シャルベ領
ガタゴトと馬車がシャルべ領の中央通りを行く。
初めて屋敷から出た為、外が気になって仕方がない。座席の上で立ち上がり窓の外を眺める。
身長が低い為、こうしないと窓から顔をだせないのだ。
で、肝心な外の景色なのだが、なかなか興味深い風景だった。
行き交う人々は獣人族やオーガ族、ドワーフなどと多種多用な種族達が普通に生活をしていたのだ。
本などで色んな種族がいる事を理解はしていたが、こうして間近で見るのは初めてなのだ。
屋敷の中は人間だけだしね。
それに武装した人は冒険者だろうか?
うぉ!トカゲみたいな奴までいる!!
また、街並みは正にファンタジーのヨーロッパ感を漂わす赤いレンガや石で外壁を積み上げ作られた特徴的な民家が並んでいた。
これも本で得た知識だが、レンガや石で作られた家は丈夫で劣化しにくいらしく、子や孫の世代にも受け継がれ修復を繰り返し大切にするのだとか。
そんな感じで気分洋々としながら外を眺めていると、いきなり怒鳴り声が響いた。
「この平民が!!よくも俺様の服に汚れを!この!この!!」
ドカッ!ドカッ!
音の方向へ視線を向けると細身で貴族風の服を着た嫌みたらしい顔つきの男が小さな子供を蹴りつけている場面だった。
よく見ると、その小さな子の頭には獣耳が付いている。
どうやら獣人族と人間のハーフの様だ。
「貴族に楯突くという事はこういう事だ!!」」
ドカッ!!留めの一撃みたいな蹴りが子供の背中に直撃し、「ぐぅ!」と悲痛に顔を歪める子供。
俺はいてもたっても居られなくなり馬車から出ようとすると、それよりも早く父さんが馬車に「止めろ」と呼びかけ、すぐに飛び出した。
「おい!何をしている!?」
父さんは飛び出すなりいきなり男に声を張ると、男は父さんを見るなり慌てて片膝をついた。
「こ、これはネイブル卿。お、お見苦しい所を‥」
男は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
父さんは直ぐに獣人の子供を支え「【#治癒__ヒール__#】」と唱えた。
父さんの手から放たれる光が子供の傷を癒し、子供獣人の顔色が戻っていく。
初めて見た回復魔法に驚き関心を抱くが、父さんは子供がもう大丈夫だと確認すると立ち上がった。
「何もここまでする必要があったのかな?理由を聞いても?」
父さんは普段、いつもニコニコとしているが今日の顔つきは研ぎ澄まされた剣のように鋭くなっていた。
「はっ!そ、そんなネイブル卿がお気になさる様な事では‥」
男は額から脂汗が流れ出ているのが目で取れた。
「ほう。僕が気にもしない事で君はこの仕打ちをしたのか。なら伯爵である僕が男爵である君に気になりそうもない事で不機嫌になったとしたら蹴りを入れても良いという事だね?あっ、それよりも打ち首の刑に称しても文句は言えないのかな?」
「な!?ご、ご冗談を‥?」
男は慌ててふざけた様な笑いを父さんに向けると、父さんはガバッと男の前にしゃがみ込み髪を摘み上げ男の顔を覗き込む。
「‥僕は冗談が嫌いなんだよ。」
メガネを中指でクイっとすると、男は青ざめた顔で慌てて謝罪を述べだした。
「ひ、ひぃ。お、お許しを!以後こここ、この様な事はしません!!!!」
男がそう言うと父さんはまたいつものニコニコした表情へと移り変わり、男の髪をはなすと立ち上がった。
「なら良い。以後気をつけるように。」
「あ、ありがとうこざいます!」
男は地面に額を押し当て頭を下げると、逃げる様にその場を去っていった。
「あの。」と不意に父さんを読んだのは先程の獣人の子供だ。
手にはフルーツらしき果実を一杯に詰め込んだ荷物を持っていた。
「さ、さっきはありがとうございました。けけけど、お礼のお金が‥」
オドオドする獣人の子の頭にポンと手を置く。
「大丈夫。そんなものいらないよ。君は仕事の最中だろう?早く仕事に戻りなさい。」
父さんが獣人の子供にそう言うと獣人の子はパァと笑顔に変わり、頭を下げると、その荷物を持って人混みの中へと消えていった。
どうやら荷運びの途中だったようだ。
それにしても、あんな小さな子まで働いているなんて、俺のいた世界の環境じゃ考えられなかったな。
父さんが馬車に戻るとフウ、とため息をつく。
カッコよかったよ。
と一言告げようかと思ったが‥。
(大丈夫?)
何故この発言が出たのかはわからないけど、そう聞くと、父さんはまたニコッと俺に笑顔を返す。
「あぁ。ありがとう。見苦しい瞬間を見せたね。ここ何年かで、ああいった類は居なくなったかなと思っていたんだけどね。」
そう言う父さんは少し寂しい表情も作るが直ぐに決意に満ちた表情に変わる。
「ハル。どうやら僕もまた鬼の顔を見せる時が来たようだよ。」
しばらくして、シャルム領の門に着く。
門の前には鉄製の鎧を着た門番が立っていた。
父さんは一度馬車から降りると、何やら門番に告げる。すると違う誰かが父さんと軽く話すとその誰かは直ぐに何処かへと駆け出した。
何を話していたかは分からないけど、それを終えた父さんは馬車に戻り馬車は門を抜けた。
王都までは一泊2日の旅だ。