運び屋ケイン1 ~平等な国~
プルプルプルプル…。
夢8型エンジンが、のん気な音を立てて、操縦者を運んでいます。
リトルホープ号は、2人乗りの小型飛行艇。
と言っても、今日は、後部座席を荷物置き場として使っている為、乗っているのはケインだけです。
ケインは、運び屋。
頼まれた荷物を指定された日時に、指定された場所まで運ぶ仕事。
今回、荷物の届け先は、海の真ん中にポツンとある島国。
アロヤロ王国です。
資料には、人口3326人の小さな王国と書かれています。
しかし資料は50年前の物。
きっと今は、人も増えていることでしょう…。
…
島が見えてきました。
ケインは地図を広げ、着水場所を確認します。
(??)
地図にある教会や学校、病院…、全て見つかりません。
と言うか、建物は何もありません。
50年前の地図ですが、一致するのは島の形だけ。
島は白一色で覆われていました…。
…
島に近付くにつれ、白い物がハッキリ見えてきました。
四角い升の様な物…。
大地は一面、この人工物で覆われていることが分かりました。
ケインは、指定された場所…。
島の形から判断して、港があったと思われる場所に着水します。
…
着水場所は、予想通り港だったようで、桟橋だけが残されていました。
ケインは、飛行艇のロープを桟橋の杭に括り付けると、島へ向います。
一面、白い四角い升に見えたのですが、一箇所だけ穴が開いていたのです。
もしかしたら地下への入口?と、ケインは考えたのです。
桟橋を進んでいると海の方から“ボォーー”と汽笛が聞こえてきました。
振り向くと、船が近付いてくるのが見えます。
船から老人が顔を出し、大声で叫んでいました。
「おおーい!
もしかして運び屋のケインさんかーー!!」
どうやら荷物の受取人のようです。
ケインは、手を振って船が近付くのを待ちます。
…
船が桟橋に着けられ老人が降りてきました。
「すまん、すまん。
つい漁に夢中になってな。
待たせてしまったか?」
老人はペコペコと頭を下げます。
「いえいえ、時間通りですよ。
ムジェスさんですね?
荷物をお届けに参りました。」
ケインは、ティッシュケース程の大きさの荷物を渡します。
ムジェスは、満面の笑みを浮かべると、荷物を受け取りました…。
…
ケインは、ムジェスの船に招かれます。
ムジェスの船は、台所が隣接した食堂と船室が4つある比較的大きな船。
ケインは、食堂で夕食をご馳走になります。
ケインは、食事を取りながら気になっていた事を尋ねました。
「今日は、ホテルに一泊する予定だったんですが、ホテルはもう無いんですか?」
「ああ、ホテルも病院も何にも無い!
泊まるんならそこの部屋が空いとる。
この船に泊まっていきなさい。」
獲ってきた魚をつまみに酒を飲んでいたムジェスが、楽しそうに言いました。
ケインは、ムジェスの申し出を受けることにしました。
ケインは、質問を続けます。
「あの地面を覆う白い四角い升は、何なんですか?
あと人影が見えなかったんですが、みんな何処に居るんですか?」
ムジェスの表情が曇ります。
「あれは、墓じゃ…。
この国で、生きているのは、わしだけなんじゃよ…。」
ムジェスは、悲しい顔で、この国の事を教えてくれました…。
…
今から30年前、この国の人口は1万人を超えました。
国が一番繁栄していた時…。
そんな時、恐ろしい疫病が蔓延し、人々は次々に亡くなっていったのです…。
瞬く間に、国土が墓で埋め尽くされていきました。
10年後、特効薬が完成した時、残っていたのは、80歳を超えた、お爺さんお婆さんばかり…。
人口も1000人を切っていました。
残った土地を区割りしたところ、丁度、生き残っている人数分の墓で国土が埋る事が判明。
残された人々は、運命を感じます。
数年が経ち、天寿を全うするお爺さんお婆さん達…、人口は100人を切りました。
すると、ある事件が起こります…。
…
「何が、あったんですか?」
話に聞き入っていたケインが、質問します。
ムジェスは、コップに入った酒を一気に空けると、ドンと机に叩きつけました。
「一人の爺さんが自殺したんじゃ。
その自殺を合図に、みんな次々に自殺していった…。
みんな、最後の一人になるのを恐れたんじゃ。
弔ってもらえない事を恐れたんじゃ。」
ムジェスは、コップに酒を注ぎ、ケインに勧めます。
ケインは、酒を受け取ると一気にあおりました。
酔っていないと聞けない質問をする為に…。
「ムジェスさんは…、なんで自殺しなかったんですか…?」
ムジェスは、棚に置いてあった写真立てを取ると優しい瞳で見つめます。
「婆さんが、ずっと寝たきりだったんじゃ…。
一度、『一緒に死ぬか?』と聞いたんじゃが…。
ボケちまって、ニコニコ笑って…。
うっううう……。」
その時の事を思い出したのか、ムジェスは写真を抱えて泣き出しました。
ケインは、ムジェスのコップに酒を注ぎます。
「お婆さんは…、もう…。」
ムジェスは頷きました。
「10日前じゃ…。
で、運び屋さんにお願いした。
線香と薬を届けてくれと…。
ちょうど切らしたところでな…。」
ケインは話を変え、もう一つ気になっていた事を尋ねます。
「どうして陸に住まないんですか?
墓守が居なくなったお墓を処分すれば、新しい家を建てる事も出来たでしょう。
ホテルや病院を潰す必要も無かったでしょう?」
ムジェスは涙を拭うと酒をあおります。
「この国では、人が嫌がる事をしてはならないと言う決まりがあってな。
これは、死者に対しても適用されるんじゃ。
墓の処分とは、墓守が居なくなった墓を一箇所にまとめる事じゃろ?
例えて言うなら、身寄りの無い老人が邪魔なので、1つの部屋に押し込める…。
同じ事ではないか?
ケイン君の国では、死んだ人間に対して、何をしても良いと言う考えなのか?」
ケインは、決してそんな事は無いと首を横に振ります。
ムジェスは話を続けます。
「墓を見て気付いたかもしれんが、全て同じ大きさ、形で作られておる。
金持ちだから大きな墓、貧乏だから小さな墓…。
死んでからそんな風に分けられたいとは、思わんじゃろう。
死者に対して平等なんじゃよ。
この国は…。」
「だったら、この国は滅びる運命にあったと言う事ですか?
お墓は増る一方、減る事は無い…。
例え疫病が無かったとしても、数十年後には、国が墓で埋ってしまう。」
ムジェスは、頷きました。
「特効薬が完成した時、若者は一人も生きておらなんだ…。
これ以上、人口が増えないよう、神様が私達の事を考えてくれたんじゃないかと思ったよ。
だから土地を区割りした時、運命を感じたんじゃ。
滅びる運命をな…。」
「そんな神様! 居てたまるか!!」
ケインは、コップを机に叩きつけます。
ムジェスは、笑顔を見せるとケインのコップに酒を注ぎます。
「もう良いじゃないか。
久しぶりの客、久しぶりの酒。
楽しく飲もうじゃないか…、なっ。」
納得出来ないケインは、全てを忘れるかのように酒を飲みました。
覚えているのは、ムジェスの笑顔…。
楽しかった頃の話…。
ケインは、いつのまにか眠ってしまいました…。
…
翌朝、ケインは、ベッドに寝かされていました。
美味しそうな匂いで目覚めたケイン…。
食堂へ向います。
…
食堂には朝食と思えないくらいのご馳走がテーブル一杯に並べられていました。
「ムジェスさーん。
おはようございまーす。」
ケインの挨拶に返答は有りません。
ムジェスは、近くに居ないようです。
と、テーブルの上にメモが2枚置かれていました。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
ケイン君、昨夜は楽しかった。
ありがとう。
この朝御飯は、ほんの御礼だ。
食べて欲しい。
そして食べ終わったら、一つ仕事をして欲しい。
なにとぞ聞き届けてくだされ。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
2枚目のメモに仕事の内容が書かれていました。
ケインは涙を流します。
ケインは、テーブルに着くと食事を取りました。
美味しい料理は、涙のせいで塩味しか感じません。
ケインは、食事を終え、涙を拭うと船を降り島へ向います。
地下への入口か?と思った、あの穴へ…。
…
穴は墓穴でした。
穴の底に、ムジェスが横たわっています。
昨夜、見せてくれた笑顔で…。
右手にお婆さんの写真を…。
左手に毒の小瓶を持って…。
ケインは、墓に蓋をしました。
そして置いてあった線香に火をつけると、手を合わせます。
「ムジェスさん…。
安らかにお休み下さい…。」
ケインは、リトルホープ号に乗るとアロヤロ王国を飛び立ちました…。
…
(俺が運んだ薬は、毒薬だったのだろうか…?)
そんな事を思いながら水平線を眺めていると、カサカサと音がしていることに気付きます。
足元を見るとメモが風で舞っていました。
ケインは、メモを掴みます。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
書き忘れてしまったが、君が届けてくれた薬は睡眠薬じゃ。
もしかしたら毒薬を届けてしまったと、悩んでいるかもと思ってな。
わしは、魚しか食っとらんかったじゃろう。
ご飯に混ぜたんで、食べる事が出来んかったんじゃよ。
今朝のご飯には混ぜとらんから、安心して運転してくれ。
では、本当に世話になった。
さようなら、ありがとう。
良い旅を…。
ムジェス
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
ケインは、クスリと笑います。
メモの明るさに救われた気がしました。
ケインは、アクセルペダルを踏み込むとスピードを上げます。
ブルブルブルブル…。
夢8型エンジンが、楽しげなリズムを刻みます。
リトルホープ号は、朝日に向って飛んで行き、やがて見えなくなりました……