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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅰ 溺れる者たち
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1-3




 今でも夢に出てくる――たくさんの魔物と魔族の亡骸の山。その頂で死んだ勇者リウル・クォーツレイの姿を。




 そもそもヴァルツォンはそれほど彼と関わったことはなかった。

 あの頃は魔の者たちと戦争していたし、隊長であるヴァルツォンは部下や国を護ることに必死だったからだ。


「――ねぇ、ヴァル。やっぱりおかしいと思うの」


 リウルが勇者として任務を遂行するようになって数年、仕事が減った彼の前に現れたのは友人でありこの帝国の宰相の一人であるイゼッタだった。

「フィアナ様も違和感を覚えてるみたい。……まるで意図的に勇者を追い詰めているように感じるわ」

 「またそれか」溜め息をこぼしながら念のため部屋全体に意識を拡散させる。気配はない。魔力も感じない。聞かれた様子はないだろう。


 一応ここはヴァルツォンに宛がわれた個人部屋(プライベートルーム)で、そういう結界を巡らせているのでその心配はないが、それこそ彼女が危惧しているように最近の帝国は何かおかしい。


「知ってるでしょ? 勇者の故郷の街が魔物に襲われて壊滅したって話」

「帝国は他国に比べて【魔界域(ラグラ)】に近い。そういう街も当然多いだろう」

「そうだけど……それだけじゃないこと、貴方だって知ってるでしょう?」


 確かに思い当たる節はいくつもあった。

 師であるガ―ウェイも疑問に感じてルシュに調べてもらっているようだ。


 ――勇者リウルは辺境の街で生まれ、10歳のときに『勇者の証』を発現。天啓を受けた教会がすぐに保護し、その後は帝国の城で剣術と魔術、勉学に励む。

 それから齢15のときに初任務で魔族を倒してからは、めまぐるしい成長を遂げているとか。

 ただ、師やイゼッタ、そして彼女と茶飲み友達であるフィアナ様が気になっているのは―――勇者リウルとあまり会ったことがない、ということだ。


「街に外出してる様子はあるし、たまに城の図書室で見かけたことはあるの。でも、言葉を交わそうとしたときには邪魔が入るし、彼自身も避けてるきらいがあるわ」

「何かを隠している、と」

 イゼッタは頷く。


「それに……フィアナ様から聞いたの。勇者が色んな人に“どうして生命(いのち)は平等ではないんだろう”って尋ねているみたい」

 多くの命を護る義務を持つヴァルツォンは勇者に共感していた。

命は重いもので、手放すことも斬り捨てることも簡単なのに、護ることはとても難しいと。

 いつか話をしてみたいとは思っていたが――。


「生命は平等……?」

 人の命は等しく尊い。それは分かる。だが、それを聞き回る意味はなんだ?


「私、嫌な予感がするの。このままにしてはいけない気がする。ちゃんと彼の言葉の、その真意を問いたださないといけない気がするの」

 真意。

 言葉の、本当の意味を。


「……知って、どうする」

「そんなの分からない。けど、一緒に考えることくらいは出来る!」

 前向きな回答にヴァルツォンは小さく笑みを零し、やはり彼女には敵わないと思った。


「勇者なら今頃魔王軍討伐に赴いているはずだ。少し時間をずらしてから行こう」

「そうね……私は戦えないし。足手まといだものね」

 こんなことなら鍛えておけば良かったと愚痴るイゼッタだが、痩せ身の彼女に筋肉はさほど付かないだろう。それに宰相としての才はあっても武術のセンスは皆無だと知っている。

 なにも言えずに困っていると、それを察したイゼッタに頭を叩かれた。


 友と笑い合える日が―――これほど尊いモノだと、そのときヴァルツォンは思いもしなかった。




 魔の者の屍。その上で自害した勇者リウル。

 彼が何を思い、何を考えてそれに至ってしまったのか。――彼を追い詰めてしまったのか。


 イゼッタは震えるように泣いていた。泣いて、何度も謝っていた。

 もっと早く来れば良かったと。

 何がなんでも捕まえて、話をすれば良かったと。


 落ち着いてから、イゼッタは「陛下へ報告しないと」と呟いてマントに彼の遺体を包んでヴァルツォンが背負い、それから二人は一言も交わすことなく城へ向かった。

 ――カミス陛下はずいぶん老いてしまった。賢王ではないが、それでも国や民を想ってくれる人だったのに。

久しく見ていなかったカミス陛下は、愛猫アリスを愛でるだけのただの老人だった。


 こんなお人だっただろうか……?

 勇者の死を見て発狂し、勇者の亡骸を掴んで揺さぶるような、そんな死者を、しかも今まで人々を護ってきた勇者を冒涜するような――。


 それから親衛隊に囚われて、イゼッタと別々に投獄された。

 勇者が魔王を倒す前に死んだ。これを隠すということは真実を知る俺たちを生かして自由にすることはないはずだ。


「イゼッタ……」

 やはり彼女だけでも逃がしておけば良かったと後悔していたある日、親衛隊副隊長であるクローツ・ロジストが尋ねてきた。

 ついに処分されるかと思いきや、彼は牢の中に何かを放った。


「元第2宰相のイゼッタ様を連れて、この国から逃げてください」

 ――鍵だ。

思わずクローツを見上げれば、彼は何かを警戒しているかのようにピリピリしていた。


「……何故だ」

 どうしてこんなことを?

これ以上(・・・・)こちら側(・・・・)の戦力を削ぐ(・・・・・・)わけにいきません(・・・・・・・・)

「? 意味が、分からない」

「そうでしょうね。それでも、今はいいです」


 疑問はあるが、どうやら逃がしてくれるのは本当らしいので、ありがたく鍵を受け取って牢から出る。

 それを確認したクローツが、今度は剣を渡してくれた。それも長年使ってきたヴァルツォンの愛剣だ。


「――カミス陛下が殺されました」

「!」

「貴方がたはこれから国家反逆罪と皇帝陛下暗殺の罪で処刑されます」

「いつかこうなるとは思っていたが、陛下が暗殺……」


「脱獄したとなれば暗殺部隊も動くでしょう。多少情報操作して誤魔化しますが、その間に国外へ。出来れば帝国と教会が手出し出来ない、グラバーズに行かれるのが良いかと」

「鎖国の地か、……考えておく。―――感謝する」


 剣を腰に提げ、イゼッタがいるであろう牢へ向かいながら言う。

その背中を見送ってからクローツは小さく呟いた。


「感謝される言われなんてありませんよ。僕は………“裏切り者”なのですから」


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