前にビショ濡れの青白い姿の女性が立って居て「ヒッ…」と驚いて座り込んでしまった。
女性は顔や手足、腹部等が血まみれの状態だった。しかも哀しそうに涙を流して喘いでいる。切り裂かれた様なボロボロの衣装を着ていて、うらめしそうな表情で彩未を見ている。
「お願い…私を助けて、この近くの橋の下にいるの…」
「は…橋の下?」
「そうなの…」
「分かったわ…何とかするわ」
「ありがとう、お願いね…」
そう言って女性は立ち去って行く。女性の姿が消えるとスーパーの賑やかな音楽が聞こえて来る。そして、中年の女性が1人化粧室に入って来た。
彩未はフラつきながら、トイレから出ようとした時に女性と遭遇した。女性は、今にも倒れそうな彩未を見て側へ行き彼女を支える。
「大丈夫…誰か呼ぶ?」
「私は平気です。それよりも…お願いがあります」
「何か?」
「この近くにある橋の下に行って下さい。女の人が倒れているので…お願いです」
「え…?」
中年女性は彩未の言っている事が理解出来なかった。中年女性は化粧室の近くで待機している夫に事情を説明すると…自分が確かめて来ると言って見に行く。
男性は橋の下に行くと、川辺に人の遺体らしき物を発見して、直ぐに警察に通報をした。
現場に駆け付けた警察官は男性に状況の説明を受け取る。一応男性が第1発見者だが…遺体の事を知ったのが彩未であった。
だが…警察官は彩未に事情説明を行う事はしなかった…。彩未が子供である事や、遺体の女性が彼女に救いを求めに来た…などと言う神秘的や超常現象等には警察は関与しないからである。
後日の新聞の記事には、男性が散歩している時に女性の遺体を発見した…と言う内容で報道された。
新学期を前日に控えた晩の事だった…。夕食を終えて春子が食器を洗い、彩未は手伝いとして皿を片付けしていた。皿を食器棚に入れようとした時、左腕がズキッと痛み「ツゥ…」と、目を閉じた瞬間、皿を落としてパリーンッと、大きな音を立ててしまう。
「大丈夫?」
春子は慌てて彩未の近くへと行く。
「ごめんなさい」
「良いのよ…居間で休んでいて、あとはやっておくから」
「はい」
彩未は居間のソファーで横になっていた。左肩の傷がズキズキ…と疼いていた。しばらくして、春子が彩未の側へ来て隣に座る。それに気付き彩未も体を起こした。
「彩未…ちょっと左手を動かして…グー、パーって感じで」
彩未は言われた通りに動かすがプルプル…と震えて、指を折り曲げる程度にしか動かせない。
「私達が会った頃よりも症状が酷くなっているわね、傷口に毎日薬は塗っているの?」
「はい、ちゃんと塗っているわ」
春子は知っていた。里親になる時に彩未の体を診ていた担当医から話を聞いていた。
「彩未ちゃんの左腕は、多分…近い将来に動かなくなります」
「それは何故ですか?」
「彼女の傷は深く、骨にまでに影響していますので…毎日薬を塗り続けても、数年以内に動かなくなると考えられます…」
それを聞いた吉原夫妻は悲しくなった。特に春子は泣くのを我慢して涙を堪えていた。
少し考え事をしていると思えた春子を傍に、彩未はソファーから立ち上がって居間から出て行く。
「明日から学校なんで…もう寝るね」
「ああ…そうね、新しい学校楽しみだね。おやすみ」
「はい、おやすみ…」
彩未は2階に上がって寝室に向かう。