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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅰ 溺れる者たち
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1.彼らの後悔


 ミファンダムス帝国の某BARにて。

 吟遊詩人然とした一人の青年が、顔を赤くして酒の入ったグラスをちびちび呷っていた。


 ――彼の名前はラヴィ。ラヴィ・ソレスタ。

 元レッセイ傭兵団の初期メンバーの一人である。


「んぅ~、遅いなぁ……。本ッ当にルシュの旦那は変なところルーズなんだからさぁ~」

 同じく傭兵団の初期メンバーのルシュと、ここで情報交換を兼ねて待ち合わせていたのだが――約束の時間をずいぶん過ぎても待ち人が来る気配がなく。

 いい加減酔いも回ってきた頃だし、“敵地”でもあるこの国で同じ場所に留まるのは危険だ。

 そろそろ移動しようかと考えていると、カランッと入店を報せる鐘が鳴る。


 ラヴィに水が入ったグラスを差し出しながら「いらっしゃいませ」と店主の無愛想な男が玄関へ顔を向けた。

 ラヴィもつられて見れば、そこには美しい女性がいた。

 艶やかなシルクの赤いドレスを身に纏い、スリットから覗く足はすらりと長くて細い白磁のようだ。

 ブロンドの長髪を左肩に流し、白銀の瞳が呆けるラヴィを映す。


 ――あ、笑った。

 毛先を指に絡めてくるくる遊びながら、目を細めて微笑む妖艶な彼女の姿に―――ラヴィは自分の心を射貫かれたのを察した。


「隣、宜しいかしら?」

「は、はひっ」

 まさか声をかけてくるとは想わず、つい声が裏返ってしまった。


 は、恥ずかしいぃ~~~……っ!


 彼女が隣に座るのを感じながら、酔いと恥じらいと緊張とがない交ぜになって顔が真っ赤に染まる。

 そんな(うぶ)な反応を楽しげに笑むと、彼女はラヴィの耳元へ薔薇のような唇を寄せた。

「可愛い人」

 吐息交じりの言葉に、内心――悶絶した。


 今すぐにでも叫び出したいような気持ちを抑え、酔った勢いもあってかカウンターに置かれた彼女の小さな手に自分の手を重ねようと伸ばし。

 ばしゃり、と。

 突然頭上から水が落ちてきた。


「酒が弱いくせに飲むから、そんな目に見えて分かる色仕掛け(トラップ)に引っかかんだよ、阿呆め」

「旦那ぁ!」振り返ればそこには、空のグラスを逆さにしたまま呆れた表情で立っているルシュがいた。

 ちなみに彼が持っているグラスは、先ほど店主がラヴィのために置いたやつである。


「いくら待っても遅いから、おいら寂しかったんだぁ~!」

「ちょいとばかし邪魔が入って手こずった。――お前の手下か?」

“お前”と言いながらラヴィの隣に座る女性へ視線を移すと、彼女は嬉しそうににんまりと笑みを浮かべ。


「!」ラヴィは椅子から転がるようにして後ろへ下がり、ルシュは即座に抜刀して『何か』を弾く。

 キンッ、と弾かれた何かは天井に刺さり、目の前で突然行われた光景に店主は目を丸くして「ひぃっ」悲鳴をあげながらバックヤードへ逃げ出した。


「――さすがにそう甘くはいきませんわね」

 残念、と。優雅に椅子から降りると、彼女は艶めかしく上唇をぺろりと舐めた。


「……おいらだけ状況についていけてないんだけどさぁ~、これってもしかしなくともハメられた感じぃ?」

「もしかしなくともそうだろ。目の前にいる女は敵だ。まだ醒めてねぇのか?」


 敵……。

 あんなに綺麗な人が、敵……。

 受け入れがたい現実に、ラヴィはつい遠い目をしてしまう。

 ――思えばいつもそうだった。好きになる人は大体“敵”に回ることが多く、いつだって武器を交える運命……。辛すぎる、と泣きたい気分だ。


「ですが貴方がた2人がミファンダムス(我が国)にいるということは、やはりついにレッセイ・ガレット―――いえ、ガ―ウェイ・セレットが動き出したという何よりの証拠ですわ。ふふっ、ロジスト隊長の推測通り」


 クローツ・ロジスト。ミファンダムス帝国の親衛隊隊長の男だ。


「勘違いですよぉ~、ただ昔の仲間と飲む約束してただけぇ~。て、言って信用してくれるぅ~?」

「だとしても、このまま見逃すわけありませんわよ? それくらい承知してますでしょう?――ガ―ウェイ・セレットの一番弟子であるルシュ・ブローウィン。それから非公認といえど勇者リウルの仲間だった(・・・・・)ラヴィ・ソレスタ」

 顔には出さず、二人は驚愕する。


 ミファンダムス帝国の元騎士団長であり、ガロ・トラクタルアースが出てくる前までは世界最強と謳われたガ―ウェイ・セレットの弟子であるルシュは、すぐに身元が割れるのは分かる。

 だが、ラヴィは違う。

 なんとなく勇者リウルが気に入って、任務で魔物や魔族を狩りにいくときだけついていっていたためか、その存在を知る者はほとんどいないはずだ。


「うわぁ~、よくそんな情報(ネタ)掴めたねぇ……。こりゃ~、凄腕の情報屋でも雇ったのかなぁ?」

「さて、どうでしょう?――あぁ、それと『アルニくん』でしたかしら? 大事に大事に囲っていた子供は。貴方がたの復讐に巻き込みたくなかったのでしょうけど、そのまま手元に置いていれば安全だったかもしれませんわね」

「うわぁ、典型的な脅しキタぁ~~!」

 こうなると分かっていたから、最初レッセイはアルニを拾っても孤児院に入れることを決めていた。

 結局それは叶わず、傭兵団を結成してみんなで育てることになったが。


「好きにすればいい」ルシュは刃先を女に向けて言い放つ。

「あいつは俺たちが育ててきた。お前らの手に簡単に落ちるような柔なやつじゃない。――それに、もしもお前らに捕まったとしても俺たちは助けに行かねぇよ。あいつが自力でなんとかするだろうからな」

「あら、信頼しているのね」

「うちの子だからな」


 さりげなく子供自慢された彼女は苦笑で返し、逡巡の末「それなら」ともう一枚手札を切ることにした。

「――どうして彼には『姓』がないのかしら?」

 思いも寄らぬ問いに、咄嗟にラヴィはルシュへ視線を向ける。


「だってそうでしょう? 彼には立派な名前があるじゃない。――アルニ・セレット(・・・・・・・・)。ガ―ウェイ・セレットの血縁者なのでしょう?」


 ひゅっ、と喉が鳴った。


 その瞬間ルシュは頭の中が真っ白になり、すぐに目の前の女を排除せねばという脳内の言葉に従った。

 思うよりも早く、体が動く。


 殺気に反応した女はドレスに隠していた短剣を逆手に掴み、それが振り下ろされた刀剣を受け流し。懐へ入り込もうとした彼女の足先に何かが突き刺さる。

 ラヴィがブレスレットの魔石から取り出した弓で射た矢だ。

 一瞬でも怯んだ隙を突くようにルシュの刀が肉薄する!


「っ!」なんとか身を仰け反らせて躱し、持っていた短剣をラヴィ目掛けて投げた。それを防ぐように刀で弾かれ、その間に女は後ろへ下がって距離を取るとネックレスを首から引き千切り、それを掲げて揺らす。――ちりん、とネックレスの小さな“鈴”が音を鳴らした。


「――“領域変換(フォウル・レギオン)”!」

 刹那、彼女を中心とした空間が揺らぎ始める。


「親衛隊の人だったんだねぇ……!」

「クローツを隊長呼ばわりしてたから、そうだとは思っていたが……あれは厄介だな」

 ミファンダムス帝国の親衛隊隊員に与えられる、特殊な魔道具である“鈴”。

 見た目は同じものでも、“鈴”一つ一つにそれぞれ異なった魔術紋陣が刻まれているそれを知っている二人は警戒する。


「さぁ、これで終わりにしましょう?」にんまりと笑みを浮かべ。

 彼女がドレスの裾を掴んで翻すようにくるくる回ると、そこから細く短い針のようなものが宙に浮かび上がる。

 それは最初にルシュが刀で天井に弾いたのと同じモノだった。


「あ、あれ絶対普通の針じゃあないよねぇ~?!」

「毒でも仕込まれてるかもな」

 浮かび上がった無数のそれらが、一斉に二人へ針先を向け―――襲いかかる!

 さすがに刀で全部弾き落とすのは無理だと判断し、ラヴィの首根っこを掴んでカウンターの裏へ飛び込んだ。

 いくらかはそれで防げても、上から降ってくる毒針は刀で払っていく。


「吹き荒べ、矢の嵐――“(らん)し矢”」

 ルシュが体を反らすと、何かが掠める。矢だ。

 それは放物線を描き、針の合間を縫うようにカウンターの向こう側――女がいる方の床へと突き刺さる。そして。


「な!?」

 その矢から突如として魔術紋陣が浮かび上がると、急に突風が巻き起こる!

 制御を失った針は床や壁へ突き刺さり、女がマズイと再び鈴を掲げる前にその手首をルシュが掴んで「が、ぁアッ!!」ぽきり、と細い手首をへし折った。

 鈴がついたネックレスが床に落ち、それを踏み砕くと首筋へ刀を当てる。


「吐け。お前らの情報源は誰だ」

「……っ」

「悪いが、俺は仲間内では一番タチが悪いぞ。拷問は慣れてる。そういう薬の使い方も知ってる」

「ふ、ふふっ。物騒な人……」

「答えろ。何故アルニの姓を知ってる」

「…………」

 彼女は目を閉じ、それから小さく呟いた。


「――『楽園(・・)へ導き給え(・・・・・)


「!」

 直後、がくりと力を無くしたように倒れ込む彼女を咄嗟に支えると、ちくりと太ももに何かが刺さる感触。

 すぐに女を突き飛ばして太ももを見れば、そこには針が突き刺さっていた。


「旦那ぁ~!」安全を確認してカウンターから出てきたラヴィは、彼の様子に眉を顰める。

「それ……」

「最後の最後でやられた」

 チッと舌打ちして床に転がる女を見ると、彼女は白銀の瞳を虚ろに絶命していた。


「ど、毒消しあったかなぁ~……」

 ポケットを漁るラヴィを横目に、急激な目眩に襲われて膝を着く。


 まずい、世界が揺れてる。

 ぐわんぐわんと耳鳴りがし、体がやけに熱くて苦しい。

 気付けば床に倒れている自分と、焦ったようにルシュの名前を連呼するラヴィの姿。

 だけどそれよりもまずいのは、この店の周囲に複数の気配を感じることだ。


「ラ、ヴィ……逃…………げ……」うまく喋ることも出来ないまま――ルシュの意識は途切れた。


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