勇者魔法を撃つ/奴隷商口調を変える
四人は洞窟の中の魔方陣がある広間にやってきた。入り口に繋がる道の他にもいくつかの道がある。ウルはしばらくあたりを嗅ぎ回ると、そのうちの一つを指し示した。
「……こっちだ」
「匂いとかよく分かるな……」
感心したようにウルを見るロクロウ。
「やはり優秀ですね、彼女は。手元に置くべきだったのでは?」
その隣りで、ムツキがウィルバーに語りかける。
「ま、懐かない以上は仕方ないさ」
ウィルバーは肩をすくめた。
「…………って、いつから居たんだよあんた!?」
ロクロウがムツキに振り向き、驚く。
「洞窟に入ったときからですね」
「まったく気づかなかった……」
「……早く行くぞ」
待ちかねたウルがさっさと先に進む。ロクロウは慌てて後を追い、残り二人は悠々と歩き出した。
暗い道だった。入り口から広間まではオークたちが用意しただろう明かりがあったが、この道にはない。ロクロウは小さな炎を出してあたりを照らした。
「……そういや、話の流れで一緒に行くことになったけど、なんか巻き込んだみたいで悪いな」
暗い洞窟の中を黙って歩くことに耐えかねたのか、ロクロウはウィルバーに話しかける。
「いえ、もともと協力する気でしたから」
「そっか。……あとそうだ、仲間になるって話だけどさ、それならまずその口調をどうにかしてくれ。それが素ってわけじゃないんだろ? むず痒くってたまらん」
「……ふむ? じゃあそうさせてもらうよ」
ウィルバーはロクロウと関係を深める気はなかった。しかしここで反対する理由も利益もない。とりあえずはそれらしい態度で接することにした。
「承りました」
そんな事を考えるウィルバーの横で、ムツキはいつもどおりの態度だった。
「承る気ないな?」
「私はこれが素ですよ。メイドですから」
「マジか……」
*
暗い道の先、魔法陣があった場所よりもさらに広い、ほのかな光に包まれた空間にそれは居た。
4メートルを越す人型の巨体、身体を覆う黒い獣毛、獣じみた相貌に大きな角、翼と尾を生やしたその怪物の名は――
「グレーターデーモンか。最深層の魔族の筈なのだけどね」
陰から顔だけを出していたウィルバーがつぶやく。その彼に、同じように中を覗いていたロクロウが問いかける。
「どういう奴なんだ。いや、想像はつくけど」
「力が強く頑丈で動きが速い、そして魔力が豊富で独自の魔法を使う。だが、なによりタチが悪いのは――」
不意にデーモンが手を高く掲げる。その先に青白い炎の球が現出し、手が振り下ろされるのに合わせ放たれる。向かうのは当然、ウィルバー達の方だ。
ムツキが飛び出し、炎の前に立ちふさがる。刀を抜き放ち炎の球を切り上げると、目前にまで迫っていた熱が嘘のように消え、霧散する。
ウィルバーがデーモンに魔法銃を連射する。デーモンは巨体に似合わぬ俊敏な動きで回避する。その動きを先読みしていたウィルバーは回避先へと弾の一発を放っていた。デーモンの頭に当たり、爆発。肉片があたりに飛び散る。
頭を失ったデーモンの肉体は、しかし倒れない。どころか次の瞬間には頭部は再生し、飛び散ったはずの肉片は消えていた。
「――これだよ。頭がないのに回復魔法が使えるってのは、一体全体どういう理屈なんだろうね?」
「まさか、全身吹っ飛ばさないとダメって事か!?」
デーモンに向けて魔法を撃ちながらロクロウが叫ぶ。デーモンはそれをかわし、あるいは魔法で迎撃。突撃し拳を振り上げる。
「……そうなるな」
ウルがデーモンの拳に対して自らも拳を返す。拳と拳のぶつかり合いで生じた衝撃波に、衣服と毛を揺らしながらウルが言った。
「どうする? 君に出来ないならもう逃げるしかないけれど」
ウルの拳やムツキの刀はおろか、ウィルバーの魔法銃でもデーモンを一撃で倒すのは困難だ。残る手段はロクロウの魔法しかなかった。
「出来る。出来るけど……あんだけ速いとやりづらい」
「了解、足止めだね。行こうか二人共」
「はい、ご主人様」
「お前に言われるまでもない」
打撃の後、後ろに跳んで距離をとっていたデーモンにロクロウを除く三人が走った。
三人に向けて炎の矢が放たれた。威力ではなく数を優先したその攻撃を、ムツキは一つももらさずに切り落とす。接近したところに拳が飛ぶが、それもウルが殴り飛ばす。デーモンは拳と魔法の連続攻撃を繰り出すが、そのことごとくが二人に防がれた。
「……そこだね」
ウィルバーがムチを振るうとデーモンの脚に巻き付いた。このままでは当然、人間レベルの筋力しかないウィルバーは引きずり回されて終わる。ので、ウィルバーはウルにムチの柄を投げ渡す。
「ぬうんっ!」
ウルがムチを力いっぱい引く。頑丈だったムチは引きちぎられることもなくデーモンの脚を引っ張り、姿勢を崩したデーモンが倒れた。ウィルバーはそのデーモンにすかさず魔法銃を連射。弾から開放された冷気はデーモン自体を凍らせることはなかったが、その表面を氷漬けにし動きを封じる。
「今だ!」
「ああ!」
倒れたデーモンに対し、ロクロウは準備していた魔法を発動した。洞窟の地面が盛り上がり、ドーム状になってデーモンを包み込む。ついで内部で炎が燃え上がる轟音。ドームが赤熱する。
「複合魔法か。理論上は可能だけど一人でやるとは。……素晴らしいね。そして羨ましい」
轟々と音を立てるドームを眺めウィルバーはつぶやいた。
やがてドームが崩れ落ちると中から炭化したデーモンが現れる。
「……まさかこの状態で動き出さないだろうな」
ロクロウはデーモンををじっと睨む。少しして動かないことを確認すると、ほっと息をついた。
「っふーー…………終わったか。なんでこんなところにこんな奴が居たんだよ……」
「さあ、話して聞いたり出来ない以上、想像にしかならない。……帰ろう」