勇者質問する/奴隷商冷たい目で見られる
爆風から逃れたオークは最後の一匹だった。一同は落ち着いて話のできる場所に案内するという(ロクロウ視点では)暫定エルフの女性に連れられ、森の中の村にたどり着いた。
木造の家屋が並ぶ素朴な印象の村だった。そこには女性と同じ長い耳の人々が暮らしていた。見知らぬ人間を連れた女性を横目で少し見ては通り過ぎていく。
そしてロクロウたちは村の端にある小屋の中に入った。皆が席につくと耳の長い女性が人数分のカップを取り出しお茶をいれ始める。
「では、まず私から自己紹介を。私はリズ、この森に住むエルフの一人です。森の見回りをしていたところ、オークと戦っているあなた達を見つけ加勢いたしました」
お茶を配り終えると耳の長い女性が名乗った。ロクロウの中で暫定エルフが確定エルフに変わった瞬間であった。
「俺はロクロウ。勇者をやってる。ここの奥に魔王がいると聞いてここに来たんだ。あ、こっちは仲間のウル」
「ん」
正確を期すならば奴隷と紹介するべきだったが、ロクロウはウルを奴隷として扱う気はあまりなかった。それをわかっていたためウルも特に訂正せずにうなずき、お茶に息を吹きかけ冷まし始めた。訂正するのが面倒だったというのもあるのだろうが。
「なんと、あなたが勇者様でしたか。最近召喚されたばかりだそうですね。この世界にはもう慣れましたか?」
「まあまだわからないことが多いかな……」
ほんの数日前のことだというのにロクロウのことはダンジョンの中にまで伝わっていたらしい。意外に情報が早いな、とロクロウは少し驚く。
「さて、私の番ですね。私は商人のウィルバー・リトル」
「従者のムツキです」
「……リトル商会の方ですか。お噂はかねがね」
エルフの女性、リズのウィルバーを見る目の温度が一段下がった。ウルは下がらないお茶の温度に四苦八苦していた。
「ロクロウ様とは少し縁があったのですが、その時は勇者とは知らなかったものでして。召喚された勇者が彼だという話を聞いて、お手伝いをするためにこうして追ってきたのです」
「ん、仲間になってくれるってことなのか?」
「ええ、よろしければ」
「うーん……」
ウィルバーからの申し出にロクロウは唸る。仲間が増えるのは嬉しいが、なんせ相手は奴隷商だ。リズの彼を見る視線は冷たいし、ウルからは嫌われている。果たして信用していいものか。
「ああ、答えは今でなくても構いませんよ」
「じゃあ、相談して考えることにするよ」
まずはウルにウィルバーの人柄などを聞いてみることにしよう。ロクロウはひとまずの方針を決めた。
「さて、ではそうですね……事情はわかりました。この小屋は自由に使ってください。他になにか話す事がなければ私は見回りに戻りますが……」
「あ、ちょっと待ってくれ。まだこのダンジョンの事がよくわからないんだ。少し質問してもいいか? 長くなるかもしれないけど」
ロクロウは席を立ちかけたリズを呼び止める。
「いいですよ。私達にはここに来た人への説明役としての役割もありますから」
「そっか。じゃあ、まずここってなんなんだ? なんだか不思議な事が起こるけど、これが普通ってわけじゃないんだろ? さっきこの森に住んでるって言ってたけど、ずっとこのダンジョンで暮らしてるのか?」
その質問にリズは少し困ったように笑った。
「普通、ではないですね。……私達はずっとこの森とともに暮らしてきましたが、このダンジョンで生きるようになったのは数年前のことです」
「……どういうことだ?」
「このダンジョンは、世界を飲み込むのです」
「世界を……?」
話を聞くロクロウの横でウルはまだお茶に息を吹きかけていた。
「ええ。……このダンジョンが現れたのは数十年前のことです。かつて街があった場所が、一夜にして大穴へと姿を変えていたのです」
ウルがお茶に口をつける。が、まだ熱かったのかすぐに離す。口を抑えるウルにムツキは水を差し出した。
「大穴に? それが世界を飲み込むってことなのか」
「はい。今大穴がある場所にかつてあったものがダンジョンの中に移ったのです。時間が経つに連れて大穴は別の場所にも現れていき、その度にこのダンジョンは深さを増していきました」
水を飲み熱を冷ますウル。彼女はなにを思ったのか残った水をお茶に注ぎ始めた。
「そして大穴からは魔物が溢れ出し、世界の秩序は乱れていき……今に至る、という訳です」
「なるほど……確かに、放っておけば世界が滅びそうだ」
世界の実情を知り真面目な顔をするロクロウ。
「味が薄い……」
「水入れましたからね」
真面目な空気を醸し出す二人とは真逆に、ウルとムツキは極めて呑気していた。