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勇者ダイビングする/奴隷商助ける

「ここが魔王がいるっていうダンジョンの入口か」


 旅に出て数日後の事。ロクロウはダンジョンの近くに作られた街に宿を取るとすぐさまダンジョンに向かった。


「……マジか、マジでこれが入り口なのか!? 実は担がれてるんじゃないだろうな!?」


「ここで間違いないぞ」


 困惑するロクロウと頷くウル。二人の目の前には巨大な穴があった。相当な深さがあるのか底には暗闇が広がっている。ちょっとした山ひとつ分の質量を使っても埋めることのできないであろう大空洞、そのへりの部分に二人は立っていたのだ。


「入らないのか」


「入るったってどこから行くんだ? それっぽい道見当たらないんだが」


「飛び込む」


「俺に死ねと!?」


「ダンジョンに入ったくらいで死んだ奴はいない」


「ええ……頑丈すぎんだろここの住人」


 引き気味なロクロウに対してウルは呆れた目を向ける。


「途中で減速するんだ。魔法か何かだろう」


「ああ、ああ……なるほどそういうやつか」


 昔やったゲームでそんな場面があったな、とロクロウは思い出す。その場面はチェックポイントを通って落下までに減速するミニゲームになっていた。ゲームの主人公はロクロウの操作ミスにより一度地面のシミになる羽目になった。……何故思い出してしまったのか。


「わかったら行くぞ」


「いや、ちょっと心の準備が」


「せいっ」


 この期に及んで尻込みする勇者に業を煮やしたウルは、穴に向かって彼を突き飛ばした。


「っぎゃあああああああ!?」


 悲鳴を上げてロクロウは穴に落ちていった。それを見て一つ首肯するとと、ウルもまた穴に向かって飛び込んでいった。





「ここは……」


 顔をくすぐる草の感触に、気絶し仰向けに倒れていたロクロウは目を覚ました。上体を起こしあたりの確認をする。森の中だった。木漏れ日が彼を照らしていた。


「……まさかまたどこかに飛ばされたとか言わねえよな」


「ダンジョンの一層目だ」


 背後から少女の声。振り返ってみればウルがロクロウを見下ろしていた。なるほど、彼女がいるのならば目的どおりにダンジョンに入ってこれたのだろうと納得する。


「しかし……」


 ロクロウは上を見る。木々の隙間から晴天の青空が見えた。空はどこまでも広がっていて、先程まで立っていた岸壁など影も形もなかった。


「……どうやって帰るんだ?」


 壁を登るのは困難だが不可能ではない。しかし登る壁そのものがなくてはどうすればいいのか? ロクロウは頭を悩ませた。


「……起きて早々だが悪い知らせがある」


 そう言い周囲を睨むウルの体を獣毛が覆っていく。彼女の一族ベルセルクに伝わる獣化の術だ。獣の霊を宿し自身の戦闘力を向上させる技術。つまりウルは今戦闘態勢に移ったということであり――


「囲まれている」


 周囲の木の陰からのそりとそれらは姿を現した。緑色の肌、太く筋肉質の肉体、二足歩行で手には棍棒、そして頭は人でなくイノシシ。


「まるでオークだ……」


「実際オークだぞ」


 十数匹のオークが二人を取り囲んでいたのだ。


 ロクロウは急いで立ち上がり下げていた長剣を抜き放つと、ウルと背中合わせに立ちオークたちをにらみ回す。


「クラッカーでお出迎え、なんてのは期待してなかったがいきなりこれは剣呑すぎやしないか?」


 オークへ話しかけるロクロウ。しかしオークは彼と話す気はないのかあるいは話せないのか、フゴフゴと鼻を鳴らしながら包囲の輪を狭めていく。じわじわと彼我の距離は縮まっていった。


「っふん!」


 最初に攻撃を繰り出したのはウルだった。踏み込み、まっすぐに拳を突き出す。ただそれだけの単純な動きだったが、獣の速さのその一撃をかわすことは叶わず、最も近くに居たオークの体が宙に舞った。


 小柄な獲物が見せた思わぬ力にオークたちの間に動揺が広がっていく。


「おお、本当に強かったんだなウル!」


「そっち行ってるぞ」


 ロクロウは後ろにそれていた意識を正面に向け直す。ウルの言葉通り、オークの一匹がこちらへと突進してきていた。それを危なげなくかわし、通り過ぎ様に胴を薙ぐ。少しの手応えの後、オークの体が二つに別れた。


「これなら……!」


 今までのロクロウにあった剣を握る機会など授業で使った竹刀ぐらいなものだった。しかしオークの体は実にあっさりと切り裂かれた。これは王様にもらった剣が良い品だったというのもあるが、それ以上に神の加護によるものが大きいだろう。


 転移の際に神から加護をもらったロクロウの体は強く、そして軽快に動くようになっていた。しかしこれは副産物のようなものであり、本来加護によってもたらされるのは別の力だ。軽々と決まった初撃に勝利を確信したロクロウは、その力をオークたちで試すことにした。


 手を上げ、オークに向けてかざす。その先に熱が集まっていき、やがて火の玉へと姿を変える。魔法。この世界の神々に力を借りる事で成される奇跡の術。それを行使しているという事実に、ロクロウの口元に自然と笑みが浮かぶ。


「吹っ飛べ!」


 火の玉がオークたちに向かって飛ぶ。着弾。あたりを熱と衝撃が吹き飛ばす。巻き起こる炎と煙がロクロウの視界を埋め尽くす。


「……やりすぎだな」


 背後、近づいてくるオークたちを黙々と殴り倒していたウルがぽそりと呟く。と同時煙の中から一匹のオークが姿を現す。ススに塗れていたが傷はない。


「やべっ――」


 仲間を盾にして生き残っていたのか、と頭の冷静な部分が分析する。そしてそれとは別の部分が、考える前に今にも棍棒を振り下ろしそうなこの豚をどうにかしろと訴える。その訴えを受け入れた体が動き出すその寸前だ。


 不意に飛んできた矢がオークの右腕を貫いた。オークが棍棒を取り落とす。直後、矢が飛んできた方向の反対から苦無が飛来、オークの左側頭部に突き刺さる。オークの動きがピタリと止まると、膝から崩れ落ち倒れた。


「おや」


「ふむ?」


 オークの死体を挟んで左右の茂みから人が現れた。左からは弓を持った耳の長い女性。そして右からは数日前に出会った金髪の奴隷商と、ロクロウは見知らぬ黒い髪のメイド。ウィルバーとムツキだ。


「えーと……とりあえず、ありがとう?」


「いえいえ、勇者様には余計なお世話だったかもしれません」


「……なんでここにいるんだ?」


「我が商会は充実のアフターケアがモットーですから」


 前にあったときと寸分たがわぬ笑顔で奴隷商は答えた。

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