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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅰ 溺れる者たち
99/226

1-4


 ヴァルツォンが投獄されていたのは、地下牢の中でも最奥の東端。彼と共謀していると思われているなら、なるべく遠くの牢に入れられているだろうと西側の牢を調べるが――。

「どこだ……、イゼッタ!」


 看守が応援を呼ぶ前に手刀で沈め、囚人たちが放り込まれた牢を一つ一つ確認していく。

 胡乱げな視線、奇異な眼差しを向け、煽り囃し立ててくる極悪犯を無視し、友人の姿を隈無く探すが――見つからない。


 何故だ。

 自分と同じように投獄されているはずだ。

 それとも……違うのか?


 首筋を流れる汗が冷たく感じる。

 ぞわりと悪寒が背中を撫でた。

 そのときだ。


「―――いやはやお困りでしょうかぁ? 元帝国騎士団長ヴァルツォン・ウォーヴィス様」


 ハッと振り返り様に抜剣して剣先を向けると、怪しげな人物が両手を挙げて立っていた。

 しわくちゃな顔に下卑た笑みを携えた、小柄な体躯の老人。彼の名前を口にするよりも先に、老人が自ら名乗った。

「わたくしですよ、マーシュンでございます」

「……情報屋が何故ここに」警戒は解かずに剣を鞘に納める。


「おや、ここは捕らえた囚人を閉じ込める場所ではありませんか」

「捕まったのか」

「依頼人に難癖つけられましてね。こういう仕事してるとトラブルは付きものですしねぇ」

 どうせ高額な依頼料請求の他に恐喝まがいなことして金をむしり取ろうとでもしたのだろう。

 この男は情報屋としては優秀だが、いかんせん性格がクズ過ぎる。


「でもヴァルツォン様のおかげで、どさくさに紛れて脱獄に成功した次第です」

 ありがとうございますぅ、と悪びれる様子も無く下卑た笑みを深くした。

 本来なら問答無用で再び牢にぶち込んでやりたいところだが、今やヴァルツォンも立派に脱獄犯。もう騎士団長ではなく、犯罪者なのだ。

それにマーシュンが意味もなく現れるわけがない。


「――御託はいい。イゼッタの居場所が分かるのか」

「ええ、ええ勿論でございますとも!」

「…………金はないぞ」

「では――ヴァルツォン様の知る情報を3つ下さいませ」


 情報?

 訝しげに眉を顰めると、彼はただ質問に答えてくれるだけでいいと言った。


「まず1つ目。クローツ・ロジスト様が現在行っている研究について、なにか知っていることはございませんかぁ?」

「クローツの研究……?」


 魔術への造詣が深い彼が、親衛隊副隊長でありながら独自に魔術開発や研究をしていることは知っている。ただヴァルツォン自身、魔術師としての素質がないから魔術が使えないので、あまり彼の研究に興味を持ったことはなかったが――。


「詳しくは知らないが、確か『勇者の証』について調べていると聞いたことはある」

「ふぅむ、やはりそうですか……。なんとも愚かな」

 マーシュンは珍しく冷めた眼差しでそう呟くと、「では2つ目です」と続けた。


「ヴァルツォン様は何度か魔族と相対したことがあるみたいですけど、魔王との面識はあるんです?」

「いや、ない。そもそも魔王が出てきていたら俺はとっくに死んでいる」

 魔王を倒せるのは勇者だけだ。その勇者も、もういないわけだが。

 ――――?

「待て、マーシュン。そういえば(・・・・・)魔王は(・・・)どうしている(・・・・・・)?」


 魔王軍をほぼ壊滅せしめた状態で自殺した勇者リウル。

 クローツの魔術提供によって各地に結界が整備・強化され、ある程度は魔の者たちへ抵抗出来る状態になってはいるはずだ。

 しかし魔王にとって天敵である勇者はもういない。彼が自殺して、もう生き残った魔族を引き連れて、暴れ回っていてもおかしくはない。

 なのにそんな様子もない。


 今の今まで気づきもしなかった違和感に、ヴァルツォンは戦慄した。


「……魔王は勇者と相打ちになって死んだというのが一般的に開示されてる情報なんですけどねぇ」

「御託はいい、と言ったはずだ」

「分かりましたよ。本来であれば情報料もらうとこですけど、どうせここから出れば分かることなので教えましょう。――結論から言えば、魔の者たちは沈黙しているようですよぉ?」

「何?」


「実質、停戦状態。残念ですがいくらわたくしでも【魔界域(ラグラ)】には潜り込めないので、あちらさんの動きは分かりかねますけどねぇ。帝国は魔の者が戦力強化して、一斉に襲いかかってくるのではと準備しているようです」

「準備――」

 先ほどクローツが言っていた「これ以上“こちら側”の戦力を削ぐわけにいかない」という発言はこういうことだったのか……?


「――ヴァルツォン様、最後の質問宜しいです?」

「あ、ああ……」

 色々と疑問はあるが、とりあえず今はイゼッタを助け出すことが最優先だと頭を切り替える。


「では、3つ目。知っている『魔法師』の方を紹介して欲しいのですがぁ」

 その問いにヴァルツォンは目を細め「それを教えることは出来ない」と首を横に振った。

 ――魔法師は希少な存在だ。その“特異な力(魔法)”を悪用する者が少なからずいるため、帝国では「魔法師の情報」は秘匿されている。

 例えイゼッタのためといえど、他人の事だと教えることは出来ない。その人物の人生を左右してしまうかもしれないのなら尚更のこと。


「やはりガード堅いなぁ! まぁいいです、これはさすがに聞けるとは思ってませんでしたし、情報料取り過ぎでしたしねぇ」

「……」げへへと笑うマーシュンに殺意が湧いた。

そんなヴァルツォンの様子すらおかしそうに笑みを浮かべながら「――あ、イゼッタ・モーディ様の居場所ですが」と不意に口にした。

「!」


「『尋問室』にいますよ。三日前からずっと、監禁状態のようですねぇ」

 三日前から……尋問室、だと?

 何故と疑問に思うよりも先に体が動く。尋問室はそこまで遠くはない。

 お気をつけてぇ~、と手を振って見送るマーシュンを無視し、再び走り出した。


***


 尋問室のドアを開けた瞬間、鼻につくニオイと光景に思わず眉を顰めたガロ・トラクタルアースは問答無用で抜剣し、人影に群がっている二人の兵士の首を刎ね跳ばした。

 狭い部屋に赤い血しぶきが飛び、力を失って倒れ込もうとしていた兵士の体を蹴って壁に寄せる。


「助けたつもり、ですか」

 震える女性の声に、兵士のマントを奪って彼女に投げて渡した。

「残念だけど、俺が君を助けることは絶対にないなぁ」

「そうでしょうね」と彼女――イゼッタ・モーディはマントに己の裸体を隠すように纏い、震える体に鞭打ってなんとか立ち上がると、警戒するようにガロと対峙する。


「……その様子だと、俺のこと(・・・・)知ってるみたいだねぇ」

「辱めの次は殺しにでも来たの?」

「死んだ方が楽になれるよ」

「――選ばせてくれるんですか?」


「いや」首を横に振り、ガロは背けていた顔をイゼッタへ向けた。

「君はあくまでヴァルツォンの枷で、殺しちゃったら利用出来ないじゃん」

「……殺せないから、そんなにつまらなそうな顔をしているの?」

 つまらなそうか、と彼女の言葉に自嘲する。


「そうだね、つまんないかなぁ。俺は戦うのが好きであって、こういうやり方は好きじゃないんだけど“あの方”の命令なんでねぇ」

「武神と呼ばれる貴方が、どうして……!」

「どうして従うのかって? そんなの、従わざるを得ないからでしょ」

 ガロの言葉にハッと何かに気付いた彼女の反応に、なるほどあの方の反感買うわけだと懐から一枚の紙を取り出しながら、イゼッタへ近づく。

 彼女は複雑そうな表情を浮かべながら後ずさり、すぐに壁へと背中をつけた。


「牢に入ってたのに、すごい情報収集能力だね。それに察しも良い。さすが若くして宰相に昇りつめただけはあるよねぇ。そのまま帝国の言う通りにしてればこんなことにならずに済んだかもしれないのに」

 ガロが取り出した紙はイゼッタが牢獄で書き綴ったものだ。


 勇者リウルの、本当の死の真相。100の巡りに異を唱えたその手紙は、彼女に協力してくれた看守や兵によって各地にばらまかれたはずだ。

 これで少しでも帝国の、この世界の在り方に疑問を持つ者が増えれば。

 ――これ以上、犠牲者はいらないのだから。


「ふふっ、種は蒔いたわ。――ざまあみなさい!」

 この状況で不敵に笑みを浮かべるイゼッタ。

 だが。

 それこそ『教会』の思い通りだと知ったらどう思うのだろう。

 まぁ言わないけど、と手紙を放り捨てたガロはイゼッタの目と鼻の先に立つ。


 近くで見ると分かる。彼女はまだ震えていた。

 なんとか気丈に振る舞っているが、やはり怖いのだろう。可哀想に。


 ――可哀想に、か。


 今から自分がすることの方が、きっと先ほどの欲に溺れた兵士たちよりよっぽど酷いことなのに。同情なんて。

 兵士たちに辱められたときに壊れてくれていれば、まだマシだったろうに。


「ごめんねぇ、宰相様。永遠に『罪悪感』の中で眠っててね」

 ガロの紺色の瞳が黄金色に変わり、それを直視していたイゼッタは息を呑む。

「っ、あ?」そして力が抜けたように膝から崩れ、胸元と頭を押さえた。


「え。な、に。これは……何?」

 イゼッタの脳内で、彼女の記憶が再生される。

 それはここ最近のものだ。


 この尋問室に連れられて、男たちに良いようにされた自分の姿。

 それから牢の中で必死に手紙を綴り、それを配るように顔なじみの兵や看守に頼む自分の姿。

 だけど違うすれば――。


「ひっ、ぃ!」

 首を刎ねられた兵たちの痛みが、死にたくないという感情が。

 顔なじみの兵や看守たちがそれぞれ拷問を受け、惨殺された痛みと感情が。


「ぁ、ああぁぁ………っ」

 彼らにも家族がいたのに。想い人がいたのに。

 死んだ。

 死んだ。

 私のせいで。


「ぁぁあああああああああああああああぁぁぁああああああぁっ!!!!」


 任務だったから。痛イ。仕方なくやったのに。

 痛イ。殺されるなんて。痛イ。死にたくなかったのに。

 頼まれたから。友の頼みだから。痛イ。恩人だから。痛イ。


 痛イ。きっとバレない。大丈夫。痛イ。死にたくない。痛イ。痛イ。

 なんで、痛イ、こんなことになった。痛イ。助けて。痛イ。

 痛イ。痛イ。助け痛イ。死にたく痛イ。


 こんな痛イことなら痛イ。痛イ。ただ痛イこれだけの痛イことで痛イ。

 痛イ殺され痛イ死に痛イいやだ痛イたすけ痛イもう痛イ。


「ぁぁぁあああっ! あああああっ! あああああぁぁぁぁぁあああああああっ!!」


 頭を抱えて蹲り「痛イ、痛いよ……痛イ、私のせいで、痛イ、ごめんなさ……っ」虚ろな瞳で譫言を呟くだけになったイゼッタの様子を確認し、さっさと部屋から出るかと踵を返したときだ。

 がちゃ、とドアが開き――ヴァルツォンが一瞬動揺したように瞳を揺らしたかと思えば、すぐに抜剣してガロへと突っ込んできた!


「ガロ、貴様ぁぁぁぁああああああああッ!!」

「ありゃりゃ、君が来る前に退散しようと思ったのに。ちょっと話し込んじゃったかなぁ?」


 あはは、と笑いながら剣でそれを防ぐと、すぐに身を引いて体勢を整えたヴァルツォンはそのガタイの良さからは想像出来ないほど素早い剣戟を繰り出してきた。

 それをいなしつつ、ガロは少しずつ昂ぶってきた闘争心に唇をぺろりと舐めた。

 ――愉しくなってきちゃったなぁ、どうしよ。


 元とはいえ騎士団長だっただけのことはある。怒りと憎しみに満ちた炎を瞳の中で滾らせながら、それなのに繰り出される剣技は隙もなく研ぎ澄まされている。

 ガロの変幻自在な双剣術も普通に防がれてしまう。さすがガ―ウェイ・セレットの弟子!

「殺しちゃダメとか言われてるんだけどなぁ! いいよねぇ、すっごくいいよ! ちょっと遊んであげ―――」


 ――<ダメよ?>


 その声が脳裏に響いた直後、一気に気分が萎えて冷めていくのが分かる。

 ――<分かっているでしょう? 戻ってきなさい、まだそのときではないのだから>

「……」

 思わず舌打ちをし、ヴァルツォンの剣を弾いたときここだと魔力を練る。ちりん、と首に提げていた鈴が鳴り響いた。


「“変換領域(フォウル・レギオン)”」


 刹那、彼を中心に世界が揺らぎ――ヴァルツォンはガロの姿を一瞬見失った。

 だが、ガロのこの術はあくまで認識を阻害するもので本当に姿を消しているわけではない。

 すぐにガロの姿を視界に捉えたが――

「な!?」不意に彼が投げて寄越したのは、意識を失ったイゼッタだった。慌てて抱き留めたとき、その足元に魔術紋陣が浮かび上がる。


「【簡略展開――転移術式、発動】。……ばいばい、お二人とも。達者でねぇ~♪」

「っ、どういうつもりだガロ!」

 わけが分からないとヴァルツォンが吠えた直後に、二人の姿は消えてなくなった。


 市街地のどこかにランダムで飛ばしたが、まぁ彼なら上手くやるだろう。

「どういうつもりも何もないよ。――俺たち(・・・)はただ、戦争がしたいんだ」

 戦争を盛り上げるための布石を準備しているだけ。

 そのために余計なことを知った人たちには口を噤んでもらって、利用出来るものは利用するだけなのだから。


 ***

 

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