11-6
***
ありがとう、と言う少女の声が聞こえた気がして、アルニはふっと笑みを零す。
きっともう大丈夫だ。
「――ニア、ティーは俺が見てるから」レイの手助けをしてやって欲しいと言いかけて、彼女が変な顔をしてアルニの顔をじっと見ていることに気付く。
「な、なんだよ……」
「……いえ。後で話します」
ニアは微妙な面持ちのまま立ち上がり、それからリュウレイへ顔を向ける。
「あっちも―――なんとかなりそうですね」
リュウレイは不思議な感覚に身を委ねていた。
――潜在能力の向上とか言ってたけど、確かに尽きかけていた魔力が湧き上がるのを感じるん。でもそれ以上に………
思考が澄み渡って、さっきまで魔術の解析だけで一杯一杯だったのに周囲の状況まで目に入っては除法として頭に入ってくる。
――お嬢は、きっとお兄さんがなんとかしてくれる気がする。問題はこっちか。
時間がない。
解析しているからよく分かる。
ナイトメアはすでに準備を整い終え、もう今にも術式を展開して砲撃を行おうとしている。だけどそれを、勇者の証が邪魔していた。
――シスナ、もしかしてお嬢のために……?
なんの根拠もない直感。シスナはお嬢を嫌っていた。だけどなんとなく、その考えは正しいように感じる。
「…………」
――ねぇシスナ。もしかしてお嬢と会って、話して、絆されちゃったん?
ライオスの街で敵意を向けてきたくせに、今回はこれほどにも協力し助けてくれた。
――その気持ちは、同じなんて嫌なんだけど……分かる。
オレもそうだったから。分かってしまう。
「同じ――――そっか」
そうだ。
どうしてこんな簡単なこと思いつかなかったんだろう。
リュウレイは杖を振り、解析を放棄する。その様子にみんな驚いていたが、再び“窓”を展開したことで訝しげなものに変わる。
――人工勇者に刻まれた“勇者の証”。それをナイトメアが取り込んだ時点で――ナイトメアもまた人工勇者と同じ立場になることを……!
【“原初の勇者”の証を繋ぎ合わせ、その能力の一部を我が意のままに執行する!】
――間に合え!
【我が魔力を糧に“証”の中に眠る者を守りたまえ!――――守護をもたらす揺り籠ッ!!】
――間に合え……!
パキンッと。
リュウレイとナイトメアの周囲にあった薄青い帯の一つが、ほぼ同時に割れる。
ナイトメアの放射口に魔術紋陣が浮かび上がり、それは強烈な光を放つと衝撃波と共に上空へ一直線に撃たれた―――!
「っ」
凄まじい衝撃によって周囲にいた調教獣はもちろん、アルニたちも軽々と吹き飛ばされる!
「! あ、れは……!」
――ただ、アルニだけは気付いた。というより一人だけ“視えて”いた。
リュウレイが立っていた場所に小さな光があることに。
今にも消えてしまいそうに明滅するそれは――きっとシスナだ。
咄嗟に手を伸ばす。ティフィアが守ろうとしたものを、なんとかしてやりたかった。
だが。
「え」
アルニが手を伸ばすよりも先に手を伸ばした者がいた。
光に向けて掌を大きく広げて、
そして。
グッ、と。
まるでひねり潰すように――強く強く拳を握ったのだ。
「なっ!?」
その瞬間、光は消えてしまった。
消されてしまった。
――咄嗟にアルニはガロを見る。
ガロの瞳は黄金色に変わり、愉悦を浮かべるように弧を描いていた。
ゾッとするような笑みだ。悪意の塊――そのものだ、と。
そんな――元の色に戻ろうとしているのか、黄金色の瞳が少しずつ青みがかっているガロの瞳が――視線に気付いてこちらへ向けられる直前。
「ティフィア様! ティフィア様、気付かれましたか!?」
ニアの声に我に返り、慌ててそっちへ駆け寄る。
「ティー!」
「……ニア、と……アルニ………?」薄らと開かれた黒曜石の瞳に、アルニは安堵の息を吐く。
「大丈夫か?」
「うん。……ごめんなさい、心配、かけて」
「まったくです。もっと反省して下さい、ティフィア様」
珍しくティフィアを責める彼女の言葉に、よっぽど心配していたことが窺える。
落ち込む少女に、しかしニアは優しく抱きしめた。
「……本当に、心配しました。お願いですから、ちゃんと私に貴方様を守らせて下さい」
「――――うん、ごめんなさい」
二人の微笑ましい様子に居心地の悪さを感じていると、魔力が尽きて寝ているリュウレイを背負ったガロとレドマーヌも寄ってきた。
「よく分からないッスけど、これで一件落着ッスか?」
「とりあえずそうだね。……みんなボロボロだけど!」
「やれることはやりました。――あとは」
シスナの意識が戻っていれば、本当に『一件落着』だろう。
「……」正直、あの消されてしまった光が勘違いであれば良いと思う。あれがシスナじゃない、別の何かであれば――。
それからひとまず教会に戻ると、そこで限界だとばかりにアルニは意識を失った。




