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11-5


***



 誰かが泣いてる。


 ――なんか最近も聞いたことがあるような気がするな。


「ティフィア?」

 しくしくと、ときおり漏らす嗚咽に泣き虫の少女がまた泣いているのだと気付く。


 きっとまた唇噛み締めて、悲しそうに泣いてんだろうな。

 あんまり泣くなよ。泣かれるのは、本当は苦手なんだよ。


 ――仕方ないヤツだなぁ。


 まだ少し体が重い気がするけど、泣いてるなら励ましてやらないと。





 ふと意識が覚醒し、ゆっくりとまぶたを持ち上げる。

「っ、アルニさん。起きたッスか? 具合は大丈夫ッスか?」

 弓を携え、調教獣の攻撃を防ぐために使ったのかボロボロの羽が痛々しい――レドマーヌだ。


 体を起こそうとして、慌てたように「まだ安静にしてた方が良いッス!」と制されてしまった……。


 確かに体が重い。痛みはもう感じないが、まだ熱に浮かされているような感覚がある。

 だけど、いつまでも敵地で寝ているわけにもいかないだろう。


「……状況は?」

「正直に話せば――だいぶ悪そうッス。このままだとチビッ子がなんとかする前に、ナイトメアの術式が発動する方が早そうッス」

 チビッ子というのはリュウレイのことだろう。……確かにそれはヤバそうだ。

 魔術のことはよく分からないが、手こずってると考えた方がいいだろう。


「――俺も行く」

「へ?」

 ふらつきつつもなんとか立ち上がる。うん、大丈夫そうだ。歩ける。


「ちょ、ちょっと待ってくださいッス! 本当に安静にしてて欲しいッス! レドマーヌの術である程度回復したと思うッスけど、それだけッス! 今無理したら当分動けなくなるかもッスよ……!?」

「それなら問題ねぇだろ」

 今動かないで、今無理しないで――どうする。


「ただ戦うことは無理そうだから、レドマーヌ、援護頼んでいいか?」

「―――、アルニさんはイカレてるッス」呆れているのかと思いきや、悪口叩かれた。

「……でもいいッス。今回に限るッス。寛大なレドマーヌに感謝するッス!」

「あぁ、悪い。助かる」


 前を向く。ナイトメアの周囲にあった“窓”が青白く発光し、精霊たちがざわついているのを感じる。

「……」嫌な予感がするのは、なんだろうか。


 走ることすらままならず、もどかしく感じつつもゆっくり近づいていく。

 後ろにいるレドマーヌが忙しなく矢を放ち、羽を使って結界を生み出し、荒い息を零していた。

 そしてナイトメアに近づくにつれ、様子がおかしいことにも気付いた。


「ティフィア様! しっかりしてください、ティフィア様!!」


 一部切り裂かれたナイトメアの傍らで、横たわるティフィアを抱えながら必死に呼びかけるニア。そして点滅する“窓”に囲われ、今にも膝を着きそうなリュウレイ。その様子をちらちら窺いながら調教獣を殺していくガロ。


「あ、結界が消えてるッスね」

 レドマーヌの言葉にナイトメアをよく見れば、確かに透明の膜はないように思える。リュウレイがやったのだろう。

「ニア」ようやく焦れったいほどの距離を埋めて合流し、すぐにニアへ声をかける。「何があった」

「アルニ……、ティフィア様が――――」


 ニアたちもナイトメアへ向かい、そこでティフィアがナイトメアへ飲み込まれてしまったこと。

 リュウレイに無理させて強引に結界を解くと、ニアがナイトメアへ剣を突き立てて割り裂いていき、ティフィアをなんとか救出したものの意識がなく眠り続けていること。


 要約すればこんな感じの内容だ。


「ティーが……? なんで今更ナイトメアが取り込んだんだ?」

「ティフィアちゃんが“それ”に触ったからだよ」

 横からガロが答えてくれた。


「まったく……余計な手間が増えるから勘弁して欲しいよねぇ~」

「……。とりあえず魔力補給してやらないとレイが保たないか」彼の愚痴は無視し小物入れを確認するが、もう回復薬は切らしていた。

 うーん、と困っていると。


【我願い叶う者。……“慈愛の乙女(フィアナ)”様、どうか力をお貸し下さい。そしてこの願いを届ける羽根をもたらせたまえ。―――覚醒めの聖なる羽根(ヴィーナス・ウェイク)!!】


 橙色の光が視界の端で瞬くと、頭上に同色の羽根が舞い落ちる。

 咄嗟にガロは避けていたが、それに触れた瞬間アルニは眉を顰めた。


「――な、なにこれ!?」この術をかけられたのは初めてであるリュウレイが驚いたように声を上げた。


「避けた人以外には潜在能力向上の付加をかけたッス。見た感じチビッ子の魔力はまだまだ眠っているように感じるッスから、これで呼び覚ませたはずッス」

「潜在、能力……。そっか、だから」

 レドマーヌの説明に納得し、少し持ち直したリュウレイが杖を振ると、“窓”はもう点滅することなく安定した。その様子にとりあえず大丈夫だなと判断し、再びティフィアを見やる。

「…………?」


『視える』のはこれで二度目だ。ふわふわと宙に浮かぶ、色とりどりの半透明なそれ――精霊。視えるからといって特に役立つ能力ではないのだが。

 ――ティフィアの胸当たりに、一つの真っ白な光があった。


 精霊か? いや、だとしたらそれを今まで感じ取れなかったことに説明がつかない。そもそもこの潜在能力だってよく分かっていないのだ。

 それに精霊たちは半透明で色がある。この光は真っ白で、まるで灯火のように不安定な明かりだ。精霊に似てるようで、異なっている。


 そしてよく見れば、ティフィアの体からナイトメアの間に見落としてしまいそうなほど小さな光の欠片がいくつも浮かんでいた。


「……」

「アルニ?」ぼんやりと光を眺めていると訝しげにニアが見てくる。だけどそれどころじゃない。


 俺は、知ってる。

 たとえ記憶がなくても。

 体が、魂が、こうすれば良いと。

 ――――そう言っている。


 手を伸ばして光に触れる。



「―――――ティー。………ティフィア、」



 戻ってこい―――――――――――



***



「待って……! お願い、待って――――っ!」




光がノーブルを飲み込み、そしてティフィアをも飲み込もうとしたときだった。


 とん、と体が押された(・・・・)


「え、」


 光から離れていく。まるで闇の谷底に突き落とされたように、体が落ちていく。


「い、」いやだ! 離れたら、きっともう戻れない!

 咄嗟に光に向かって手を伸ばす。

 お願い、戻って! あの光へ。だってあそこに――――


「馬鹿ね、せっかく助けてあげたのに無駄にするつもり?」


 その声、は――!

「シスナちゃん!」


 周囲を見回すが、あの錆色の少女はどこにもいない。


「どこ!? シスナちゃん、助けに来たんだよ!」

 だから。お願いだから。

「シスナちゃん、一緒に帰ろうよ………っ」

 お願いだから、姿を見せてよ――――――!


「……無理に決まってんじゃない、馬鹿」

「っ、そんなこと!」

「――本当に貴方は、泣き虫で弱虫で。同じ人工勇者のくせに、父様に気にかけられてたのに、ちっとも強くならなくて」

 そうだよ。僕は泣いてばかりで、いつも誰かの背中に隠れるような臆病者で。


「でも――私たち(・・・)はね、私たちとは違う貴方が羨ましかった。妬ましかった。本当は自由なのに。好きなことを好きなだけ出来て、幸せにだってなれるのに」

「何を言って……?」


 羨ましかったのは僕の方だ。妬ましいと思ったのだって。

 人工勇者のみんなは強くて、芯があって。格好良くて。

 ――それに自由って、どういう意味?


「ねぇティフィア。それでも貴方が『勇者』としての道を選ぶなら――約束して。

 どんなことがあっても、何かを見たとしても、誰が立ち向かってこようと、どんな未来に行き着いたとしても」



 貴方だけは諦めないで。



「―――っシスナちゃん!」


 光がどんどん遠のく。どんなに藻掻いても足掻いても、その距離は離れていく一方で。

 涙が溢れて止まらない。

 これで終わりなんて。

 これでお別れなんて!

 嫌だよ、嫌なのに!


「今まで酷いことして、酷いこと言って……ごめんなさい。もう貴方の義姉として守ってあげることも出来ないけど―――これからは貴方のことを見守ることにするわ」


 そんな言葉、聞きたくない。

 一緒に帰って、それでちゃんと話し合おうよ。

 そして父さまに言って、一緒に旅しようよ。これからもずっと一緒に――


「大好きよ、ティフィア。さようなら」


「シスナちゃ――――――」


 伸ばした手は、届かない。


 いつだって僕の手には何も掴めないまま。

 誰も救えない。

 誰も助けられない。

 深い深い闇の中に落ちていく。


 落ちて、きっともう這い上がることも出来ずに。

 もう嫌になって目を閉じる。

 更に真っ暗になって、僕という存在も闇の中に溶けるようだ。


『―――――ティー』


 誰かの声が聞こえる。


『………ティフィア』

 誰かが僕を呼んでいる。



 戻ってこい――――、と。



「……アルニ」

 名前を呼べば、落ちていたはずの体がふわりと優しく持ち上がる。


 そうだ、ここで自棄を起こしちゃダメだ。

 そんなことすれば、シスナちゃんが助けてくれたことも、言葉も、全部無駄になっちゃう。

 無意味になんて、そんなことしちゃダメだ。


 ――帰ろう。


 帰って、ノーブルさんとシスナちゃんの言葉をちゃんと背負って。


 僕は――僕のすべきことをしなくちゃいけない。


 そう決意した瞬間、目の前に黄金色こがねいろの光が浮かび上がる。

 暖かくて優しい。

 まるで僕の悲しい気持ちを宥めてくれているような。

 まるで僕の決意に背中を押してくれているような。


「僕を励ましてくれてるの?」

 指先で突くと、それは擽ったそうに揺れた。

 ふふっと笑みを零し、そしてその光を抱きしめる。


「ありがとう―――アルニ」



***


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