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勇者驚愕する/奴隷商赤字になる

 オークを追って走ることしばし、ウィルバーは洞窟にたどり着いた。人がどうにかすれ違える程度の広さの道を警戒しながら進む。いくらか進むとやや広い空間に出た。物陰から様子をうかがう。


 淡い光を放つ魔法陣があった。その中心にはエルフの少女が寝かされている。薄い胸がかすかに上下する様子を見るに、意識はないが生きてはいるらしい。そしてその周りには数匹のオーク。少女を見ながらなにか会話しているようだが、ウィルバーには豚の鳴き声にしか聞こえなかった。


「どうしたものかな……」


 魔法陣を見て、ウィルバーはオークの目的を察する。そしてそれが達成されるまであまり時間はないだろう。止めることが出来るのはウィルバーだけだ。


 ウィルバーは自分の装備を確認する。愛用のムチに、魔法銃、そしてポーチに入ったいくつかの道具。……ムチはオーク相手に使うにはやや力不足か。使いみちがないわけではないが、この状況で求められるのは即座に事を終わらせられる攻撃能力だろう。


 であれば魔法銃を使うべきか。魔術師たちが開発した最新の武器。魔法のこもった弾丸を放つ武器で、オーク程度ならば一撃で倒す威力を持つ。……しかしこちらにも問題はある。高いのだ。弾の一つ一つに魔法を込める手間がある以上、必然的に値は上る。


 ウィルバーの価値観において最も優先されるものは、まず自分に利益があるかどうかだった。感情を抜きにすれば、現状エルフの少女を助けることによりウィルバーに生じる利益は、ほぼない。報酬など望める訳もなく、勇者のウィルバーに対する心象を考えるにしろ、素知らぬ顔をしていれば大きな問題にはならないだろう。


 そもそもこうしてオークを追ってきたこと自体が深入りだと言えた。まして、安くないコストを払うとなれば、それはウィルバーのポリシーに反する。


「……ま、仕方ないかな」


 少女とオークに背を向ける。ここまで来た道には、今のところ他のオークがやってくる様子はない。それを確認すると、ウィルバーはポーチから球状の物を取り出し、背後の空間に投げる。


 球は着地と同時に弾け、またたく間に煙が溢れ出す。煙幕だ。オークたちが驚きの鳴き声を上げる。


 記憶を頼りに、煙の中をウィルバーは少女に向かって走る。見つけ次第に抱えあげ、即座に反転。煙を抜け出し出口へと向かう。


 あまり広くない道を、洞窟の岩壁に少女の頭や手足が当たらないように気をつけて走る。やがて出口の光が見えてきた。……その光を影が遮った。オークだった。いくらか傷を負っているものの動作に支障はなさそうだ。むしろ傷の痛みで興奮している分、普段よりも厄介かもしれない。


「……結局、赤字か」


 魔法銃を抜き放ち、撃つ。弾丸から冷気が溢れ出し、一瞬にしてオークの体が凍りつく。そうして出来上がった豚の氷像を蹴り砕くと、ウィルバーは洞窟を抜け出した。


「――アンタ、こんなところにいたのか!」


 洞窟を人々が取り囲んでいた。ロクロウにウル、そしてリズを含む武装したエルフたち。さっきのオークはあの時の足止めのオークだったのだろう。結局敗走し、この洞窟まで逃げ込んできたのだ。


「ちょうどいいところに。この奥からオークが来るはずです」


「そうか、任せてくれ!」


 剣を抜きやる気を見せるロクロウ。勝敗は、戦う前には決まっていた。





 戦いが終わると、少女はエルフの一人に背負われて村へと帰っていった。


「本当にありがとうございました! あなたが居なければあの子はどうなっていたか……」


「いえ……それより、普段は村にオークが近づくことはないそうですね」


 頭を下げるリズを制してウィルバーは質問した。


「はい。だから、というのは言い訳になりますが、そのおかげで油断があったのでしょう。まさか村にまで来られるなんて……!」


 リズは悔しげな顔をする。しかしウィルバーはそれには気を向けずにつぶやく。


「ふむ。……となると、やはり黒幕がいるかな」


「黒幕?」


「ええ、この奥に魔法陣があります。おそらくは魔物化を促進するものかと。オークに扱えるものではないでしょう」


「魔法陣を描き、オークたちに指示した者がいると……?」


「はい」


「……ちょっと待ってくれ」


 リズとウィルバーのやり取りに、ロクロウが口を挟む。


「どうしました?」


「ちょっと気になるんだが……いや、ひょっとしたら気のせいかもしれないけどさ。さっき魔物化を促進するって言ってたけど、その言い方だとまるでやらなくても魔物になるみたいに聞こえたんだが……」


「あ……」


 リズが気まずそうに目をそらす。


「……実際、魔物になるぞ」


 今まで黙ってロクロウのそばに立っていたウルが口を開いた。


「ウル、どういうことだ?」


「そっちのエルフは気を使ってたのか何なのか言わなかったから私がいま言う。このダンジョンに飲み込まれた生き物はいずれ魔物になる」


「な、それじゃ」


「なんで外に出ていかないのか? 土地ごと飲み込まれればその場所に囚われる。だからこうしてここで暮らす」


 ロクロウが言いかけた質問にウルは先回りして答えた。


「……マジかよ。じゃああのオークは……」


 一連の事実にロクロウは言葉を失った。


「……ええ、ですから彼らを止めるのは私達の役割です。情報提供ありがとうございました、あとはこちらでやります」


「……それも待ってくれ、俺も手伝う」


「勇者様、人には役割というものがあります。私達の役割が彼らを止めることならば、あなたの役割は世界を救うことです。これ以上、お手間を取らせるわけにはいきません」


 リズの言葉に、ロクロウは首を振った。


「リズ、俺が勇者をやってるのは別に頼まれたからってだけじゃない、やるべきだと思ったからだ。世界を救うのも、後ろで糸を引いてた奴を倒すのも、俺はどっちもやるべきことだと思ってる」


「しかし……」


「少し意見をよろしいでしょうか」


 ウィルバーが小さく手を挙げる。ロクロウとリズの視線が自分に向いたのを確認すると、ウィルバーは話しだした。


「勇者様の役割が世界を救うことというのはわかります。早く事を終わらせられれば、ここのエルフたちを含めより多くの人が助かるのですから。ですがあの魔法陣を描いたのはおそらくより深層から来たもの。現実問題としてリズさん達では手におえないのではないでしょうか」


「それは、そうですが……」


 さらにウルが一つ付け足す。


「それに、敵の居場所はどうやって探す。私なら魔法陣に残った匂いでわかるだろうが」


 リズは少しの間うつむき悩んだ様子を見せたが、やがて結論を出したのか顔を上げる。


「……わかりました。心苦しいですがこの件、皆様におまかせします」


「……ああ!」


 力強くうなずくロクロウを見ながらウィルバーは思った。――早く進んでほしいから、さっさと倒して終わらせてもらおうとしたけど、これでまた出費が増えるなあ。

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