勇者相談する/奴隷商走る
「いま聞きたいことはだいたい聞いたかな。そうだ、見回りに行くんだったな。俺も行こうか?」
「いえ、これは私達の役割ですから。……では失礼しますね」
リズは弓を持って小屋を出ていった。
「ふむ、では我々も少し用事があるので」
ついでウィルバーとムツキも小屋を去る。小屋の中にはロクロウとウルだけが残された。
「……なあウル」
「なんだ」
お茶と水を混ぜて味と熱さのバランスを模索していたウルに、ロクロウは尋ねる。
「あの二人、仲間になってくれるって言うけどどうなんだ? 実力とか、信用できるのかとか」
特に信用できるかどうかが大事だった。最初の日にウィルバーがセールスポイントの一つにしていたように、信じられない人間は仲間足りえない。
「メイドの方は私くらいには出来る。奴隷商の方はいまいちよくわからないが、いろいろ妙な道具を持ってるようだ」
「……強いのか、あの人」
茂みから出てきた時、ウィルバーは武器も構えず自然体だった。戦いの場に来たにしては無防備だったが、何が起きてもムツキがなんとかすると考えていたのであればおかしくはない。あのオークを仕留めた苦無を投げたのも彼女なのだろう、とロクロウは納得した。
「信用できるかは……少なくとも、魔王を倒すまでは出来るだろう。あの男は自分に利がある限りは裏切らない。世界が滅びればあいつも困る」
考えてみれば当然である。世界が滅びて得する人間なんてものはいない。よほどおかしい人間でなければ、協力するかはともかく邪魔をしてくることはないだろう。……でも魔王を倒してからは信用出来ないのか。仲間にするにしてもちょっと距離を取るべきか? ロクロウは悩んだ。
「そうか。……そういや、ウルはウィルバーの事を嫌ってたけどなんでなんだ? あんま嫌なら仲間にってのは断るけど」
「あいつの魂は腐った魚みたいな匂いがする」
「思ったよりスピリチュアルな理由だな!?」
性格が悪いとか嫌なことされたとかではないらしい。しかし、とロクロウは考える。ウルの獣化能力が獣の霊を取り憑かせるという霊的な技術である以上、彼女の持つそういった方面の嗅覚を無視することはできない。
「別に我慢出来ないほどじゃない。お前がいいなら私もいい」
「じゃ、あとは俺次第ってことか。うーん……」
現状のロクロウはウィルバーのことをなんか微妙に信用できない人、としか評価しようがなかった。確かに仲間は欲しいし裏切る理由なども思い当たらないのだが、どうにも腹に一物ありそうなのだ。
悩んでいると、不意にウルの被った狼の毛皮の耳がピンと立った。思わぬ物が動く姿にロクロウはぎょっとした。
「外が騒がしい」
「外が? なにかあったのか……!」
ロクロウはテーブルの足に立てかけておいた鞘を掴み立ち上がる。
「行くのか」
「ああ!」
*
「ではご主人様」
「ああ、頼むよ」
小屋を出るとムツキは森の中へ駆けていった。次の階層までの道の確認、そして障害の排除に行ったのだ。ロクロウがウィルバー達を仲間にするにせよしないにせよ、現状の計画ではこのダンジョンの攻略は必須だった。
第一階層ならばムツキ一人でも十分だろう。そう考え別れて行動することにしたのだが……いまウィルバーがやることはせいぜい勇者たちの様子見くらいなもので、端的に言って手持ち無沙汰だった。ウィルバーはどこを目指すこともなく村を散策する。
「……ん?」
ふと視線を向けた方にエルフの子供を見つける。どうやら村の外れにまで行く気らしい。
「おーい君」
「……おにいさん、なに?」
女の子だった。不審げな視線をウィルバーに向ける。基本的に初対面の人間にはこういう目で見られるウィルバーは、特にひるむこともなく言う。
「あまり村から離れないほうがいい。オークに会ったら大変だ」
「オークなんてここまでこないでしょ?」
エルフ達の普段の見回りの成果か、どうやら村の近くにオークが来ることはないようだ。
「……じゃあ、人さらいに会ったら大変だ」
「それっておにいさんのこと?」
「…………」
当たらずとも遠からず。妙なところで正直者なウィルバーは少し答えに困ってしまった。
「もう、オークも人さらいもでないからほっといてよ」
エルフの少女は走り去っていった。その後姿を見ながらウィルバーは嘆息する。
「やれやれ、子供は元気だな。僕も昔はあんな感じ……あんな感じ? いや、あんな感じではなかったか」
過去に思いを馳せそうになるウィルバーだったが、彼にそんな過去はなかった。そうして意識が一瞬、思考に向かった時だ。
少女の側の茂みから一匹のオークが姿を現す。少女が悲鳴を上げるものの、すぐに口元を抑えられ捕まる。
「……む」
武器を構えかけたウィルバーと少女を捕まえたオークの間に、別のオークたちが立ちふさがった。その後ろで少女とオークの姿が森のなかに消える。
「計画的犯行、しかし妙だね」
村にオークが近づくことはないと少女は言っていた。しかも今日は何匹もの仲間が倒されたばかりだ。警戒して村に近付こうとは思わないのではないだろうか。
思考するウィルバーの後ろで声が上がる。どうやら悲鳴に気づいた村のエルフたちがやってきたようだ。
「なら、こうするべきかな」
オークたちに向かってウィルバーは走る。その姿を見て獲物を振り上げるオーク。しかしそれが振り下ろされる前にオークの股の間をスライディング、そのまま森へと向かう。オークは追おうとする素振りを見せるが、やってくるエルフ達がそれを許さなかった。
急いでいるのだろう、森には少女を連れたオークの痕跡がはっきりと残っていた。その先を見れば僅かに後ろ姿が見える。ウィルバーに気づく様子はない。ウィルバーは音もなくオークを追って走った。