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異世界恋愛系(短編)

ブリジットは、一目惚れなんて信じない

「君に一目惚れしたんだ。どうか僕に君の時間をくれないか」

「無理です」


 大通りを歩いていると、突然見知らぬイケメンに告白されました。


 これが世に聞く「デート商法」というやつですね! 垢抜けない騙されやすそうな人間だと見られていることが(しゃく)ですが、確かにその通りなので仕方ありません。


「せめてお茶だけでも」

「どうぞ他を当たってください」


 ほら、来ました!

 イケメンや美女につられてのこのこ喫茶店などに入ると、粗悪な壷やら絵画やらを高額で購入させられるのだとか。店には仲間が待機している場合だってあるそうですよ。いやあ、怖いです。


「怪しいのはわかってる。でも、今声をかけなかったら一生後悔すると思って」

「ごめんなさい、用事がありますので」


 付いていったら騙されるとわかっていても、目の前でしょんぼりされると胸が痛みます。人情に訴えてくるなんて卑怯です。


 私が付いていかないと決めたおかげで、あなたは犯罪者にならずに済んだのです。感謝して欲しいくらいです。あと、さっさと足を洗うことをお勧めします。


「失礼します」

「あ、ちょっと!」


 相手の隙をついて歩き出せば、後ろから何かを叫ぶ声が聞こえました。ばたばたとこちらを追いかけてくる足音も。


 まだいろいろ言ってきますか! もしかしたら詐欺グループには、1日あたりのノルマがあるのかもしれません。


「そりゃ!」


 人混みに紛れて走りだせば、イケメンの声はあっという間に聞こえなくなりました。



 *****



「それって本当に『一目惚れ』だったのではないの?」

「フェリシアはちょっと夢を見すぎだと思います。人間の世界なんて、食うか食われるかですよ!」

「ブリジットは現実的すぎじゃない? あんなけんもほろろな対応をしていたら、出会いなんてないわよ」

「いやいや、怪しすぎるでしょう」


 帰宅後、私はさっそく先ほどの話を同居人に聞かせてやりました。せめて、笑い話の種くらいにはなっていただかなくては。ええ、イケメンの真剣な告白に胸がドキドキしてしまったなんてことは、絶対にありえないのです!


「まったく最近の若い娘ときたら」

「あんまり変なことを言っていると、おやつはなしですよ」

「やーん、ごめんってば」


 甘えた声を出しながら私にすり寄ってきたのは、真っ白な小鳥です。彼女こそ、同居人のフェリシア。子どもの頃、公園を散歩をしているときに急に私の肩にとまってきたのが彼女です。


 人懐っこい鳥だなあとのんきに考えていたら、「こっちは空腹と寒さでぶっ倒れそうなのよ! さっさと暖かいところに連れていってちょうだい! もちろんお水とごはんもよろしくね!」と要求されて腰が抜けそうになったことを今でも覚えています。


 そのままフェリシアは、私の家に居着いてしまいました。親代わりの祖父母を見送ってからも寂しがらずに済んでいるのはフェリシアのお陰です。


「ブリジット、わたしのごはんがないのだけれどどういうことかしら!」

「贅沢言わないでくださいよ。とりあえず(あわ)が入っているでしょう」

「果物かナッツじゃなきゃいやよ!」

「じゃあどんぐりとかどうです? 近くの公園で、まだいっぱい拾えますよ」

「どんぐり虫が出てくるものなんて食べられないわ!」

「小動物からすると、たんぱく質もとれて一石二鳥だと聞いたのですが」

「じゃあ、ブリジットが食べれば?」

「遠慮しておきます」


 小鳥というのは意外と長生きするそうですので、私が死んだ後の彼女の身の振り方を考えておくべきなのかもしれません。わがままを言い過ぎて、焼き鳥にされないと良いのですが。


「『白い宝石』『白い黄金』と呼ばれたわたしが野菜くずなど食べると思って?」

「美辞麗句を自分で言わないでくださいよ」

「万が一廃窯(はいよう)されようとも、それだけはありえないわ」

「はいはい、わかりました。でも今月はぎりぎりなんですよ」


 働かざる者食うべからず。仕事の依頼品を頭の中で数えてみます。やはり、追加でナッツを買うことは難しそうです。


「ええい、もっとここにお仕事を呼び込んであげようじゃないの!」

「いや、結局働いてお金を稼いでいるのは私ですからね」


 私のツッコミに、フェリシアは「鳥だから、難しいことはわからないの」みたいな顔をしてナッツを食べ始めました。


「ブリジット、いいことを思いついたわ。せっかくだし、さっきのイケメンと仲良くしなさい」

「何言ってるんですか。変な壷を高額でふっかけられますよ」

「むしろどんとこいよ。そのまま警邏(けいら)に通報して、詐欺の現行犯で金一封をもらってやるわ。本当に一目惚れなら、塩対応しつつ金づるにしてやりなさいよ」

「完全に悪人側の発想じゃないですか」


 慌てる私を横目に、フェリシアは機嫌よくさえずり始めました。歌声は窓を越えて街に広がっていきます。



 ******



「お客さまがいっぱいですね」

「眠っていたお皿たちを叩き起こしたから、当分はお仕事に困らないわよ」


 お客さまから受け取ったお皿やティーカップなどに、間違えないように目印をつけていきます。


「どうしてかしら。急にこのティーカップでお茶を飲みたくなってしまったのよ。ひびが入ってしまいこんでいたけれど、大丈夫かしら?」

「このお皿はね、ひいばあちゃんが子どもの頃からあったのさ。欠けて使わなくなっていたが、またこの皿でアップルパイを食べたくなってねえ」


 フェリシアは気合いを入れて呼びかけてくれたようです。彼女の特技は、忘れられてしまった古い陶磁器を目覚めさせること。


 お直し屋である私にとって、最高の相棒とも言えるでしょう。


 黙々と作業をこなせば、もうお昼過ぎ。すると、フェリシアが嬉しそうに跳び跳ねました。


「ブリジット、ほら見て! 彼よ」

「わかってますよ。何であんなところにいるんですかね?」

「一応、付きまといにならない範囲で待ち伏せしているんじゃないの?」

「すでに付きまとい(ストーカー)じゃないですか!」


 窓の外には、先日出会った彼の姿がありました。往来の邪魔にならないように木陰に立っているのが逆に怪しさ満点です。


 そしてこの辺りのリスたちは、彼を絶好の遊び場として認識してしまったようです。背中を登られたり、服の内側に入り込まれたり。


 詐欺師は人当たりの良さが大事ですからやはり我慢しているのでしょうか。


「チャンス到来ね。いってらっしゃい」

「ちょっと!」


 小鳥のどこにそんな力があるのか玄関まで引っ張られ、そのまま外に放り出されてしまいました。


「こんにちは。また君に会えるなんて嬉しいな」

「いやいや、どう考えても待ち伏せしていましたよね?」


 私が突っ込めば、彼は困ったように頬をかきました。そんな彼の手には、大切そうに抱かれた箱。もしや、彼もお客さまなのでしょうか?


「それは?」

「飾り皿なんだが」

「ありがとうございます! どうぞこちらへ」

「先日とは随分、対応が違うような……」

「お仕事ですので、ありがたくお受けしますよ!」

「なるほど」


 お客さまだと思うと自然と浮き足だってしまいます。やはり私には、塩対応やら金づる扱いは無理そうです。


「こんな風になっていて、どうにかできるものなのだろうか」


 アランと名乗った彼が見せてくれたのは、美しい皿……だったものでした。落としてしまったのでしょうか、箱の中には大小さまざまな欠片が詰め込まれています。


「うーん、そうですね……」


 お直しすることはもちろん可能です。とはいえ、いくら金づ……お客さまとはいえ詐欺の片棒を担ぐわけにはいきません。


 まあ財産として陶磁器が大切にされていた時代ならばともかく、庶民にまで普及した今となっては、よほどの名品や貴重品でもない限り、修理代の方が高くつくのでその可能性は低いのですが。


「できるわ」

「本当か!」


 ちょっと、フェリシアったら。何を勝手に返事をしているのでしょう。部屋の隅の小鳥は、そしらぬ顔で小首を傾げています。


「ちなみにこちらはどなたさまのものでしょうか?」

「祖母のお気に入りだったらしい」

「新しく買い直すのではなく、修理したいだなんて、お皿も喜ぶわ」

「そう言ってもらえるとありがたい。ずいぶん前に壊れたものらしいのだが。今朝になって祖母がこの話を持ち出して、祖父と喧嘩になってしまってね。どうにか仲直りしてほしい」

「なるほど、承知いたしました」


 ……こっそり会話に混じってきたフェリシアを目で制止ながら、私はお仕事を引き受けました。



 ******



「ブリジット、いい青年じゃない」

「フェリシアは甘いんですから」

「陶磁器を大切にする人間に悪いひとはいないのよ」

「それはちょっと賛同できかねます。その理論だと、壺を売りつける詐欺師やアンティーク収集のために家族を捨てる人間も善人になるのではありませんか?」

「全然違うわよ。周囲のひとを大切にしているかどうかくらい、()()に聞けばすぐにわかるもの」

「そうでしたね……」

「わたしの歌で目覚めるのはそれぞれの思い出だから。大切な記憶がなければ、かからない魔法よ」


 あのお皿には、どんな物語が眠っているのでしょう。


「よいお仕事になるように頑張ります」

「いけいけブリジット、のれのれ玉の輿!」

「変なプレッシャーをかけないでくださいよ」


 フェリシアの応援にどきりとします。その言葉が本当なら彼は……。


 とにかく、それはさておきお皿を眺めながら考えます。お皿本体をお直しすること、そしてこじれてしまった人間関係を修復させること。それにふさわしい修理方法はひとつ。


「『金継(きんつ)ぎ』が良いかもしれませんね」

「やるう。やっぱり金づるにする気はあるのね!」

「フェリシア、人聞きの悪いことを言わないでくださいよ。確かに目立たせずに修復することもできますが……。ご家族に必要なものは、こちらだと考えたまでです」

「じゃあ、さっそく準備をしなくちゃね」


 フェリシアが楽しそうに、部屋の中を飛び回ります。普段は費用の関係でなかなか選べない方法ですから、気分が高揚しているのかもしれません。ただ心配事がひとつ。


「あえて目立つ修復方法をとったことで、怒られる可能性ってあるのでしょうか……」

「万が一のときには、わたしと一緒に逃げればいいじゃない。もしくはアランと駆け落ちしたら?」

「ちょっと、否定してくれないんですか?」


 ますます心配になってしまいました。



 ******



 金継ぎは手間も時間もかかります。アランは急かすことこそありませんでしたが、なぜか作業の間中、店に入り浸りました。


「心配しなくても、お皿を持ち逃げしたりなんかしませんよ」

「作業をしている君を見るのが、僕は何より幸せなんだ」

「変なことを言うのはやめてください!」

「働いているときの君は、誰より綺麗だよ」


 彼の言葉を聞かないふりをして、作業に没頭します。もう、彼が詐欺師だなんて思ってなどいません。だからこそ、明確な好意を示す彼は酷いと思うのです。


 話し方ひとつ、身につけているものひとつとっても、彼が別世界のひとであることがよくわかります。


 それに比べて私ときたら。上流階級の女性はそもそも働くことはありません。仕事に誇りはあれども、私は働かなくては食べていけないのです。ぼろぼろの指先が、唐突に恥ずかしくなりました。


「何か手伝えることはあるかい?」

「むしろじっとしていてください。先日も漆でひどくかぶれたことをお忘れですか?」

「珍しいものだったからつい興味が湧いてしまってね」


 確かに普通は見ることも難しいでしょう。天然の漆を私が用意できるのも、フェリシアがいるからこそ。


「金粉はそちらで用意してくださいね」

「どれくらい必要かな」

「『金彩(きんさい)』用のものが少しあれば結構です」

「承知した」


 普通のひとなら知らない言葉。手に入らないもの。当たり前のようにそれに応える彼を見て、ますます遠い存在なのだと実感します。


「はい、差し入れ。良ければ使ってほしい」

「いけません。ただでさえ、毎回いろいろと頂いてばかりです」

「ブリジット、あなたは難しく考えすぎなのよ」


 フェリシアの言葉は、聞こえない振りをしました。



 ******



「何の用だ」

「先日お話していた件です」

「やれやれ、割れてしまった皿の何が気になるのか」


 ようやく修復できたお皿を持ってアランの家を訪ねてみれば、そこはこの辺りでも有名なお屋敷でした。フェリシアが一緒でよかったです。


 部屋にいらっしゃったアランのおじいさまは、お皿を見ることもなく眉間にしわを寄せています。おそらく、同じようなことを奥さまにもおっしゃったのでしょう。


「今朝から妻はヘソを曲げてしまって、部屋から出てこようとしない。窯元に頼んで同じような皿を取り寄せると伝えたが、ますます怒るばかりでな」

「あの皿は、もともと祖母の生まれ故郷で焼かれたものなんだ」


 彼のおばあさまは、焼き物を名産とする地方領主の娘として生まれたのだそうです。


 けれど、近隣の領地にも同様の窯はいくつもあり、競争に負けた結果廃窯(はいよう)寸前となっていたのだとか。


「維持するだけでもお金がかかるもの。水害や飢饉が起きれば、不要なものとされても仕方がないわ」


 フェリシアが少しだけ寂しそうにぼやきました。


「我々は政略結婚でね。どうか領民を助けて欲しいと言われたよ。飢えや病気で死ぬようなことがないようにと。だから頑張ったつもりだったが、彼女は儂のやり方が気に入らなかったようだ」

「祖父は、祖母の家が援助していた窯を、領境の有名な窯の下請けにしたんだ」


 すかさずフェリシアが、イライラしたように首を揺らしながら声を上げました。


「バカね。あの子がそんなことで怒るわけないのに。領民のために顔も知らない、年上の男に黙って嫁いだのよ。働き口を失わずに、彼らが食べていけることにどれだけ安心したことか」


 どうやら彼らの間には行き違いがあるよう。その時です。使用人の男性が部屋に飛び込んできました。


「大旦那さま、大奥さまが!」


 引きこもっていらっしゃると聞きましたが、まさか具合が良くないのでしょうか?


「何をぐずぐずしているの! 嫌われたままお別れになってもいいの?」


 フェリシアの(かつ)が入り、慌ててアランとおじいさまが走り出しました。ちょっと待ってください。なぜ私まで一緒に走り出しているのでしょう? 頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、私もまた彼らとともに大奥さまのお部屋に向かうことになりました。



 ******



 意外にも大奥さまは、お部屋でのんびりとお茶を楽しんでいらっしゃいました。なかなかの策士っぷりですね。呆然とする大旦那さまにすかさずアランが助け船を出します。


「おじいさま、あれを」

「ああ」


 黙って差し出された皿を見て、大奥さまが目を細めました。


「まあ、綺麗ね」

「東方の『金継ぎ』と呼ばれる技術を用いて修理したそうです」


 傷を隠すのではなく、味わい深い模様として愛でる修復方法です。この国では傷を隠すことが重視されるので、反応が悪くないことに安心しました。


「覆水盆に返らず」とよく言いますが、行動次第で、その後は大きく変わってくるはずです。


 割れた皿が傷跡を美しい模様にしてよみがえったように、ひびの入った関係がより強固になることだってあるのではないでしょうか。


「あなたは『そんなものを後生大事にして。新しいものを用意する』とおっしゃいましたね。わたくしは、あなたのおかげで領民たちが職を失わずに済んだことを誇りに思っています。だからこそ、彼らから献上された皿を大切にしたいのです」

「儂はただ、お前が皿の欠片で怪我をしないか心配で……」


 尾羽をプルプルさせながら、満足そうにフェリシアが笑っています。お願いです、「ひゅうひゅう、熱いね!」なんて言わないでくださいね。万が一聞こえたら、それは全部私が話したことになるのですから! 


「あなたがうちの孫が話していた、お嫁さんにしたい女の子ね。素敵なお嬢さんで安心したわ」

「な、なんのことですか?」

「あら、アランったらまだお嬢さんの同意がとれていないの? ダメじゃないの。一番大事なことよ。愛の告白というのは。プロポーズなしでの結婚だなんて、わたくしは認めませんからね!」


 突然話に巻き込まれてしまいました。


「ブリジット、これに見覚えは?」


 アランに差し出されたのは、頬を染めて眠る天使の像です。てのひらに乗る小さなものですが、丁寧に作り込まれています。


「なんて可愛らしい……あら?」


 そこにあるのは、うっすらと見える継ぎ目。不意に懐かしい記憶がよみがえりました。


「アラン。あのときの男の子ですか?」


 かつて、真っ二つになってしまった磁器人形を持って泣いている男の子を、道端で拾ったことがあります。


「天使の人形を直してくれようとしたよね。割れた部分を固定してから、ゆっくりと牛乳の中で煮込んだら元通りになるって」

「時間も足りなくて、結局直りませんでしたけれどね! それから子どもだけで勝手に火を使ったこと、素材を見極めずに適当に対処したことでしこたま叱られましたっけ」


 人形は結局祖父が直しましたが、きっとこれが私のお直し屋としての原点です。


「もともとおじいちゃんっ子でしたし、誰かのために役に立ちたかったんです。あなたのおかげで、女だてらに祖父の跡を継ぐことができました。ありがとうございます」

「僕のほうこそ。跡取りなんて荷が重いと思っていた僕が逃げ出さなかったのは、あなたがいたからだ。君に思いを告げるなら、祖父に認められることが条件だったから」


 そのまま目の前にひざまずかれます。一体いつの間に用意したのか、指輪まで。


「お直し屋について話してくれる君がまぶしくて、一目惚れしたんだ。だから久しぶりに会えたときに『一目惚れした』って言ったのは嘘じゃないんだよ」

「……ありがとうございます」

「どうか、結婚してもらえないだろうか」


 その言葉に涙が出そうになります。嬉しいけれど身分的に無理でしょうと言いかけて気がつきました。大奥さまは、乙女のように頬を染めて見守っていますし、大旦那さまはひとがかわったようににこにこしています。フェリシアが私の肩にとまりました。


「ブリジット、諦めなさい。こういうタイプって絶対に逃がしてくれないから」


 フェリシアまで!


「アラン、私はお直し屋の仕事を辞めることはできません。あなたを支えるような、貴族の妻としての仕事などとても」

「僕は窯業への支援の一環で、修復についても手掛けていこうと思っている。君が持っている知識や技術は何よりの助けだよ」


 外堀は完全に埋められてしまったようです。私の(知識)が目当てなんですねなんて、笑って誤魔化さなくてもよいのでしょうか。


 彼から渡された軟膏のおかげで滑らかになった指に、精緻な細工の指輪がぴたりとおさまりました。


「これからどうぞよろしく」

「私こそ」


 働くことを蔑むことなく、素晴らしいと心の底から感心してくれるアランに、私はとっくに恋してしまっていたのですから。



 ******



「ねえ、お母さま。小鳥さんを見せてちょうだい」


 白い小鳥のペーパーウェイトを、幼い娘が欲しがります。


「いいですよ。重いから気をつけて」

「ありがとう。わあ、可愛いねえ」


 娘が冷たい小鳥に頬擦りすれば、抗議するかのように高い声が響きました。


「あらあら、フェリシアったら焼きもちですか」

「ふん、そんなんじゃないわよ。でもわたしのほうがよっぽど可愛いのに、なんでわたしをモデルにしたペーパーウェイトなんかを可愛がっているのよ!」


 下請けとして名前が表に出なかったあの窯は、アランのおかげで独自の製品を増やし、知名度を上げました。このペーパーウェイトは、人気商品のひとつなのです。


「だってフェリシアと違って、この子は文句言わないもの。フェリシアも黙っていれば美人さんなのに」

「なんですって!」


 フェリシアはあれからも家族として一緒に暮らしています。娘ともすっかり仲良くなり、毎日かしましい限りです。


 時代は少しずつうつろうもの。娘が私たちの考え方を受け継いでくれるとも限りません。それでも、ひとを幸せにする陶磁器たちが、私たちの暮らしの中にあり続けることを願っています。

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